上 下
54 / 83
11章 不意打ちは避けられません

1.

しおりを挟む
 午後になり、カシルは定例報告会に出かけて行った。そして現在僕の隣にはカシルの代わりにユアがいる。
 筋肉痛で動けない僕を気遣ってくれているのだ。ありがたいけど申し訳ない。
 そしてユアからはカシルのように屋敷管理の話を聞けるわけではない。
 何の話をしようか考えて、脳筋のユアには筋肉関係だろうと思い、話を振った。

「ユアは筋肉痛にならないの?」
「なりませんよぉ」
「それはどうして?」
「だって、ならないようにしてますもん」

 筋肉痛になったら痛いし仕事もできないし損ばっかじゃないですかぁ~と笑う。
 確かにそうだ。なったら損だ。まさに今の僕。動けないし大事な1日がリハビリもできず無駄になっている。
「でもユアはあまり筋肉ついてないね。体質かな? 力持ちなのに僕とあまり変わらないよね、細さ」
「カシルさん時間あれば訓練ばっかしてますもんね~。まあ騎士だから当たり前ですけど。私は料理とか掃除とかやることいっぱいありますし、体内魔力循環で大丈夫ですっ」
 くすくす笑うユア。
 ユアがムキムキになって見た目まで筋肉かあさんになってしまうのもちょっと嫌かも。猫族らしく細身で俊敏で可愛いのがいいな。と思った。

「そうだねっ。じゃあこれからも訓練はしないでね」
「しませんしません、時間の無駄ですっ。体内魔力循環で岩もぶん投げちゃいますからっ」
 今度森行ったら投げる岩探そぉ~とワクワク顔だ。
 そういえばファリア先生とそんな話をしていたな。岩を投げるってすごい。この細腕で。
 と、そこまで考えておかしいことに気付いた。
「ユア、筋肉痛にならないように、ってどういうこと?」
「え? いや、だってチカチカしたら筋肉痛になるから、そうならないようにしてるってだけですけどぉ」

 そこが知りたいんだよ! 思わず起き上がろうとして全身に激痛が走った僕。

「くっ、いったぁっ」
 少しでも動くと痛むなんてほんとに筋肉痛は損だ。
「ハル坊ちゃま! 動いちゃだめですよっ。あ、明日の辺境伯お断りしなきゃですねっ。カシルさんに頼んでおけばよかったなぁ」

 そうだった。明日は辺境伯と予定があった。でも断りたくない。カシルとの手合わせ絶対見たい!

「いやっ、それはいいよ。今日休めば明日には痛みも結構引くだろうし、それに少し痛いくらいで訓練再開するとより筋肉が鍛えられるっていうから、明日はいつも通りでいいよ」
「え~。カシルさん、絶対断るって言いそう。でも、わかりましたぁ」
 それはたぶん大丈夫だ。筋トレマニア並みに筋トレしてるカシルだから、僕の言うことも理解してくれるだろう。

「ありがとう、ユア。で、筋肉痛にならないってどういう風にしているの?」
 再度ユアに質問すると、
「だから、痛くないように魔力を使ってるんですよぉ。ハル坊ちゃまもそうしたらいいですよっ」
 と答えてくれた。
「要は、チカチカしないようにしてるってことだよね。そのやり方、教えてくれる?」
 ようやく聞きたいことが聞ける! とテンションが上がった僕。
 でも
「え? だから普通にぐいーんってやってますけど」
 ざっくり過ぎる返しが来た。がっくりしたのは言うまでもない。
 オノマトペじゃあ分かんないんだよ、ほんとに。
 当の本人は肘を曲げて上腕二頭筋に力を入れこぶを作っている。ガロディア辺境伯と比べると無いに等しいレベルだったが。
 でも、それを見て、いや、そうじゃない、ていうかそういうことなんだ!
 とひらめいた。
「ユア、要するに筋肉と同じってことだよね? 体内魔力循環はっ」
「私たち獣人にとっては同じですよぉ~。だって意識したことないですもん」

 ユアは何も間違ったことを言っていなかったんだ。僕らも普段何気なく手を伸ばしグラスをつかんだり、ドアを開けたりするとき、筋肉を動かさなければ、なんて意識をしていない。
 でも筋肉は動いているし、きちんと腕や指の関節が曲がり目的を達成している。

 獣人たちは体内魔力循環も意識をしていない。でも魔力が動いて体が動く。
 つまり筋肉を一切使っていないのだ。
 だからユアは筋肉痛もないし、筋肉がつかないんだ。

 獣人の方たちは、魔力で筋肉そのものを模して関節を動かしているのだ。
 魔力による筋肉模倣。これが本当の体内魔力循環なんだ。

 うわーっ! 今すぐやってみたい! 
 でも筋肉痛が治るまでは出来ないっ。誰かに動かされても痛いんだから。
 くやしい!

 叫びたい衝動にかられたが何とか我慢した。叫んだら腹が絶対痛い。

「ユア、ありがとうっ。 お前はとてもいい教師だよっ」
「わあ! ハル坊ちゃまに褒められた~! うれしいですぅ~」

 ユアがぴょこぴょこ跳ねている。いや、部屋で跳ねるのはやめてほしい。ホコリたつよ。
 とりあえず話題を変えよう。

「今日はカシルが報告会でいないけどこの間ユアも行ってたよね。報告会って、どんな感じなの?」
「えーと、侯爵家の皆様の近況報告があって、それから農作物の収穫の変化とか、それでどんなお野菜が安くなる教えてもらったり、町のお店のセールの日教えてもらったり、新しいレシピとか、外国からの新商品とか、あとは、宝石とか高級品のレートとか、ですかね」

 なるほど、メイドの連絡は基本井戸端会議的なものなんだ。メイドは執事と違って人材に流動性が結構ある。人出が足りないと別の屋敷に短期派遣もあるから、侯爵家の現状や必要な商品の情報を知っておかないといけないんだ。まあ、ユアはこの屋敷のたった一人のメイドだから、よっぽどのことがない限り他の屋敷に応援にはいかないけれど。
 カシルは金銭含め屋敷の経営状況も報告しないといけないから長いんだろう。いつも帰ってくるのは日暮れだから。

「ユアのような獣人のメイドさんって他にいるの?」
「何人かいますよっ。さすがにメイド長やってるのは私くらいですけど、みんな力持ちだし、屋敷を維持するのに獣人も重宝されてますよっ。力強すぎて高い花瓶とか割らないように、って小言よく言われちゃいますけどねっ」

 獣人も今は市民権を得ていて、王都では普通に混じって暮らしている。100年ほど前まではこの国では奴隷扱いに近かったからメイド長はユアしかいないようだけど。そう考えたらユアは社会的障壁の垣根を越えて仕事をしているわけで。この国の獣人の方々にとっては差別解消のアイコン的存在だろう。
 でも隣国に獣人の国ファーレンファイトがあるから、僕が死んだあとそっちでのんびり暮らしてくれてもいいなと思う。

「あ、そうだ、その時おいしいリゾットのレシピ教えてもらったんです」
「ほんと? なら晩御飯それにしてよっ」
「リゾットならハル坊ちゃまも食べやすいですよねっ。ほか、何かご希望あります?」
「じゃあ、ミネストローネ」
「了解しました! 昨日たくさんお野菜買い込みましたからっ。具だくさんミネストローネつくっちゃいます!」
「おいしそうだね、早く食べたいなぁ」

 そんな何でもない会話を繰り返し、僕とユアのおだやかな午後は過ぎていった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい

だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___ 1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。 ※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!

優しい庭師の見る夢は

エウラ
BL
植物好きの青年が不治の病を得て若くして亡くなり、気付けば異世界に転生していた。 かつて管理者が住んでいた森の奥の小さなロッジで15歳くらいの体で目覚めた樹希(いつき)は、前世の知識と森の精霊達の協力で森の木々や花の世話をしながら一人暮らしを満喫していくのだが・・・。 ※主人公総受けではありません。 精霊達は単なる家族・友人・保護者的な位置づけです。お互いがそういう認識です。 基本的にほのぼのした話になると思います。 息抜きです。不定期更新。 ※タグには入れてませんが、女性もいます。 魔法や魔法薬で同性同士でも子供が出来るというふんわり設定。 ※10万字いっても終わらないので、一応、長編に切り替えます。 お付き合い下さいませ。

処理中です...