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〈幕間〉王太子妃になれと言われましたが、全力で拒否します~弟への愛は無限大ですわ~

3.

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 ファリアは魔法が大好きだった。閉じ込められ母の言いなりで過ごす中で、自由にできたのは魔法だけだった。魔導書を読み新しい魔法を覚えるたびに胸が躍った。空から花を降らせ、草木の根を自由に動かして歩かせ、つるを伸ばしてからませ遊具を作って遊び、小さな木の実から一瞬で巨木を作った。たくさんの魔法がファリアの世界を変えた。
 今はまだ上級魔法までしか使いこなせていないが、もっと面白い魔法があるはずだ。世界には魔導書に載っていない魔法だってきっと。もっと知りたい。もっと魔法を使いたい。
 魔法があれば、私は自由になれる、そんな気持ちになったのだ。

 それを傍にいたルゥは十二分に知っていた。だから「ねぇさまの魔法がみたい」と言ったのだ。ファリアを喜ばせるために。ルゥは「代わり」だ。自分の気持ちなどファリアの気持ちの前では塵と同じなのだ。だが9歳のファリアは気付かなかった。この逃避行もファリアの独断だ。ただ彼は巻き込まれただけだった。

 そう気付いたのは2日目の夜、草原で魔物化した動物に襲われた後だった。

 その日さんざん魔法で遊びつくしてクタクタになった二人は、草原に寝ころんだ。雲のない夜空に瞬く星はどれもきれいで
「流れ星はあるかしら?」
「あ、今あちらに流れましたよ、ねぇさま」
 とふたりは空を見上げて楽しんでいた。
 そんなとき、あたりに黒い瘴気が流れてきた。しかし夜で辺りは暗く二人はすぐそばに魔物が来るまで気付かなかった。
「グルルルルルル」
 うめき声に飛び起きた。
 そこには瘴気を全身にまとったシルバーウルフがいた。大きさはファリアと同じくらいだ。紫の瞳が光り、牙をむき出しにした口からダラダラとよだれを垂らして近づいてくる。

「ひっ……! 、いやっ、! シールド!!」
 ファリアは恐怖にかられながらも魔法を展開した。だがそれは形にならなかった。先ほどまでルゥと二人、この草原で魔法を朝から行使し続けて、膨大なファリアの魔力が底をつきかけていたのだ。
「な、っなんでっ出来ないのっ」
 叫ぶファリアの前に出て
「ねぇさまっ! っ、シールド!」
 ルゥが緑の障壁を作った。ファリアよりルゥの魔力量が多いことに、この時ファリアは気付いた。
 しかし、ルゥの障壁はファリアしか囲っていなかった。本人は外。腰から短剣を取り出し、構えたと思ったら直ぐにウルフへ走り込む。

「ガァアアアア!」
 ウルフが雄叫びを上げてルウに牙をむいた。ルゥの背丈を超えてジャンプし彼の背後に回り込む。地を蹴った四肢が振り返ったルゥに襲い掛かった。
「うぐぅ!」
 左手の短剣で右前足の爪をなんとか止めたルゥ。しかし彼の背中をもう一つの爪が切り裂いた。
「はぁ!!」
 すぐに反撃に転じたルゥの右拳みぎこぶしがウルフの顔にめり込む。ウルフは一瞬ひるんだものの前足でルゥの腕を切り裂いた。ブバッと血が噴き出した。
「ルゥ!!」
 ファリアが悲鳴を上げる。だがルゥは血を気にすることもなくウルフの顔にあたっていた右手の拳を開きウルフをつかんだ。そして左手の剣をその首へ素早くくい込ませる。ウルフの首からルゥの血とは比べ物にならないほどの量がブァアアア!と噴き出した。
「ガ、ア、アァ、、ァ」
 ウルフの爪が最後の足掻きとルゥの背中に爪を立て、ガクガクと震えて弛緩した。

「ルゥ! ルゥ!」
 ウルフが死んだことでようやくシールドを解除され、ファリアはルゥに駆け寄った。ルゥはウルフの横で地に伏せ、痛みに耐えている。
「ねぇさまっ、ぶじ、ですか?」
「私よりあなたですわ! すぐっ、屋敷に戻りますわ!」
 だがルゥは首を振って微笑んだ。
「よかったです……血は、まりょくで、っ止めています。ねぇさま、やどにもどりましょうっ、さいごの夜です」
 こんな時でもルゥは自分を優先する。
「だめよっ、帰りましょう!」
 ルゥを支えてファリアが立ち上がる。だが9歳児が6歳児を支えてここから大人が歩いて1時間以上かかる距離にある家に戻るには無理があった。宿なら子供でも20分もかからない。
「やしきより……やどの方が、ちかいです」
 とルゥに諭され、二人は宿に戻った。

 そっとベッドにルゥを下ろす。切られた傷からの血は確かに止まっていた。だがそれらはぱっくりと割れて痛々しい。二人とも治療魔法を使えないため、ファリアはタオルを水にぬらして傷をぬぐうくらいしか出来なかった。
「う、っ」
 痛みに顔をしかめるルゥ。

「私があなたを連れ出したからっ。それに私が無駄に魔力を消費してあなたにだけ戦わせてしまったのっ。全部私のせいよっ、ルゥッ、ごめんなさいっ」

 自分ばかり楽しんで魔力を限界まで使ってしまった。後先考えず。
 ルゥは私が喜ぶから魔法を見たいと言ってくれたのよ。
 昨日だってルゥは「りあねぇさまがしたいことを手伝いたいです」と言ったわ。
 ルゥはいつも私のことばかり優先して、私をかばって怪我までして。
 この逃避行だって、ルゥは戸惑っていたのに無理やり連れて飛び出したのは私。

 なんて、なんて馬鹿なことをしたんだろう。

 「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

 ルゥが剣を使えるなんて知らなかった。しかもその体より大きなウルフを倒せるくらい剣技が出来るなど。ルゥは自分の知らないところで、令嬢教育や魔法の勉強以外に剣技も学んでいたのだ。それはルゥが代わりだからだ。代わりはいつでも盾として剣として戦わなければならない。そのためだけに生かされているのだ。
 いざとなったらルゥは身を挺して「本物」の自分を守る。
 今のように。
 ルゥは自分の「代わり」だと知っていたのに。婚約してもうルゥが傷付くことはないなんて勝手に思いこんでいた。馬鹿で情けないにもほどがある。

「ごめんなさい」と繰り返し謝ることしかできなかった。
 この傷は全部自分のせいだ。
 だが辛い顔のファリアにルゥは首を振るだけ。
「ねぇさま、わたしも楽しいのです。あやまらないでください」
 その言葉に、余計胸が痛かった。

 そうして深夜になるころにはルゥは傷からくる高熱にうなされ始めた。
 苦しむルゥに耐えられず、どうしょうもなくてファリアは隣の部屋のドアをたたいた。人がいることにドアのきしむ音で気づいたからだ。出てきたのは自分の侍従と同じくらい。メガネをかけた30歳程度の貴族の身なりをしたおじさまだった。なりふり構わずファリアは助けを乞う。
 彼はのちの夫であるカルシード公爵だったが、その時のファリアは名前も聞かずもちろん自身も名乗りもせず叫ぶだけだった。

「おじさま! ルゥは私の身代わりなの! だから絶対助けて!」
 おじさまは首を傾げた。
「身代わりならまたいくらでも用意できますよ?」
 それはどこまでも高位貴族らしい発言で、それでもファリアは食い下がった。
「だめなの! ルゥじゃなきゃだめなの! 私の代わりはルゥじゃなきゃだめなの! 他の人はだめ!」
 おじさまはしばし黙った後、笑った。

「……、この子でなければだめな理由があなたにはあるのですね。その気持ちをなんと呼ぶのか、おわかりですか?」
「っきも、ち?」

 ファリアの中には、助けてほしい、それだけしか今はなかった。

「助けて、おねがい、たすけて、……っ」

 気持ちを言葉に出したら胸が苦しくて苦しくて、ぐっと自分の手で胸を抑えてうずくまる。

 痛い、苦しい、つらい。
 ルゥがいないなんて、考えたくない。

 助けて。
 たすけて。
 たすけて。

 私を、たすけて。
 ルゥを、たすけて。

 うずくまったままだったが、ファリアはすがるように顔を上げた。
 するとおじさまはまた微笑んだ。

「その、胸の痛み。それを人は、愛と呼ぶのですよ」
「あ、い……?」
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