【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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〈幕間〉王太子妃になれと言われましたが、全力で拒否します~弟への愛は無限大ですわ~

2.

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 ようやく始まったお茶会。
 それは訓練だった。王城へ行き王子と会い、その婚約者になるための。ルゥも傍に立ち、ファリアのふるまいを真剣な顔で見ている。彼は代わりだから何かあればファリアの振りしないといけない。だからここにいるのだ。

 代わりの訓練は何度も繰り返された。男のルゥに女として振舞えと強要し続ける訓練はとても過酷だった。しかも失敗すればルゥだけでなく母親まで鞭打たれた。だがルゥはいつどんなときでも耐え涙を見せなかった。
 ファリアが失敗しても鞭はルゥに飛んだ。苛立ちを我が娘で解消するわけにはいかない。体に傷があればファリアの価値がなくなるからだ。

 ルゥが鞭打たれる度にファリアの顔はゆがんだ。それに気付いたルゥはこっそりファリアに向けて首を振る。気にしないでと。水色のカツラがふわと揺れて、彼の切ない表情により影を落とした。
 ルゥの鞭打たれる回数を減らすため、ファリアは必死に訓練に励んだ。努力すれば、いつかルゥが鞭打たれない日が来る。その思いだけで日々を懸命に乗り越えた。

 そんな過酷な中、月一で母親に叱責される茶会以外でも、二人はこっそり会っていた。ファリアは自分の侍従とその子供に頼み、侍従の子供のふりをしてルゥを部屋に呼んでいた。それは遊ぶためではなく、訓練のためだった。二人は何度も繰り返し練習した。貴族の所作だけでなく魔法など学んだことをすべて。ともに教え合うことで、ルゥの所作は令嬢により近くなり、ファリアは高貴な美の塊へと完成されていった。

「ねぇさま、そんなにれんしゅうなさらなくても、ねぇさまはもう十分うつくしくございます」
 繰り返される二人だけの訓練の途中、ルゥがそう諭したこともある。だがファリアは
「痛いのは見るのも嫌なの。だからあなたも私のために頑張ってくれる? あなたは私の代わり。鞭で打たれた痕が体に残るのは嫌よ。一応治療はしていただいてるみたいだけれど」と聞かなかった。

 しかしファリアの奥底の本心は違った。本当はルゥといる口実が欲しかったのだ。母親の呪縛にからめとられた者同士、ただの傷のなめ合いだったのかもしれない。

 それでも二人で魔法を練習し、美しい花をいくつも咲かせられた時は手を取り合い飛び上がって喜んだ。
「ルゥ! 上手よ! すごいわ! コスモスもタンポポもとってもきれい!」
「リアねぇさまも上手ですっ。それにねぇさまのばらとゆりの花たばの方が、とってもすてきです」
「何言ってるの! あなたの手にある杖はとても難しいのよっ。私の花束の杖の方が簡単なのっ。ルゥは魔力の使い方が上手ねっ」

 社交ダンスでは男役と女役を交互にかわりあって二人で踊った。いつかの日には、着替えるのが面倒だからと二人ともドレスのまま踊ったこともある。結局ドレープが絡みあって二人して思い切り転んでしまった。
 顔を見合わせ二人で笑いあった。
「あはははっ! やっぱりサボっちゃだめだったわねっ」
「ふふ、けがはないですか? りあねぇさま」
「大丈夫よっ、ルゥは?」
「わたしもないです、たのしいです」
「ねっ。コケるのも面白いわねっ。もう一回やりましょっ」

 二人でいるだけで、何もかもが本当に楽しかった。たとえ訓練だったとしても。

 そうして、ついに第2王子殿下と顔合わせの日が来た。ファリアは9歳になっていた。
「この度は、国の太陽、国王陛下、国の輝ける明星、第2王子殿下にお目通り叶いご挨拶出来ますこと、心より嬉しく思います。イズベラルド候爵家次女、ファリア=ミュー=イズベラルドでございます」
 つややかな水色の髪は美しく結わえられ銀の髪飾りにはピンクトルマリンの宝石が光る。緩やかに広がる淡いピンクの美しいドレスには小さなブルートパーズが華を添えた。厳しい訓練を乗り切り一ミリのミスもなく、どの角度からも完璧な礼を披露したファリアは、あまりにも美しかった。そしてルゥは侍従の一人としてお仕着せをまとい後方に控えていた。「代わり」と気付かれないよう瞳には幻影魔法をかけ今は灰色の瞳になっていた。

 2歳年上のアークフリクト第2王子殿下との顔合わせはスムーズに運び、ファリアは婚約者となった。婚約誓約書を書き終え屋敷に戻った母が歓喜に満ちて彼女を抱きしめる。
「よくやったわ! あなたはこの家一番の強者だわ! ファリア、愛しているわ!」

「母様のおかげですわ」
 母に抱かれながら、ファリアの目はルゥを見ていた。今日を迎えたことでもうルゥは鞭打たれない。それが一番うれしかった。そうして声に出さず「ありがとう」と彼に伝えるためにウィンクをした。

 ファリアはこの結果がルゥのおかげだと心から思っていた。

 そうしてファリアが第2王子の婚約者として内定した次の日、ファリアはルゥを連れて家出をした。
 婚約者となれば、これから貴族学園に通い始めるまでの3年間、その大半を王城で過ごし、王族として名を連ねるための教育を受けねばならない。これまでより自由はもっと狭まるだろう、そう思ったらどうしても飛び出したくなったのだ。

「りあねぇさま、ほんとうに行かれるのですか?」
「ルゥも一緒にですわっ」
「ですが」
「最初で最後ですわ。もうこんなことできないもの。なら、一回くらい良いと思うのよ。だって私たち、頑張りましたもの」
 付いてきてねとウインクをしたファリアは、とまどうルゥを連れて飛び出した。
 一応書置きを残してきた。『3日間探さないでください、戻ってまいります』と。
 歩きにくいからとドレスはやめて侍従の子供から借りた服をまとった。
 手持ちの金はほんの少し。それでも二人だけの逃避行は楽しかった。

 街角に隠れ、どこかの家の裏庭を勝手に抜け、路地の隅から雑踏を眺め、そして衛兵のいない時に店に駆け寄り食べ物を買う。
 そうして夜になり、小さな宿屋の窓から抜け出した二人は王都のはずれにある草原に来た。
 二人で寝ころんで空を見上げた。三日月が沈みかけている。もう夜の8時。屋敷にいたなら寝る準備をしながら今日の勉強の復習をしているころだ。最近は王族の家系図を何度も覚えさせられたから、歴代順にファリアに語らせ、侍従がそれを確認していただろう。
 家を出ればそんなことをしなくてもいい。
 なんて楽しいのだろう。毎日こうしてルゥと一緒にお出かけして、走って笑って、そんな日だけだったらいいのに。

「ああ、楽しいわ!」
「はい、りあねぇさま」
「ねぇルゥ、これからなにをしたい?」
「りあねぇさまがしたいことを手伝いたいです」
「私はあなたのしたいことを聞いているのよ! このお出かけだって私がしたいって言ったからですわ。明日はあなたのしたいことをするわ。だってあなたは私の代わりっ。だから明日は代わるわ」
 ウインクしたファリアをじっと見て、ルゥは答えた。
「……まほう、ねぇさまの魔法、また見たいです。わたしもねぇさまのように上手に使ってみたいです」
「ほんと!? わぁ! 魔法楽しいわよね! では明日はいっしょにたくさん魔法で遊びましょう!」
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