【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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12章 万能も過ぎれば不便です

2.

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 この男、見たことがある。
 2年半前にヒキガエルの呪いの時、聖剣を陛下に手渡した40歳くらいのおじさん神官だ。
 ていうことは、ここは神殿の半地下の牢?

 驚いてぱちと瞬きをしたらまたポロリと目薬がこぼれた。

「そのように可憐ぶっていても、私にはお見通しですよ、魔王。でもそうやって神聖なるジークフリクト殿下にも取り入ったのですね。2年半前に事件を起こして自分が殿下を救うことで信頼させ、その後魔王になるまで身を潜め力を溜めていたのでしょう。でもね、あなたは墓穴を掘ったのですよ。ジークフリクト王子殿下こそ、魔王を滅する尊いお方なのだから」

 くつくつと笑う神官の顔は僕を心からさげすんでいる。
 いや、これ涙じゃないけど。それにヒキガエル事件の犯人は僕じゃない。あと僕は可憐なんて言葉は似合わない三白眼だ、やめてくれ。
 とりあえず人間が来たから聞けることは聞こう。
 頬を流れる目薬を袖でぐっとぬぐった僕はおじさん神官に問うた。

「あなたは……神官ですよね。ここは神殿ですか? 僕はなぜ牢屋にいるのですか?」

「ハハハっ。魔王だからですよっ。そんなこともわからないのですか? ああ、そうですよね。あなたはあまり賢くないようですからねぇ。あなたの傍にいるジークフリクト王子殿下があなたを殺す力を養っていたことに気付かなかったくらいですから。明日あなたはあの方の振るう聖剣の糧になる運命。ようやくこの日を迎えられる。5年もかかりましたが、これで妻も息子も報われるでしょう。ふたりはその為の尊い贄だったのですから」

 フハッ、ハハハハハハッ、と笑い始めた神官の周りがどす黒くくすんでいく。瘴気だ。でもおじさん神官は見えていないようだ。
 おじさん神官の瞳は灰色、そして髪の毛も灰色。魔力がほとんどない人なのだろう。
 ていうか妻と息子って何のこと? 5年前?
 気になる発言ばかりだったが、一番聞きたいことは一つだ。

「ここには、僕の執事もいるの?」

「あははっ、魔王に仕えていた執事など神殿に入れるわけがないでしょうっ。あの野蛮な執事は屋敷に幽閉されていますよっ。スピアディアに立ち向かっていくなど信じられない。あなたに惑わされてかわいそうに、あのとき角に刺されて死んだ方が幸せだったでしょうにねぇ」

 なんと、賊の仕業と思っていたけれどあれも神殿だったのか。いや、この男の単独犯かもしれない。もしかしたらフォレストベアも。
 とりあえずカシルは屋敷にいることが分かって僕は心からホッとした。そしてここは神殿だ。

 おじさん神官は「殿下に取り入り執事を惑わし、そしてあの辺境伯まで、魅了の魔法でも使ったのでしょうかねぇ、ああおぞましい」と僕をさらに卑下してくる。
 その度におじさんの周りの瘴気がより濃くなっていく。

 それに喜んだ【つる】がうぞぞぞと動いて飛び出してしまった。僕は瘴気を吸いこませないことだけに集中した。
 おじさん神官は僕の【つる】を見ても驚きもせず不敵に笑う。僕をさっきから魔王としか呼ばないし、スピアディアのときに見られていたのかもしれない。

「ふふ、あの壁画とほぼ同じ姿にまで禍々しく健やかに成長されましたねぇ。そのつるで私を殺そうとするのですか? 5年前のように。でも、あれは女神の啓示だったのですよ。女神は私に魔王の存在を教えるために、盗賊に妻と子供を殺させたのでしょう。それはこの世界を救う尊い犠牲だった。そして私も悟ったのです。町の小さな商店の前で、魔王として力を蓄え始めたばかりのあなたを見たときに」

 ちょっと待て……盛大な勘違いじゃないか?

 このおじさん神官、僕が前世を思い出したきっかけ。パン屋の前で瘴気まみれな体で僕にぶつかってきた人ってことだ。僕の【つる】を見たのもその時か。
 記憶を思い出させてくれたことには感謝するけど、おじさんと同じく魔王化阻止が僕の当初の目標だったんだけどな。今はカシルとユアを守ることが一番だけど。
 それに、あの時正気を無くしていたおじさんを元に戻したのはその瘴気を吸った僕なわけで、マジ逆恨みじゃない? こっちは5日も寝込んだんだ。

 なんか腹が立ってきて、僕はおじさんをギッと睨んだ。

「フフ、あなたはここから逃げられませんよ。この牢屋は魔力のある人間を閉じ込めるためのものだからです。私のように魔力のほとんどない人間ならいくらでも出入りできますがねぇ。では、明日までどうぞごゆるりとお過ごしください、魔王」

 おじさん神官は一礼をした。そうして「ああ、余計な話をしてしまったおかげで忘れるところでした」と僕に瘴気まみれで近付く。
 あんたの方が禍々しいよ! ほんと来ないでっ! と思ったけれど、ひ弱な僕は固い石床の上で自分の体を支えて【つる】を抑えるだけで精いっぱいで動けない。
 くっくっくと笑いながら僕に手を伸ばして首に金属でできた何かを巻き付けた。
 カシャン、と音がしてそれがはまる。その一瞬あとに僕の手首と足首にカシャン! と同じようなものが出現した。
 とたん僕はなぜか体が支えられなくなり、ゴンッ! と体が地面に激突してしまった。

「!……!」

 強烈な痛みにうめき声が出たと思ったがどうしてか何も音が出なかった。その理由はすぐに犯人からもたらされた。

「ハハッ、重くて動けなくて苦しいでしょう。それは暴れる罪人を抑えるために作られた魔道具です。付けた対象の重量を2倍にするもの。人間は自分の倍の体重を訓練なしに支えることはできませんから。では、明日までそのまま地面に突っ伏してお過ごしくださいね」
 アハハハハと笑い声を残しおじさん神官は出ていった。
 扉が閉まった瞬間僕の【つる】は落ち着きを取り戻し、戻っていく。

 はぁああああ、と深いため息をつきたかったが、浅く息を繰り返すだけでしんどい。
 体が重すぎて本当に動かない。ていうか目も開けられない。開けようと思っても瞼の筋肉がプルプルしている。
 僕は体の左側面を下にして横向きで石の床の上に転がっていた。うつ伏せじゃなくてよかった。息がとりあえずできる。
 でもこれはもう明日までこの体勢だ。トイレどうしよう。
 昼食以降水分はとってないから大丈夫かもしれないけど。

 ほんと恐ろしいな人間は。こんな拘束具まで考え付くのか。
 それにけっこう用心深い、あの神官。僕は元から体がまともに動かないってのに。
 明日の浄化祭まで何が何でも僕を逃がさないつもりだろう。

 あの神官が言うには、浄化祭で僕は殿下に殺されるらしい。
 メインイベントである浄化の儀で殿下の剣に切られる役なのだろうな。
 僕はいいけど、殿下が心配だ。
 さっき僕に剣を向けたとき、殿下は手も声も震えていた。明日殿下が魔王化していない僕を殺すことを躊躇してしまうのは想像に難くない。躊躇して殺した後、殿下は王太子候補としてやっていけるだろうか。
 零がくるまで7年もある。その空白の7年、誰が殿下を支えて癒してくれる? コンラートやガロディア辺境伯のような荒っぽい方では無理だろう。あの方はこの国を、カシルとユアの生きるこの国を支えていくお方なのに。幼い殿下の心が僕を殺すことで取り返しのつかないほど病むことになったらどうしよう。

 ああ、やばい。こんなことになるなら、さっきのおじさん神官の瘴気を吸って魔王化しておけばよかった。
 魔王になって悪行三昧の僕なら、心置きなく殿下も殺すことができるだろうに。

 明日までにどうやって魔王化するか、というこれまでの真逆な超難問に僕は頭を抱えてうめきたい気分だった。

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