【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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〈幕間〉王太子妃になれと言われましたが、全力で拒否します~弟への愛は無限大ですわ~

6.(幕間完)

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「その体に慣れるまでは無理しないでよ。調子悪かったらうちの旦那に頼りなよ。言っとくから」
「いえ、どうかカルシード公爵にも内密でお願いいたします」
「まぁ、そういうなら。でも私には頼れよ。いつでも手伝うからな。で、魔力はどう?」

 呪法の影響によりルゥの魔力は初級魔法しか使えない程度の量になっていた。
 それでも、使える。ファリアは胸をなでおろした。ファリアは呪法陣を少しだけ改ざんしたのだ。元の呪法はすべての魔力を吸う陣だ。罪人に使うならそれが好都合だから。しかしルゥの魔力を少しでも残したかった。この1週間、ファリアは寝る間を惜しんで研究し、なんとかそれを作り上げた。試すこともできない陣は本当に一か八かの賭けだった。

「魔力を全て吸うのではなかったのですか?」
「ルゥの魔力量が半端ないからかもな。いいじゃないか使えるんだから」
「……、ありがとうございます、ねぇさま」

 ルゥは気付いたのだろう。久々にファリアをねぇさまと呼び頭を下げ、去っていった。
 その後、ルゥは行方知れずになった。
 彼がいったい何に巻き込まれたのか、分からずじまいだった。それでも、きっとまた会える。そんな思いで過ごした8年。

 ようやく会えた。だが今陣を刻んだ理由を聞いてもお前が答えないことは分かっている。
 私はただ、弟の後押しをするだけだ。
 私はお前の姉なのだ。お前を幸せにできるなら、それ以上望むことはない。

 それに、こうしてまたお前をルゥと呼べて、私はとても嬉しいよ。
 私以外、もう誰もそう呼ばないのだから。


「アイツ、俺より若いってのにもしかしてあと10年も生きられねぇのか?」
 アンドレアスのセリフに胸がすくんだ。あの陣を刻むということは棺桶に片足を突っ込んでいるのと同じことなのだ。本当に老化させているのだから。10年と言わず明日、ルゥが死んでも何らおかしくない。

「いざとなったら、今日みたいに腕を切れば、良いのかもしれないね」
「そんなのダメだろ、なんとかならねぇのか?」

 陣は刻むより消す方が大変なのだ。それを消せるだけの浄化魔法を揺らぎなく展開し、描かれた陣を一点の乱れなく上書きしていく。刻むのに4時間かかったのだから、倍の8時間以上かけないと消せないだろう。
 しかし、ふふ、とファリアは笑った。

「大丈夫だよ、私はルゥが元に戻るって確信しているよ」
「お前の能力がそのうち上がるってか?」
「いいや、私じゃないよ。もっと適任者がいる」

 ファリアの脳裏に、牢屋の傍にあるスミレを囲うように咲く三輪のコスモスが浮かんだ。
 杖も使わず、自分の見えない場所まで魔力を伸ばし正確に陣を描く、しかも最小の魔力で花を咲かせたハルトライアの能力は尋常ではなかった。さらには呪法で錯乱した状態にもかかわらず、一瞬で大量の瘴気を浄化した。

 あんなことができる生徒は、初めてだよ。
 彼なら、そう遠くない未来に私を超える魔法使いになるだろう。

「愛の共同作業で見事に消してくれるさ」
「ブッ、なんだよそれっ、9歳児にどうしろと?」
「言葉のあやだよ、やだなぁ」
 くすくす笑っていると、かすかに足音が聞こえた。ルゥがこちらに戻り始めたのだろう。

 あの子は、どんな顔でいるだろうか。眠る主の傍で涙を流していたのだろうか。
 あの子は、私の前では一度も泣かなかった。
 鞭打たれた時も、母親が殺された時でさえも、一滴も涙を流さなかった。
 それはあの子なりの心の防御反応だったのだろう。
 今泣けるようになったのは、あの特級呪法陣で老人になり涙腺も弱ったからなのかもしれない。
 ならば、あの陣を刻んだことも無駄ではなかったのだ。
 生きていた主を抱きしめて幸せそうに泣いているルゥを見て、こっちが泣きそうだった。

 ガチャと扉が開いて、ルゥが入ってきた。
「お待たせいたしました、辺境伯、公爵夫人」
 深々と頭を下げた弟を笑って揶揄する。
「昔みたいにりあねぇさまって呼んでくれたらいいのに」
「そんな、もう子供ではありませんので」
 ふるふる顔を振って拒否の意思を示された。残念だ。今でもいくらでも呼んでもらいたいのに。

 チッと心で舌打ちをしていると、アンドレアスが口を開いた。
「そうだカシル、お前体に古傷あんだろ?」
「古い傷、ですか?」
 これのことでしょうかとカフリンクスを外して袖をめくり、チラと古傷をアンドレアスに見せるルゥ。

 あぁ、あれは私の罪の痕だ。お前を振り回すだけの浅はかな子供だった私の罪。
 ジリと胸が痛んだ。

「そうそう、今コイツとお前の腕の陣の話してたんだけどよ、腕と背中にそれあること思い出したんだよ。それさ、俺の嫁さんに治させてくれねぇか? うちの嫁さん、いろんな治療魔法を試してて、最近古傷を消せるようになったんだよ。せっかくだから練習させてもらえねぇかなって?」

 ルゥは袖を元に戻すとアンドレアスに頭を下げた。
「ありがたい申し出なのですが、お断りいたします」
「えぇっ、なんでだよっ」
「これは、いましめなのです。なのでこのままにしておきたいです」
いましめ?」
「はい。一時期、私は魔法を使うのが楽しすぎて、魔法ばかり使って剣術をさぼっておりました、そんなときにウルフたった1頭に後れを取って受けた傷です。さぼる前は2、3頭相手に無傷で対処できていたのに本当に酷いものでした。ですので反省の意を込めて、この傷は残しておきたいのです」
「そうかぁ、まぁ気が変わったらいつでも連絡くれよ」
 ったく、真面目な奴だ、とアンドレアスは苦笑した。

 だがファリアは弟の発言に衝撃を受けていた。

 ルゥは楽しかったのか、私と魔法を使うことを。
 思えばあの時、ウルフに受けた傷による熱にうなされながらもルゥは、何度も『楽しい』と言ってくれた。
 私はごめんなさいと謝るばかりで、それを本当だとは認識できなかったけれど、『楽しい』も『魔法を使いたい』もルゥの本心だったのだ。

 嬉しくてファリアは口元を抑える。
 
「ルゥ……お前1頭に後れを、ってあのときお前6歳だったろう?」
「私は5歳のころからウルフは一人で仕留めておりましたが?」
 何でもないように言ったセリフにアンドレアスが
「お前ガキんときから化け物だったのか、それで魔法も使えるたぁマジやべぇな」
 と驚きと呆れの混ざった声でつぶやいた。
 
 全く、本当に困った弟だ。あの時そう言ってくれたら、私はお前が仕方なく私の魔法遊びに付き合っていたなどと思い込まずに済んだのに。自分のことを殆ど話さないルゥは、きっとハルトライアにも聞かれたこと以外何も話していないのだろう。
 いつか彼には話してやろう。ルゥの子供の頃のことを。きっと喜ぶ。お前は照れてやめろと言うだろうがそんなお前も最高に可愛い。
 弟を可愛がるのは姉の特権なのだから。

「トラ君、ちゃんと寝たかい?」
 フフと笑ってファリアはハルトライアに話題を移す。
「はい、よくお眠りになられております」
 嬉しそうに話す弟は、老人ではあるものの「りあねぇさま」と呼んでくれていた頃のかわいさを滲ませている。

「そうかぁ。あぁ、ほんとかわいいなぁ」

「ハルトライア様はとてもカッコいいと思いますが?」
 いや、お前がかわいいんだよ。と言いかけてファリアは言い直した。
「そうだね、トラ君カッコいい。9歳にしてお前を守る宣言するなんて、普通出来ることじゃないよ」

 ファリアも9歳の時、誰にも守られず一人で耐えてきた弟を自分が守ると心に決めた。
 だが、宣言することはできなかった。
 もちろん心の中では何度も絶対守るからと叫んでいた。
 しかし怖かったのだ。自信がなかったのだ。守れなかったときに自分が傷付きたくなかった。
 だから、言い切ったハルトライアを心の底からすごいと思う。

 すると弟は首をほんの少しかしげて言った。

「ハルトライア様がそうおっしゃられたのは4歳の時にございますよ」

 ファリアは隣のアンドレアスと思わず顔を見合わせ、そして応接室は大爆笑が吹き荒れた。

「ふはははははははっ、なんだそれっ、ハルトライアっ、すげぇなっ」
「あははははははっ、ルゥ、もう完敗だよ私はっ、トラ君は、っ、ほんとどこまでっ、想像の上を行くんだっ」

 ハルトライアは、4歳のころにはもう弟の心を救っていたのだ。
 誰にも守られずひとり耐え小さく固くなってしまっていた弟の心を。
 だから弟は、泣けるのだ。
 すべてを許容してくれる人の傍で、こころゆくまま、どこまでも自由に。

「そんな、笑うことではないでしょう!」

 ぷんぷん怒る弟に
「ごめんごめん、人間はあまりに想定外に出くわすと笑ってしまうものなんだよ。つまりトラ君が最高にカッコいいって証拠だよ」
 と言いながら、笑いに隠して目に滲んだ涙をぬぐった。

「殿下にまで啖呵切ってたからなぁ、ハルトライア」
「え、そうなの?」
「ああ、俺が殿下にハルトライア欲しかったらこいつ倒せよっつったら『僕がカシルを守るから倒すなら僕を倒せ』って」
「はははっ、トラ君ほしいもの倒したら手に入んないのに? セリフ矛盾しまくってるけどお前への愛は全方位照射だなっ」

 誰も近寄れないなと笑うと、弟は口元を抑え真っ赤になってうつむいた。

 そんなルゥは今、誰よりも幸せだと私は断言出来る。

 お前の主は、すごいよルゥ。
 たったの9歳で、ライバルに頭を下げたのだ。私は恋敵ライバルではないけれど、あの時彼にとってはそうだったはずだ。
 だが、愛する人を守るために手を貸してくれと、幸せにしたいからと。
 そんな男に、この先出会うことはないだろうよ。ルゥ。

「さぁ、ドレ君帰ろうか。私たちも」
「ああ、これ以上二人にあてられちゃ堪らんからな」

 また来るから、と手を振って屋敷を後にする。空を見上げれば昨日とほぼ同じ、満ち満ちた月が昇っていた。
 あの逃避行でルゥと見た三日月とは違い、大きく膨らんだそれはとても喜びに溢れているように見えた。


 私の可愛いルゥ。
 私はこれからもずっと、あなたの「りあねぇさま」だから。 
 あなたは私のただ一人の、弟。

 愛しているわ。

 だから、
 この先何があろうとも愛する人と一緒に

「かならず、幸せになるのよ」

 ホロと零れた涙を、隣のアンドレアスは無視してくれた。
 そうして空を見上げ続けるファリアを、月明かりは静かに優しく包んでいた。


 〈幕間 完〉

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