【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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〈幕間〉王太子妃になれと言われましたが、全力で拒否します~弟への愛は無限大ですわ~

1.

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 話し合いの途中、ハルトライアが船をこき始めたのは仕方がなかった。10時も過ぎればお子様は寝る時間。しかも昨夜彼は監禁され安眠などできたはずがないのだから。
「すみません、辺境伯、カルシード公爵夫人、ハルトライア様を寝室へお連れしたいと思います。少々お待ちください」
 頭を下げた弟に、ファリアは微笑んだ。
「ゆっくりしてきなよ。お前も一緒に寝てきたらどうだい? 昨日はどうせ一睡もしていないんだろう? 私たちももう帰るし」
「一睡もされていないのはあなたも同じではないですか? ハルトライア様がお休みになられたらまた戻ってまいります」
 弟は大切な主をそっと抱き上げて踵を返す。
「ん、……、カシル、……、せんせ、……、僕のこと、辺境伯……、に、話していい、からね……、」
 眠気に吸い込まれながらもハルトライアが呟いた。
「健気な子たちだよ。ほんと」
 ドアの向こうに去った背中にむけ、ファリアはボロと言葉を落とし目を閉じた。


 閉じれば今も鮮明に思い出す。まだ幼かった弟と重ねた時間を。
 それは今思えばどこか眩しくもあり、温かくもあった。
 そして吐き気がするほど残酷であった。

 あの子は私の身代わりだった。


 弟に出会ったのはファリアが3歳の時。屋敷で遊んでいると母親が見知らぬ女性を連れてきた。きれいな銀髪の女性だった。彼女の腕には小さな赤子が抱かれていた。だが彼女の身なりはどこかくたびれていて、ファリアは少し不思議に思った。
「ファリア、こっちにいらっしゃい」
「はぁーい、かあさま」
 レースをふんだんに使い裾へ向かって淡いブルーからピンクへのグラデーションが映えるドレスを揺らし、幼いファリアが庭を駆けてくる。淡い水色の髪とお揃いのドレスはファリアのお気に入りだった。髪に結ったピンクのリボンとドレスのグラデーションがとても可愛かったから。

「まぁファリア走るなんてはしたないですわ。ゆっくり歩いていらっしゃい」
「りあ、はしりたいの。だって、うれしい、かあさまにあえて」
「だめよ、あなたは王太子の婚約者になるのだから。どんな時でも冷静でいなくては王太子妃は務まらないわ。今からしっかり訓練しないとだめよ」
「おうた、いしひ? なあに?」
「あなたの大切な未来の話よ」
「みらい?」
「そう、未来よ。そのために、この子もいるのよ」
 母はファリアから赤子に視線を移した。

「ファリアお嬢様、どうかこの子をよろしくお願いいたします」
 赤子を抱く女性がファリアに向かって深々と頭を下げる。赤子は「あー、うー」と声を出しキョロキョロしていた。声だけでかわいい。細くて柔らかな銀髪に、綺麗な緑の瞳。自分と同じ色だとわかった途端、赤子の可愛さが増した気がした。
「かわいい! かわいい! かあさまっ! かわいいわ!」
「ファリア、この子はね、あなたの代わりなのよ」
「かわり?」
「そう、あなたが王太子妃になるために必要な子なのよ。だからこれから一緒に、勉強しましょうね。あなたのことをこの子によく知ってもらって、あなたのために役立ってもらうのよ」

 幼いファリアに言葉の意味は分からなかった。だがかわいい赤ちゃんと一緒に遊べる、ということだけは理解した。

 それから月に一度、ファリアはルゥと会うようになった。
 乳飲み子だった赤ん坊が会うたびに成長し、歩き、そうして「りあねぇさま」と話すようになるころにはファリアはルゥに夢中になった。

 ルゥにねぇさまと呼ばせるようにしたのは自分だ。ファリアの侍従には子供が二人いる。ファリアと同い年の女の子が、弟から「ねぇさま」と呼ばれているのを知り、自分もそう呼ばれたい、と思ったのだ。
 それは今思えば嫉妬であった。姉弟きょうだいという間柄に流れる幸せな空気を心の奥底で羨ましいと思った。ファリアには腹違いの兄姉がいるが、兄はもうすでに成人し、6歳年上の姉も住む屋敷が違い会うことがない。兄弟愛を体験したことのないファリアにとって侍従の姉弟きょうだいは羨望の塊だったのだ。

 ファリアが8歳となったある日、ルゥはドレスをまとってファリアの前にやってきた。ルゥが三歳下の男の子なのは知っていた。でもピンクのドレスを着た幼いルゥは本当にかわいかった。
「ルゥ、なんてかわいいの! すてきよ! もしかしてカーテシーもできるの?」
「わたし、しってます、ねぇさま」
 ファリアと同じようなドレスをまとった男の子のルゥが、スカートのすそをつかみ、かわいらしくペコリお辞儀をした。
 ふわと短い銀髪がゆれる。自分の水色より光が映えて本当にきれい。
「ルゥ! かわいい!」
「りあねぇさま、のほうが、かわいいれす」
 5歳のルゥが少し舌らずな発音で姉をほめた。それすらも可愛かった。

「ファリア、代わりを連れてきなさい」
 笑いながらお辞儀をしあっていた二人に母が声をかけた。ルゥは「代わり」と呼ばれている。母の前では誰もルゥをルゥとは呼ばなかった。ルゥの母親ですらも。

 ルゥという名前を知ったのは実は半年ほど前。魔法の練習をしていて、ファリアが空に投げた浄化の光を興味深げに見上げた「代わり」がふらついてこけたのだ。その時「代わり」の母親が「ルゥ!」叫んだ。結局こけたルゥに怪我はなく、しかしそのあとルゥの母親はしばらく松葉杖をついていた。

 自分の代わりには名前があったのだと驚いた。でもファリアがルゥと呼ぶとうれしそうに微笑んだ顔がとても可愛くて、ファリアは代わりをもう「代わり」とは呼ばなくなった。
「もっと練習しなさい。それではファリアの代わりになどどう転んでもなれないわ。出来ないなら捨てるしかないわね」
「……っ、お許しください! 次回までには必ず!」
 頭を下げて謝り倒すルゥの母親の頬を母は手に持った扇子でバシと叩いた。そして母の横に立つ侍従が鞭を振るう。
 ルゥの体がビクと震えた。だが誰も母を止めない。イズベラルド侯爵夫人は絶対的強者の一人なのだ。

 そして次の強者が自分であることをファリアは知っていた。止められるのは自分しかいない。
「母様、時間がもったいないですわ。はやく始めましょう」
 母の叱責を止めるため、ファリアは口を開いた。母の機嫌を損ねないように注意しながら。
「そうね、ファリア、始めましょう」
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