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12章 万能も過ぎれば不便です

4.

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 目が覚めたら、屋敷に戻っていた。
 あれ?
 僕は神殿の地下にいたはずじゃ?

「ハル坊ちゃまっ、おはようございます! 今日はお寝坊さんでしたね~。昨日遊びすぎたんじゃないですか?」
「ああ。おはようユア。昨日、何したっけ?」

 そんなに寝坊するほど遊んだかな?

「ええ、たくさんーーをーーしましたもん」
「え。何?」 
「ほら坊ちゃま、カシルさん今日も待ってますよ」
「あっ、カシル!」

 カシルという単語に心が跳ねた。
 会いたくてしょうがない。

 カシルカシル!

「ハルトライア様、おはようございます」
 ユアの開けたドアの向こうにカシルがいる。

「カシル!」

 僕はカシルに向けて走り出した。
 体が軽い。
 走れることが嬉しい。
 なんでだろう、僕歩けなかったはずなのに走れるよ!
 ああそうか、さっき筋肉模倣をやったからだ。
 でも動き、ロボットみたいだった気がするけど。

「カシルっ!」

 彼に飛びついた。はずだった。
 でも

「ハ……ル……っ…、イ……っ…さ……」

 カシルの口からブハと血が吹き出した。
 きれいな緑の目からも血がこぼれてきて。

「カシル?!」

 よく見れば彼の腹部は真っ黒な太い木の根っこみたいなものに貫かれていた。

「いやああ!! カシル! 死んじゃやだ!!」

 だがもうその瞳はなんの色も見ていなかった。
 血まみれの彼にすがりつき泣きじゃくる僕。

「カシル!! カシル!! おきて!!」

 だけど、
「ハル坊ちゃま、大丈夫ですよっ、ほら、今日もたくさん殺しましょうねっ」

 僕が支えてたカシルがユアの怪力に引き離され、ずるりと地面に倒れていく。
 ユアが笑顔のまま無理やり僕の顔をひねって遠くを向かせた。
 僕の視線の先には、なぜかもう一人カシルがいた。彼は黒い草原みたいなところを歩いてくる。 

 ここはもう屋敷じゃなかった。黒くて不思議な草原。

 カシルの銀髪だけが妙にきらめいてきれい。
 カシル! 生きてる!
 あれ?
 じゃあ今死んだのは?
 すぐ傍の血まみれの死体を見下ろすと、カシルの体がじゅわあと崩れて黒く霧散していった。

 瘴気だっ。

「な、なんでっ」

 ひぃっ! と悲鳴を上げた瞬間隣に立つユアがドロと崩れていく。彼女も黒い瘴気になってあたりに溶ける。

「たくさーんころしましょーねー」
 楽し気なユアの声だけが残った。

「ひ、……ユ、アっ」

 向こうから近寄るカシルが微笑むのが見えた。

「なにをおっしゃいます? ハルトライア様、あなたが望んでいるのでしょう? 私はいつでもあなたと供に。死んでもお傍におりますよ。ほら何度死んでも、何体でもっォオオ…ァ」

 歩きながら話すカシルの体に真っ黒な木の根が突き刺さった。  
 笑顔のままカシルは血を吐いてまた瘴気になった。そして黒い草原と一体になる。

「いやだ、いやだ、ッ、いやだあああ「ハルトライア様」」

 耳元で低くて甘い声がした。

「私を、守ってくださるのでしょう?」

「あっ、…、ぅあっ…、」

 頬に流れていく涙をカシルがじゅるりとなめた。

「ほら、守ってください。私をっ…、ブ、ボォ……ッ」 

 カシルの口から飛び出した血が顔にかかった。
 視界が端から赤くそまっていく。

「カシッ」
 振り向いた時、僕はようやく気付いた。
 さっきから何度もカシルに刺さっていた黒い太い木の根のようなものは、僕の体から飛び出した僕の【つる】の成れの果てだった。

「守ってくださいね……ハルトライア様」

 ああ、僕が……
 お前を、……
 こ……ろ……す……ん……だ……





「……ん! ……ラ君! トラ君!!」

 呼びかけに意識が目覚め、筋力模倣でガっと目を開けたら石の壁が見えた。寝る前と同じ場所。ぼんやり明るいからもう夜は明けてきているらしい。
 さっきのは夢、だったのか。

「トラ君! 聞こえる!?」
 ファリア先生の声だ。
 どこから、と眼球をぐるぐる動かすと僕の首元近くに小さなネズミがいた。緑に光っている。
 先生は、魔力でほんといろんなことが出来るんだね。ネズミを意のままに操って声まで届けるなんてすごすぎる。

「大丈夫、じゃないね、トラ君、泣いてる。こんなところで1人怖い思いさせてごめん」

 泣いたのは夢見が悪かったからです。別にここで1人なのは怖くないです、死ぬのも全然。
 怖いのはさっきの夢みたいにカシルが死ぬことだけ。
 
 そう夢の内容を一瞬思い返した僕は、ようやく自分の浅はかさに気付いた。

 っなんてことだっ!
 魔王になったら僕は善悪の区別もつかなくなり、さっきの夢みたいにカシルを殺してしまうじゃないかっ。
 そんなの! だめだ! 絶対に!
 
「首に拘束具がっ、動けないだろう、……すまない、マウスだと声しか届けられないんだっ、君の咲かせたコスモスのおかげでここが分かったってのに、助けることもできないっ」

 ネズミから悔しげな声がする。
 でも僕はそれどころじゃなかった。なんなら今すぐにでも死んでしまいたいくらいだ。

「そこは神殿で結界が重ねられてて手が出せないっ。今日の浄化祭でトラ君が魔王の化身として浄化の儀に引っ張り出されることは目に見えているっ。でも私も緑属性の浄化魔導士として儀に出るからっ、その時絶対助けるから!」

 こんな明け方にここに来てくれるなんて、僕がどこにいるのかわからない状況で夜通し探してくれたのだろう。ファリア先生ありがとう。
 でも助けなくてもいいよ。
 先生が儀式に出るなら、ただ一つだけ僕のお願い聞いて。

「せ、……、ん、……、せ……、ま……も……、って……、や……く……そ……く……、」

「ああ、ああ、守るよっ。ルゥとユア君は屋敷にいて安全だよっ」

 さすがファリア先生だ。僕の頼みを忘れていない。
 だからもう先生にすがるしかなかった。
 魔力を思い通りに操る彼女なら、きっと。

「、ぼ……く……を……こ……ろ……、し……て……」

「トラ君っ、何をっ! そんなこと!」

 ネズミが悲鳴に近い声を上げた。
 先生、あなたしか頼れない。あなたなら僕を殺せるよね。絶対助けると明言できるくらいの人なんだから。

「お……ね……、が……、こ……ろ……し……、て……」

「っ、私はっ、約束は絶対にたがえないから!」

 先生なりのイエスだろう。ありがとう。
 とその時、足音が聞こえた。

 ビクっと動いたネズミが「かならず!」と声を残して走り去る。どこに去ったのかと後を追えば、あのトイレらしき穴。
 先生、僕そこで用足ししちゃったよ、ごめん。と心で謝った。

 カシャと錠前を開ける音の後、ギィと扉の蝶番がきしんだ。
「ようやく、手に入れましたな」と声が聞こえた。初めて聞く声。しゃがれた感じからおじいさんくらいだということはわかる。でも目を開けるわけにはいかない。僕は動けないことになっているんだから。
 すると 
「魔王の素質があるものが我がリフシャル侯爵家から生まれるとは、殺さずにいて正解だったな」
 父の声がした。やはり父は僕が魔王化するとわかっていたのだ。
「しかし目覚めに2年もかかるとは長かったですな」
「あのときいつもの屋敷においておくように陛下に進言した自分を後で恨んだが、今回はうまく行ったな。殿下の前で魔王化の鱗片を披露してくれるとは、親孝行な息子だよ」
 くつくつと笑った父。いや、あれ不可抗力だからね。僕が自分の意思で【つる】を広げたわけじゃないから。

「さて、我が息子よ。いや、魔王よ、お前の晴れ舞台だぞ」

 かつかつと足音が僕に近づいて、頭にガシャと何かを被せた。
「髪を見られるわけにはいかんですからなぁ」
 
 嗜虐しぎゃく的な色を含んだおじいさんの声。僕の頬には夢見悪くて泣いていた痕跡が色濃く残っているのに、それを気にする素振りもない。この人にとって僕は子供じゃなくただの魔王。
 なんなら「ひひひ」と微かに嗤う声までする。

 頬に金属の冷たい感触がある、さっき頭に乗せられたのは頭部を半分ほどすっぽり覆う兜か。リフシャル家とつながる赤い髪を隠すためだろう。
 父は魔王として僕を殺させたいが自分との関係をバレたくないわけだ。きっと僕は孤児などの設定で表に立たされる。

 そして体に何かが巻き付いた。
 ヒヤとしたそれ。僕が転がっていた石の床と同じ感触。ということは土属性の魔法を使い僕をさらに拘束するつもりだ。このおじいさんは土属性なのだろう。

「では、始めますぞ」
「ああ、頼む」

 足先や指先からどんどん冷たい感触に包まれていく。
 それがすごく気持ち悪くて、しかも何をされるのか分からない恐怖で僕はカッと目を開けてしまった。開きすぎてまた目じりが痛い。

「ヒッ! む、っむらさきっ!」

 畏怖の声を上げて僕から飛びのいたおじいさん。怯えを乗せた橙色の瞳をガン見してしまった。やっぱり土属性。バーコード頭でカエルみたいな顔してる。カシルと同じ60歳くらい。でもカシルの方が一億倍イイ男だ。神官の服を着ているがさっきの魔力無し神官より高そうな服。陰険そうなこのおじいさん、神殿のトップかな?

「フハハハハッ、瞳も紫とはっ! 本当に魔王なんだなっ。大丈夫だ、我が息子よ。お前は好きにすればいいのだ、心の赴くままに動けばそれでいい。その体にためた瘴気、すべて使えば盛大なパーティーが出来るだろう。くく、楽しみだな」

 だらりと僕の目じりから血が溢れて零れていくのが分かった。
 筋肉模倣、ほんと難しい。
 紫の目から血を流すなんて魔王らしすぎる演出いらないのに。
 
 魔力は万能と思ったけど、繊細な管理と長い努力が必要で、結局は使い勝手が悪いよ。
 前世にあった声かけ一つすれば掃除機動かしてくれたりお風呂沸かしてくれたりするシステムの方がよっぽど便利。

 ああ、本当に不便だ。

「こっ、侯爵っ」

 尻もちをついて怯えた声の神官に、父はどこか呆れたように答える。

「ああ分かった。幕が上がるまで息子には大人しくしていてもらおうか」

 それを最後に視界が闇に染まった。
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