【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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〈幕間〉王太子妃になれと言われましたが、全力で拒否します~弟への愛は無限大ですわ~

5.

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 それからファリアは振る舞いを一度も元に戻すことはなかった。
 しかし黙っていれば、どこからどう見ても完璧な令嬢なのだ。
 だからしゃべるなと言われる度に人のセリフにかぶせて長台詞で言葉を返した。言葉遣いはまるで下町の小粋な少年のようで、生粋の令嬢である母親は何度も倒れこんだ。
 王子の婚約者だから母親がもうファリアにきつく出られないことを逆手にとった手段だった。
 いい気味だ。と密かにほくそ笑んでいることは、傍で見ているルゥにはバレていただろう。

 ファリアは王族の婚約者としての教育を受けながらも、大好きだった魔法を必死に勉強した。そののめり込みようは、魔法狂いの研究者と誰からも後ろ指を指されるほどだった。

 ルゥだけは変わりきったファリアに変わらず「りあねぇさま」と呼びかけ慕ってくれた。魔法で無茶をして死にかけたときは寡黙と評判のルゥが止まない説教を降らしてきた。ファリアはそんな弟を心から大切にしたいと思ったし早くこんな世界から弟を解き放ちたいと決意を新たにした。

 ルゥは彼が12歳で学園の騎士科へ入学するまで3年間ファリアの身代わりを務めた。王子と馬車に乗り出かけるときや危険な森へ視察に行くときはルゥが身代わりになった。
 魔物や賊に襲われる度、ルゥは持ち前の剣技で王子を守った。ファリアと学んだ魔法を行使することもあった。
 ファリアもまた、様々な魔法を使って王子と自分だけでなく、ルゥを含めお付きの者たちすべてを守り、あの令嬢がいる限り第二王子は暗殺出来ないと噂されるまでになった。

 そうしてファリアは学園を卒業するころには特級魔法だけでなくいくつかの神級も使えるようになった。すでにファリアの魔法行使レベルは誰も追随できない世界に到達していた。結果として彼女は17歳で魔法研究所の副所長となる。それと同時に婚約解消も叶った。王族として美しい彼女を囲うより、魔導士としての戦力を大大的にアピールした方が、国内外への圧力となるだろうと言う政治的判断が下されたのだ。

 ファリアの母はどうしても婚約解消に納得せず、ファリアはイズベラルド家からは婚約解消時に絶縁された。そしてその後すぐ今の夫であるカルシード公爵と婚約し20歳で結婚。ちなみにファリアが貴族学園で再開したカルシード公爵があのおじさまだと気づいたのは公爵との婚約後だった。だが出会った瞬間に一目ぼれしたことを今思えば、あの時「愛」を教えてくれた人だと心の奥底で分かっていたのかもしれない。

 9歳で決意し、ルゥをこんな世界きぞくの悪習から自由にするまで頑張り続けたファリアの願いは、そうして少しずつ叶っていったのだ。
 だが、婚約解消時、ルゥの母親はファリアの母の激しい折檻により殺された。
 もう誰も殺さないと決めていたのに、大事な弟の大事な人を殺してしまったことは、言葉にできないほど辛かった。
 「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣くファリアに、ルゥは「ねぇさまは何も悪くございません。ですから謝らないでください」と涙を見せず何度も慰めてくれたが、それはいつまでも胸にオリのように残って消えることはなかった。


 *****


「なぁクソ魔導士、弟の魔法陣、本当にいつか消せるのか? あれ、本当は特級呪法陣だろう?」
 呼びかけに過去に飛んでいた意識が戻った。
 閉じていた目を開け、隣に座るアンドレアスを見る。眉間のしわがいつもより深くなっていた。
「天才魔道士って呼んでよね。てかドレ君良く気付いたねぇ」
「あそこまで複雑な陣で初級なわけねぇだろ。しかも幻影じゃなく本当に老化させてやがる。そんなの呪法しかねぇ。あれは昔、魔力の強い重罪人を投獄するときに逃げねぇよう使われてたやつだろ」

「あーあ、詳しいなぁドレ君は。さすが辺境伯。言わないでくれよトラ君には、泣いちゃうから」 
 弟がその腕を切り落としてまでも守った大切な人を泣かすわけにいかない。
「んなの、言えるわけねぇだろ」
 アンドレアスは溜息とともに言葉を吐き出した。

 陣を腕に刻んだのはルゥが25歳の時。その時にはルゥは有名人になっていた。ルゥはファリアの「代わり」だったこともあり元婚約者で現アークフリクト王の覚えがめでたかった。アークフリクトの瘴気殲滅の儀の際にも、アンドレアスと共にその旅に同行し、儀を成功させた第一人者でもあった。
 その後は第1騎士団で剣を振るい、沈黙の狂騎士ベルセルクとして名をはせ、今や副団長まで上り詰めていた。第1騎士団とは、王命により国内外問わずどこにでも派遣される王直属の騎士団だ。魔物討伐の人手が足りないときだけでなく、他国同士の戦争でも王命があればどこへでもはせ参じ、対処するのである。

 誰にも守られることなく必死で生きてきた子供が、誰からも守ってくれと頼られる騎士になったのだ。

 ルゥは2つ名を冠したことで頂いた騎士伯という一代限りの爵位しか持たない。だが、見目麗しい最高級の騎士を落とそうと多くの令嬢が躍起になった。
 その実、本人には浮いた話一つなく、ただ黙々と粛々と騎士団の務めを果たしていた。それは、彼が幼少期に貴族女性の最上位悪を間近で見たからだろうとファリアは思った。

 そんな寡黙で真面目なルゥが、魔法研究所の副所長として忙しく働くファリアにアポも取らずいきなり会いに来た。かわいい弟の突撃訪問に大喜びで出迎えたファリアだったが、内容は喜ばしいものでは全くなかった。

「カルシード公爵夫人、お願いがございます。私の容姿を変えてほしいのです」
「幻影魔法でやればいいだろう?」
「いえ、それではのダメなのです。完全に変えたいのです」
「そんなの呪法くらいしかないけど、……死んだ人間の体に魂を乗り移らせるとか、後は老化させるとか……」
 ルゥの顔を見れば、老化でいいと頷かれてしまった。
「老化ってのは、本当に老人になるんだよ? しかもこれは罪人用で全魔力を吸い取る最悪の呪法だ」
「構いません」
「……理由、聞いてもいい?」
「申し訳ありません。聞かないでいただきたいです。ですが、これは私の命を懸けた恩返しなのです」
 そこまで聞いて、ファリアは「わかったよ」と即答した。

 弟が命を懸けたお願いをしてきたのだ。それを姉の自分が叶えないでどうする。
「準備があるから1週間もらえるかな?」
 ホッとした顔で「ありがとうございます」と頭を下げる弟の銀髪を、姉はぐちゃぐちゃとかき回した。

 そして1週間後、ルゥは再度ファリアの元へやってきた。ファリアの研究室の机に向かい合わせに座り、ルゥは右腕を机に乗せている。
 ルゥの腕には古い傷があった。あの6歳の時ウルフに襲われた傷だ。ルゥを抱えていった執事は治療をさぼったのだ。治療を怠ったことを幼いファリアは叱責したが、誰も聞いてくれなかった。誰もが「代わり」だと見下したあの家で信頼出来る者などもういないと再度腹をくくった。
 そのことを思い出すだけでファリアの胸は悔しさと当時の自身の甘さに怒りが噴き出て破裂しそうだった。
 だが、感情で手元が狂うのはだめだ。

 気持ちを切り替え意識を集中し、机の上に伸ばされたルゥの腕を掴む。一筆もミスをしてはいけない。ファリアは必至でその腕に呪法を刻んだ。そうして終わったのは4時間後だった。
 終わった瞬間、「ふ、うぅぅぅっ」とルゥがうなった。

 もう彼は60過ぎの老人になっていた。若々しかった体は見る影もないくらいシワだらけ。鍛えられた筋肉も削げ落ち、さっきまで体に合っていた騎士の服がガバガバだった。
 見た目だけではない。全身の疲労感、聴力視力の低下、関節の軋み。緩やかな老化であればそこまで違和感はないだろうが、25歳の健康体からの急激な老化は、ルゥのすべてを蝕んでいる。椅子に座っているのもやっとのはずだ。
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