【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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11章 不意打ちは避けられません

2.

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 筋肉痛は翌日には幾分か収まっていた。熱も引いている。
 朝はいつも通りストレッチと筋トレ、マッサージをしてもらった。痛みのせいで5回しか腹筋ができなかったのがツライ。最近は2桁の大台に乗っていたのに(でも10回)。
 食事も自分で食べた。でもいつもよりたくさん落としてしまった。見かねたカシルが「お運びいたします」と何度も言ってくれた。
 零した料理に申し訳なくて、結局途中から食べさせてもらった。
 もったいなかったから! 食べさせてほしかったわけじゃないから!
 と心で叫んでおいた。


 そうして午後1時になり、そろそろガロディア辺境伯とコンラートが来る時間。僕はカシルに車いすを押してもらって玄関ホールまで移動した。カシルはいつも通り黒の燕尾服に黒のエナメル靴。これで手合わせするんだ、とちょっと驚いている。

「ふふふ」
 ご機嫌に僕が笑っているのでカシルが首を傾げた。
「コンラート様とお会いするのが楽しみなのですか?」
「え? いや、まあ、楽しみではあるけど、もっと楽しみなのはお前と辺境伯との手合わせだよ」

「……さようにございますか」

 カシルの返事は芳しくない。どうして?
 自分の騎士の戦いを見るのが楽しみじゃダメなのかな? カシルだって久しぶりに騎士として剣を交えたくないのかな?

「カシルは、手合わせイヤだった?」
「嫌では、ございません」

 答えに迷いはあまり感じられない。やっぱり手合わせ自体は楽しみなのだろう。
「カシルが戦うところ、魔物以外で見ることってなかったからね。すごい楽しみ。絶対かっこいいもん」
 どうしても頬が緩んでしまう僕は、やはりこの老騎士が好きでたまらないのだ。

 おもむろにカシルが僕の背後から前に回りしゃがんで僕を見上げる。なんか苦しそうな顔だ。
「カシル、どうしたの?」
「ハルトライア様はなぜ……私の戦いを見たいと思っておられるのですか?」
「だって過去に沈黙の狂騎士ベルセルクって呼ばれてたんでしょ。そんなすごい人の剣技なんてなかなか見れるものじゃないから」
「……ただの、殺戮者でございます」

 ふい、と顔を背けて視線を玄関ホールの床に落としてしまう。

 殺戮者とはさすがに卑下しすぎだ。二つ名は騎士に与えられる栄誉の証なのに。しかも恐ろしい二つ名であればあるほどその能力の高さを示している。狂騎士ベルセルクなんてよっぽど強かったからこその二つ名。

 「カシル……」

 そんなことないよと言いかけて、僕は言葉に詰まってしまった。 

 カシルはとても優しい人だ。優しいから人を守るために必死で戦って、結果その二つ名を頂いたのだろう。

 カシルがどんな戦場を生き抜いてきたのか、僕は知らない。
 僕のもとに来るまでに何人も戦友を無くしたり、愛する人と別れたり、僕には想像もできない惨劇を目の当たりにして、たくさんの悲しみを胸に抱えているのかもしれない。

 興味本位で見たいなどと言った僕は、自分を恥じた。

 前世でも日本は大戦を終えてからもうすぐ80年。そんなに長く戦争をしていない国に生きてきた僕が、彼に慰めや戦果を称える言葉をいくらかけても、それはただの偽善にしかならないだろう。


 でも、お前がつらいと思うなら、少しでもそれを軽くしたい。
 僕ができることなんて、限られているけれど。


「なら、僕が新しい二つ名、カシルにつけてあげるよ。……じゃぁ、【手を差し伸べる騎士タンドゥルシュヴァリエ】なんてどう?」

 Tendreタンドゥルは手を差し伸べる以外に愛情深いという意味もある。カシルにぴったりだ。

 殺戮のためじゃない。
 その両手はこれまでもずっと、誰かを守り救うためにあったのだから。
 そして今は。

「お前はいつでも僕のためにこの腕を伸ばして、抱きしめて守ってくれるからね」

 手を伸ばしカシルの左腕にそっと右手を添えた。右は剣を持つ手だけど、この左腕はいつも僕の傍にある。

「ありがとう、カシル」
 

 緑の瞳がようやく僕に戻ってきた。でもやっぱりどこか辛そうで泣きそうだ。
 お前は結構泣き虫だもんね、僕と同じで。
 でもダメだったかな? やっぱり二つ名そのものが要らないのかも。
 そう思っとき、カシルの右手が左腕を撫でていた僕の右手を握りしめた。

「っ、ありがとう、ございます……っ」

 そして両手で僕の手を包み、自らの額に持ってくる。少し手が震えてる。

 嫌ではなかったみたい、良かった。
 しばらくそのまま震えていたカシルだったが、小さな声で宣誓をしてくれた。

「ハルトライア様……、あなたに勝利を捧げます」

 こんなことを言ってもらえる日が来るなんて、思ってもいなかった。
 辺境伯に勝てるなんて思っていないけれど、それでもカシルの宣誓は僕の宝物になった。
 もう今魔王になっても悔いはないよ。
 お前の未来が幸せであるように。
 それだけを願って、言葉を返す。

手を差し伸べる騎士タンドゥルシュヴァリエに、女神のお導きのあらんことを」

 これは決められた返しの言葉。前に二つ名付けちゃったけど。
 答えを聞いたカシルは握っていた僕の右手の甲に唇を寄せ、そっと触れた。
 これも決まった作法だ。

 でも、……恥ずかしい。
 カシルの柔らかな唇が手の甲にある。しかも、なんか結構長い。
 どっどっどっと心臓が高鳴ってしまう。

 うう、超恥ずかしい。もう、離れてほしい。
 と思ったとき、ふっと手に息がかかった。ようやく離れた。と思ったら「ハルトライア様」と小さく呟かれてまた柔らかい感触が。
 そのカシルの仕草は、離れがたいと言っているかのようで。
 僕の心臓はさらに鼓動を速めた。


「……っう」
 耐えられなくてついに僕の口から変な声が出た。だってだって、ほんとに恥ずかしい。もうどうにかなりそうだ。
 手の甲であっても好きな人に長く口付けされるなんて無理だよ。
 声に反応してようやくカシルの頭が上がる。
「ハルトライア様っ?」
 真っ赤な僕を見て驚いた声を上げた。
「っう……っはぁあっ」
 僕は大きく口を開けて息を吸った。
 そしてはあはあ荒く呼吸する。恥ずかしすぎて止まってたみたい、そりゃ苦しいわけだ。
 手の甲にキスされて酸欠とか童貞もびっくりだろう。

「大丈夫でございますかっ? まだお体が万全ではないのにっ」
 僕が赤くなって理由に気づかないカシルは部屋に戻りますか? と心配する。
「っう、ん。大丈夫」
 なんとか返事をして呼吸を整える。もう辺境伯たちが来るってのに動揺している場合じゃない。

 すると外からヒヒーンと馬の鳴き声が聞こえた。二人の乗ってきた馬車だろう。
「お辛かったらすぐにお知らせください、ハルトライア様」
「わかった」
 僕の返事を受けて、まだ心配げな顔をしていたがカシルはすっと立ち上がり、玄関の扉を開けた、そして車いすの後ろに回り押し進めてくれる。

 門の前で止まった馬車の扉が御者により開けられて、中からコンラートがぴょんっと飛び出した。茶色い短髪が跳ねて元気かわいい。相変わらずラフな生成りの冒険服に茶色いズボン。靴も動きやすそうな柔らかな革製だ。
「ハルトライア! お待たせ!」
 飛んだその勢いのままにこちらまで一気に駆けてくる。
「コンラート。こんにちは」
 僕の目の前ぎりぎりで止まった彼は、僕の挨拶にへへへっ、と笑う。

「っちわ! ほんと何度見ても天っうが!! っいってぇよ!」
 その瞬間ゴン!と大きな握りこぶしが彼の頭に落ちた。
「馬鹿が! 病弱な人間に向かって走るんじゃねぇよ! ぶつかったらどうしてくれんだっ!」
「いきなり殴るこたねぇだろ! クソおやじ!」
「おめぇみてぇに煮ても焼いても平気な奴そうそういねぇんだよ! もっと大切にしろ!」
 めちゃくちゃ怒られている。

 着いた瞬間から賑やかだ。友人とはこんなに楽しいものなのか。
 くすくす笑っていると
「ハルトライア怒ってねぇし、いいじゃん」
 コンラートが呟き、再度げんこつを頂いていた。
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