【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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第1部最終章 僕の執事はイケすぎています

5.(第1部完)

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「あ、ちょっと待って」
 僕を横抱きにして走り出そうとしたカシルを先生が呼び止める。
 そして手をかざしてローブを一瞬緑に光らせた。
「目くらましかけといたから、早く屋敷にお帰り。あ、今夜遅くなるかもだけど寄るから、待ってて」
「かしこまりました、ありがとうございます。カルシード公爵夫人」
 さっと頭を下げたカシルの足が地を蹴った。
「俺も行くぞぉ!」
 と後からガロディア辺境伯の声が追って聞こえた。


 風のように走る執事にしがみついいての帰路、僕は聞きたかったことを質問することにした。
「カシル、実際何歳なの?」
「……33歳にございます」
「ええ! いや、絶対見た目20代だったよ。どういうこと?」
 首を傾げた僕に
「陣を腕に刻んたのが25歳の時にございます。ですので、効力を失ったとき25歳まで外見が戻ってしまうのです」
 と丁寧に教えてくれた。
「25歳? そんな若いときになんで年寄りになろうと思ったの?」

 う、とカシルの言葉が詰まった。
 そうして黙って走り続け、ついに屋敷が見えたとき。
 ようやく小さな声で返事が来た。

「……私は沈黙の狂騎士ベルセルクとして顔を知られておりました。ですのでハルトライア様のお傍にいるためには姿を変える必要がございました。私は……どうしてもあなたを、私の手でお守りしたかったのです」
「それって……」
 さっき僕を慕ってるって言ってたよね。
 現在33歳ということは、25歳を引くと8歳。つまり8年前、僕が1歳の時にカシルは執事としてここに来た。……1歳の僕に惚れたってこと?
 カシルって猛烈ショタなの?
 
「1歳の僕を守りたいと思った理由は?」
「それは……っ」

 言えない、ということか。
 僕だって未来の事知ってる理由が前世の漫画で読んだからなんて絶対言えないし。

「いいよ、言わなくて」

 笑って顔を振ったらカシルは口を開いた。

「っ、……っ色が、っ。ハルトライア様の魔力魂の色は、言葉に出来ないほど、美しい色をされております。紫ではあるのですが、それだけではなくて。本当に唯一無二で、あまりにも眩しくて……」

 そこまで言ってカシルは口をつぐんで、メガネをくいと掛け直した。

「このメガネも、ハルトライア様が眩しすぎるので掛けているのです」

 なにそれ!? 伊達ってことはわかってたけどそれが理由?

「ガラス一枚隔てると光が和らぐので……」
「……魔力が見えるのも大変なんだね」

 カシルが黒縁メガネをかけているのはイケメンをよりイケメンにするためだとばかり思ってた。

 でも要するに、生まれたばかりの子供が不思議な色の魔力魂を持っていたから興味を持ったということか。僕には前世の記憶もあるから、それが何か影響して変な色をしているのかもしれない。

 そして興味から始まったものの、いつしか僕を特別に思ってくれるようになったと。
 まぁそれだけが理由じゃないだろうけれど、今はそれでいい。

「カシル、いつから僕を、好きでいてくれてるの?」

 カシルの顔が真っ赤に染まる。めちゃくちゃ純情なおじいちゃんに僕の方が照れてしまう。
 可愛すぎる。

「ハルトライア様っ、そんな、っことまで、お聞きになりたいのでございますか?」
「何でも聞いていいってお前が言ったんだろ?」

「……っ自覚しましたのは、7歳になられた頃にございます」
 1歳じゃなかったけど。
「めっちゃ、ショタコンじゃん」
「ショタコン? とは……」

 あ、前世の言葉だった。幼児趣味と言い直そうとして僕も老人趣味だろうからやめた。
「気にしないで。でもきっかけあったよね?」
「殿下の事件のとき、陛下がハルトライア様を殿下の婚約者に推薦とおっしゃられて、その瞬間、頭が沸騰しそうになりました。……っその、っ大変申し訳ございません」

「いや、うれしいからいい」

 僕は恥ずかしくて顔を手で覆ってしまった。もう十分だ、これ以上聞けない。
 それによく考えたら僕は一応18歳までの前世の記憶があるから、この世界で7歳の僕に惚れたカシルをショタコンと断言出来ないか。
 あれ? じゃあ僕とカシル、見た目は爺と孫でも33と23だから実際は10歳しか離れないってことだよね。
 嬉しくなってフフと笑ってしまった。

 そんな僕を見て、カシルが逆に質問してくる。

「ハルトライア様も、教えていただいてよろしいでしょうか?」

 う、だよね、そう来るよね。

「……っ、僕は、ファリア先生に初めて会ったとき」

「随分、最近にございますね」
 なんか落ち込んだカシル。

「でも! でも! 僕はお前を愛してるから!」

 叫んだ後に、僕はなんて恥ずかしいことを言ってしまったのかとカシルの胸に顔をうずめて震えてた。

 その固くて厚い胸板の温もりは、僕にカシルが尋常じゃないスバダリ執事であることを否応なく再認識させる。

 元騎士のダンディなおじいちゃん執事と思っていたのに、本当は第三騎士団長に勝つほどの剣技を有す二つ名持ちの最強騎士で、魔法研究所副所長を超える魔力を持ち特級レベルの呪法をあっさりキスで浄化できる魔法使いで、なおかつ本当は33歳だなんて、お前はどこまでイケ過ぎのオジイさんなんだ。

「う、う……っ、っ忘れてくれ」

 僕みたいな当て馬悪役令息がスパダリ執事を愛してるなんて言うのは厚かましすぎる。

 しかし「あなたのお言葉は一つたりとも忘れません」とカシルは言う。

「ハルトライア様は、御年4歳で、私を守ってくださると宣言なさいました。殺戮者ベルセルクでしかない私なのに、守ると、幸せにすると。そのようなことを言われたのは初めてで、その、……っ今思えば、きっと、その時に私はもう、あなたしか見えなくなったのだと、思うのです」

 覚えていてくれたのか。10年後にお前を守ると息巻いた、たった4歳の子供のセリフを。
 でも、あの言葉は僕の原点で、僕の全てだ。

 執事の胸から顔を上げた僕は、腕を伸ばしてその年老いた頬に両手を添える。

 お前が60でも25でも33でも、最強騎士でも最強魔法使いでも、僕にはなんだっていい。
 どんなお前でも、僕にとっては家族であり誰より大切で愛しい人。
 なにをおいても守りたい、幸せにしたいんだ。

 僕の命が続く限り、僕はそれをあきらめない。
 だから、もう二度とお前に殺されることを願ったりしない。

「カシル、僕は今もお前を守るために生きている。だから、あと4年半、待っていてくれる?」
「はい。もちろんにございます」

 やはりお前は子どもの戯言と笑うことなく、真摯な顔でうなずいてくれた。
 ああ、カシル、お前が本当に大好きだ。
 
 僕たちは恋人というには余りにも離れすぎた外見だ。
 けれど、この気持ちは、嘘じゃない。
 僕はもう一度、今度は心を込めて囁いた。

「愛してる、カシル」
「私も、心からお慕いしております」

 僕の愛しい最強執事は、輝かんばかりに微笑んでその唇を僕に落とした。



 *****


 その後、屋敷に帰ったら玄関がぼろっぼろで衝撃を受け、ぶち壊した張本人のユアが大泣きして平誤り状態なのを一生懸命なだめた。

 そして夜8時を過ぎてやってきたファリア先生。
 カシルが先生に
「200キロも重量をかけ我々を閉じ込めたあなたが原因ですから」
 とぷんぷん怒って修繕を迫った。
 先生は
「だってトラ君との約束だったもん!」
 とぶちぶち言いながらも魔法を使って直してくれた。
「ハルトライア様は何も悪くございません」とカシルは聞く耳持たずだった。

 さらに30分ほど遅れてやってきたガロディア辺境伯は
「おいクソ魔導士! 俺の矢勝手に落とすんじゃねぇよ!」と先生に怒鳴り散らしていた。
「ドレ君がトラ君を狙うのが悪いんだ! 私の大事な生徒を殺そうとするなんて信じられない!!」
「だから俺が天使をほんとに殺すわけねぇだろ! あれはただの時間稼ぎだよ! だいたいおめぇがこの鈍感執事を閉じ込めたのが原因だ!」

「ドレ君がルゥがルゥって知ってるなんて知らなかったし!」 
「んなもん剣交えりゃすぐ気付くに決まってんだろ! アイツみてえなバケモンそうそういてたまるかよ!」
「気づいてたなら早く言ってよね! それに腕切り落とす作戦だって教えてよ! そんなの君らみたいな野蛮な騎士しか思いつかないんだから!」
「他に方法がなかったんだから仕方ねぇだろ! 陣消せねぇなら切り取るしかねぇじゃねぇか! てかカシル! お前がそんな陣を体に刻むからだめなんだ!」

 言い争いがカシルに飛び火した。
 当のカシルは僕の耳を両手でふさいで知らんぷりだ。

 体に刻んだ陣を消すには同級の浄化魔法を用いてその陣を丁寧に上書きしないと消せないらしい。カシルの腕の陣は神級に近い特級。刻んだ先生本人もまだ自分には消せないと謝られた。
 ていうか、僕の口の中にあった呪法の陣も特級だったんだけど。まあ僕のはとても簡単な模様だったらしい。奥底にある感情を爆発させるだけの呪法。
 結局ただの死にたがりを披露しただけだったけどね。だって僕、人を殺したいなんて思ってないもん。
 でもそれだってキスで消すとかどうなのさ。

「おい聞いてんのかクソ執事! お前そんな年寄りでほんとに天使を守れると思ってんのか!」
 その言葉にむっとした僕は
「ガロディア辺境伯、僕の大切な執事を侮辱するのは僕を侮辱することと同じです。発言の取り消しを求めます」
 と睨んだ。

「……っ、わ、悪かったよ!」
 
 僕の一言で二人の言い争いが止まった。そしてカシルの手が僕の耳から外される。
 ふう、と息を吐いた僕は
「ガロディア辺境伯、発言の取り消し確かに受け取りました。そろそろ現状確認と今後について検討したいと思います。お二人ともそのために来てくださったのでしょう。ありがとうございます。ではユア、まずお二人にお飲み物をお出しして」
 と場をたてなおした。
 そうしてようやくまともな話し合いが始まった。

 今回の件は殿下の浄化魔法で全てきれいに浄化され、僕は消滅したという設定になっていた。
 階段から落ちたなどで少し怪我をした人はいたが、死んだのはあの神官だけだった。辺境伯が神官なのに剣を振り回し錯乱していたから殺したと証言してくれた。僕が魔物から人間に戻したなんて誰も信じないだろうから助かった。

 僕を捕まえた父やバーコード神官は僕が生きているから自分の計画がとん挫したことをわかっている。けれどさすがに魔王化して広場を破壊しつくした僕を生かして浄化した殿下の発言を否定することはできない。
 さらにリフシャル侯爵家とつながりがあることは伏せなければならないから、僕が魔王だと公言することだって無理。だから父はしばらくは大人しくしていると思う。まあ次の悪事を考える時間になるだけだろうけれど。

 
「ハルトライアよ、お前、これからどうすんだ? このままじゃ、またいつか父親に利用されんぞ?」
 ガロディア辺境伯の心配はもっともだ。
「そうですね。でも黙って利用されてまた魔王化するのは嫌なので、全力で抗いたいと思っています」


 物語の悪役令息だからって、悪事に引っ張りだこにされたらたまらない。
 こんな辛くて苦しい思いをするのは、もう絶対嫌だからね。
 僕は辺境伯からファリア先生に視線を移し、口を開いた。

「ファリア先生、以前僕に打診してくださった魔法研究所の入所についてですが、ぜひお願いしたく思います」
「ほんと!? やったあ!!」

 きらっきらに目が輝いた先生が立ち上がり、小躍りを始めた。
「わあーい! わあーい! 明日から研究パーティーだよぉっ」

「いきなり明日は無理です先生。ですが陛下にも了承をもらい、正式に研究所に配属して頂きます。そして僕はこの【つる】について、僕の魔王化について、調べあげて必ず打ち勝ちたいと思います。もちろん父親にも」

 陛下は僕の【つる】が飛び出す件をすでに影から聞いているはず。でもファリア先生から魔法研究所で管理するべきと進言があればきっと悪いようにはしないだろう。

「ハルトライア様……」

「おめぇ、ほんとガキの癖にカッコイイよな。沈黙の狂騎士ベルセルクが惚れこむわけだ! ったく行方知れずになってどっかで野垂れ死んでると思ってりゃ王都こんなとこで天使守ってるたぁ、お前も隅におけねぇなぁ」

 ちらとカシルを見ると、頬を赤らめ視線をそらし何も見えない夜の窓を見つめていた。

 くぅ!
 やっぱり可愛すぎるよ僕のスパダリ執事。

「遅せぇ初恋なんだろっ」とからかう辺境伯。

 うそっ、それめっちゃ嬉しいっ。

 ニコニコの僕を見てカシルがさらに顔を赤くしてもう一度プイと顔をそらせた。


 僕はまだ9歳で、このゼロエンの世界で、そのストーリーと違う人生をこれから生きていけるのか、全く見当がつかない。
 今回生き延びたことは、僕やカシルが頑張ったからじゃなく、ただ物語を正常に進めるために運命とか何か未知の力が働いて、その結果僕が生かされたのかもしれない。

 まだまだ分からないことだらけだ。どうして僕が転生したのか、どうしてスパダリ執事がそばにいるのか、どうして殿下が僕を好きなのか、どうして少しだけすでにゼロエンの話と違っているのか。

 でも、謎だらけでも、今僕はこの世界で生きている。
 こんな悪役令息でも、家族のために精一杯生きているのだ。

 僕はもう、お前を守るためなら、あざ笑われても、さげすまれても、誰にも見向きされなくても構わない。

 この世界の魔王となることが運命ならば、それだって喜んで受け入れよう。
 この世界の輝ける騎士であるお前を、魔王ぼくが幸せにするから。
 そうして全てに抗がおうじゃないか。

 もう、僕はあきらめない。
 お前を守り幸せにするという未来を必ず手に入れるんだ。


 まだほんのり頬の赤いカシルに、僕はそっと手を差し出した。

「カシル、これからも僕の傍にいてくれる? 僕がお前を絶対守るから」
「はい、ハルトライア様」

 恭しく頭を下げて、手を差し伸べる騎士タンドゥルシュヴァリエは未来の魔王の手を優しく握り返した。


 〈第1部 完〉
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