【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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11章 不意打ちは避けられません

6.

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 ふわ、と何かに触れられたような気がして意識が浮上した。秋風のいたずらかな?
 うっすら目を開けるとそこには白と黒がある。それはとてもいい匂いがした。なにを僕は握っているんだろう。
「ふ……ん、」

 数回ゆるりと瞬きをして、ようやく頭が働き始めた。握ってるんじゃない、抱きしめているんだ。
 と気付いて腕の中のそれを見る。
 え? 服? 

「お目覚めでございますか」
 声がかかりそれが何か瞬時に理解した。カシルの燕尾服だ!
「ごめっ、シワだらけにしちゃったっ」

 顔を上げるとそこには白いシャツを左肩に引っ掛けた肌むき出しの美丈夫。
 すぐ傍にしゃがんで微笑んでいる。
「お気になさらないで下さい」と言われたがすぐ目をそらして燕尾服に顔をうずめてしまった。
 服のシワより肉体美の方が僕には大問題だっ。

「どれくらい、寝てた?」

 はずかしいからカシルの燕尾服に顔を伏せたまま聞く。
「20分ほど、でしょうか?」
「ちゃんと冷やした?」
「はい、もう熱くはありませんので、明日の筋肉痛も軽いかと。ハルトライア様のおかげにございます」
「僕何もしてないし」
「ここで待っていてくださいました」
「寝てただけだし」
「ハルトライア様はお優しすぎます」

 カシルの左手が僕の赤毛を撫でる。
 そして
「ハルトライア様の貴重なお時間を使用人の私にくださいましたこと、心より感謝いたします」
 とお礼ばかり。だからそんなんじゃないよ。
 と思ったけど言っても譲らないだろうから違う方向から責めた。

「カシル、もう筋力増強使わないでね」
「それは……承諾しかねます」
「僕は嫌だ。お前が剣を持てなくなってしまうのは絶対許さない」
 僕の強い声にしばし沈黙したカシル。しかし
「ハルトライア様を守るため、でもでしょうか」
 と返ってきた。そう来るか。
 でも負けない。

 お前は僕が死んでも輝ける騎士レスプロンディールシュヴァリエとして活躍しなきゃいけないんだから。

「僕を守るためにその腕はある。だから絶対壊さないで。それにさっき模擬試合で使ったことを鍛錬不足だと言っていたのはお前だよ。なら使わないために鍛錬に励んで」
 燕尾服から少しだけ顔を離し、カシルをにらんだ。
「っ……、承知、いたしました」

 やった!
 わがまま言って困らせろってガロディア辺境伯が言ってたから頑張ったらうまくいった!
 辺境伯ありがとう!

「お、いたいたっ。待たせたな!」
 心でお礼を伝えたらちょうど辺境伯の声がした。
 そちらに向くと車いすをもって歩いてきていた。頼んでないのにありがたい。彼の後ろにいるコンラートはへろへろの足取りだ。剣を2本持たされてさらに辛そう。辺境伯スパルタだなぁ。

「なんだカシル、冷やしてたのか。まあその方がいいよな」

 やっぱり筋力増強を使ったことを気付いていたようだ。
 カシルはすっと立ち上がり、彼に向かって頭を下げる。
「申し訳ございません」
「は? 何がだ?」
「筋力増強を使用してしまいました。深くお詫びいたします」
「ハハッ、戦場じゃ最後に立ってる奴が勝者なんだ、お前は俺に勝った、それが全てだろ?」
「ですがっ」
「しつけぇ男は嫌われんぞっ。それにお前に剣で勝とうなんざ最初から考えてねぇよ。久々に思いっきり撃ち合いたかっただけさっ。これに懲りずまた手合わせしてくれよなっ」

 ハハハっと朗らかに笑う辺境伯は「じゃあ、茶でも貰おうか」と言いかけて「しまったぁ!」と声を上げた。
「わりいカシルっ! 伝えんの忘れてたっ。もうすぐ殿下が来られる」
 カシルの目が驚きに見開かれた。
「っジークフリクト殿下にございますか?」
 
「ああ。さっき俺らが城出る直前に会ってな。ここ行くと言ったら、自分も行きたいと、1時間ほど遅れて到着するとおっしゃっていたからもうあまり時間ねぇだろ。メイドに急ぎ伝えてお前も迎える準備してくれ」

「承知しました。ではハルトライア様と一緒に庭のテーブル席にてお待ちくださいませ」
「ほんとすまん。ハルトライアの安全は任せとけっ。俺がちゃんと庭まで連れて行くから」
「よろしくお願いいたしますっ」
 カシルは頭を下げるとそのまま踵を返し足早に屋敷に戻っていく。
 その秋陽のあたる鍛えられた背中にも、いくつも傷痕が見えた。

「悪かったな、ハルトライア」
 ぽん、と頭に手を乗せられた。
「いいえ。大丈夫です」
 殿下が来ることは想定外だったけど、もうすでに客人がいるからそんなに問題はない。一人当たりのお菓子の量が少々減るくらいだろう。

「あああっ。疲れたぁ~!」
 大きな声を上げたコンラートが、ぼすんと僕の隣に寝ころんだ。そして
「カシル、たくさん傷あったなぁ、医師に頼みゃ消してくれるのに、頼まなかったのかな?」
 と呟く。

 この世界は魔法があるおかげなのか、傷を治す医療はとても発達している。炎でまるこげになったり粉砕骨折だったりと損傷が酷くない限り、ほぼ元に回復できる。ファリア先生が自らの目を抉り出して平気なわけだ。
 傷痕が残るのは早期に適切な医療を受けられなかった場合か、望んで痕を残す場合くらいだ。
「戦場じゃ医者にかかれねぇときあるからな。騎士ならあんな傷痕くれぇ普通だよ」
「え? でも父上あそこまでたくさんないじゃん」
「おめぇ、自分の母親の仕事なめんなよ」
「あ、そうかっ、母上のおかげかあ。さすが母上」
 コンラートの母上は第3騎士団に所属している医師なのか、きっとしっかりした方なのだろうなと思った。
 騎士団に怪我は付き物だし、この荒っぽいガロディア辺境伯を尻に敷く奥方なのだろうから。

 ただ、病気治療に関しては前世の方が先を行っていると思う。この世界には熱が出たら解熱剤、咳が出たら咳止め、などの対処療法しか存在しない。予防医療や抗ウイルス薬などの根本原因を絶つ治療はない。化学が発達していないせいだろう。菌やウイルスの存在自体誰も知らないのだ。もしかしたら、それらはこの世界に本当にいないのかもしれないけれど、医療知識のない僕にはわからないことだった。

「殿下そろそろ来られるだろうから、もう庭に行くか」
 ズボンのポケットから取り出した懐中時計で時間を確認したガロディア辺境伯がニカっと笑って僕を見下ろす。そして腕を伸ばし抱き上げてくれた。カシルの燕尾服持ったまままの僕を。
「主人に服を持たせるたぁ執事の風上にも置けねぇな、まあ俺のせいだけどな」
 辺境伯は僕にすまねぇなとまた謝った。
 そして「コンラート、剣と車いすよろしくな」と息子に声をかける。

 藁の上でうだうだとくつろいでいたコンラートが「はぁ?」と声を上げ飛び起きた。

「なんでだよ!」
「俺は天使を守ることに忙しい」
「オレだってハルトライア抱っこしたい!」
「俺に勝つまで無理だな」
「があああ! むかつく! いつかぜってぇぶちのめしてやる!」

 わめくコンラートに一瞬だけ優しい目を向けたガロディア辺境伯は僕をしっかりと両手に抱き、庭のテーブルまで運んでくれた。

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