53 / 83
10章 腐りたくはないものです
7.
しおりを挟む
カシルは騎士だけど、こうして細かい数もきちんと計算していて脳筋とは縁遠い。
ユアは絶対無理そうだな、と数字まみれの帳簿を見てちょっと笑えた。そしてじっと見ていると、収入の欄に本家からいただく資金以外の項目があることに気付いた。
「あれ? これはなに?」
指で示せないから「収入のところの欄」と説明をする。そこには、「ミュージックサロン ラ・フォル・ジュルネより」「パティスリー ダルロンより」とある。
「その二つはそれぞれお店の名前にございます。ラ・フォル・ジュルネは音楽家の集まるカフェ兼バーです。小さなホールも用意されていますので演奏会なども行われております。ダルロンはスイーツ店でございます」
いや、名前から想像は出来ていたけれど、でもなんで?
「どうしてその二つから収入があるの?」
「開店資金の援助をいたしました。売り上げの0.5割を毎月いただく契約でしたので、その金額がこちらとなります」
って、その金額が本家からの資金より多いんだけど?
レジクシレアの金の単位はフィル。本家からの金額は毎月100万フィル。前世の感覚で100万円、と思えばちょうどいい。それにはカシルやユアの給料も含まれている。二人とも住み込みだからそこまで経費はかからないとはいえ、あまりにも少ない。冷遇されているのがまるわかりだ。最低200万フィルくらいは必要だろう。
だが二つの店からは計150万フィル。どういうこと?
「この店はどちらも2年ほど前に開店しました。最初は1フィルも入ってこなかったのですが、知名度が上がり人気が出てきたので現在この金額となっております」
「先行投資したの? カシルすごい!」
「今後の生活を見据えて、資金繰りを検討していましたときに開店の話を聞きまして、お手伝いさせてほしいと申し込みました」
「……でも、これ以上稼いだら本家からの振り込みがなくなっちゃいそう。父様あくどいし」
「いえ、本家に見せる帳簿は別に用意しております。本日午後からの定例報告会にもそちらを持っていきます」
「二重帳簿ってこと?」
「悪いことをしているわけではございません。こちらの援助金についてはハルトライア様名義の会社が行っている新規出店支援事業でございますので本家に報告する義務はございません」
「僕そんなの作った覚えがないんだけど」
「申し訳ございません。私がお名前をお借りしました。これからハルトライア様が大きく成長されるにつれて、先立つものはより多く必要でございます。出来る限りのことをしたいと思った次第ですのでお許しいただけないでしょうか」
許すも許さないもそうしなければ生活の目処が立たないのだから承認一択なわけで。
「僕の名前なんていくらでも使ってよ。でもそれってようするに、本家から金がもらえないから、っていうのが原因だよね?」
「有り体に言うならば、そうでございます」
「本家って実は金がないの?」
「無いのではなく浪費が激しい、と言うのが正解かと」
「で、本家で使う分以外の資金がないと」
「私どもの屋敷だけでなく、ほか避暑地などの別荘や領地の屋敷なども資金繰りに頭を抱えているようでございます」
それを聞いて、我が屋敷にたった二人しか使用人がいないのは僕が冷遇されているだけではないのでは? という考えに行き着いた。雇いたくても雇えないのだ。資金がないから。他の屋敷もそうなのかも。さすがに領地の屋敷は広大だろうから庭師や見張り番も雇っているだろうけれど。
でも貴族なら自身の領内の民たちに金を巡らせるために、使用人を多く雇い入れ、町に資金を投入して様々な事業を行うのが当たり前だ。そのために民から税を集めているのだから。
「父様は、ノブレス・オブリージュを忘れてしまわれたのかな?」
生まれただけで貴族と言う社会的地位を与えられ、財力も権力も勝手のそれに付随しているとても恵まれた立場なのだ。それに見合うだけの社会的義務を果たすことは必要であり、果たせないのならばその地位を出来る人間に明け渡すべきだ。
甘い汁だけ吸って責務を放置しているなんて、そりゃ9歳児に狸おやじと言われるわけだ。
「ハルトライア様がご当主になられれば、私ども使用人も領地の民も皆、どんなに幸せでしょう」
誰に言うでもなく呟かれた言葉。そこには長年悪徳貴族に仕えている使用人としての苦労がにじみ出ていた。
しかし買いかぶりすぎだ。僕はそんな賢くないし領地経営も無理だろう。だけど僕がするなら経営や資金管理のうまい人間に任せる。いわゆる参謀的なものだ。国でいえば宰相。現在の宰相はイズベラルド侯爵だから、我が父じゃないだけマシだと願いたい。
『貴族としての社会的義務』を全うできるなんて思っていない。僕なんて侯爵の子どもと言う理由だけで大人のカシルやユアにかしずいてもらい世話を受け生きている人間なのだ。
そして僕が生きてカシルの傍にいる時間は長くて7年。
侯爵という地位の責任を果たすこともなく、僕は殺される定め。
魔王となればそれこそ周りに害をまき散らすのだ。
ならばせめて、人間として生きられる間だけでも何かできることはしたい。
僕の死が魔王となる瞬間であるなら、人としての最後はせめて、静かにひっそりと終わりたい。
腐臭をまき散らして魔王化することだけはしたくない。
カシルとユアが僕に仕えていたことを、後悔しないように。
「カシル、また教えて。僕もっと勉強したい。貴族としてどうしたらいいか、無知な僕に教えてほしい」
「ハルトライア様は無知ではございません。ノブレス・オブリージュをご存じなのですから。ですが、私の出来る限りお手伝いいたします」
僕に深く頭を下げると帳簿を閉じ僕に机に戻る。
机の上のしおれたスミレが僕には輝いて見えた。
腐るのではなく、あんな風に枯れ落ちて死ねたら、どんなに最高だろう。
カシルは持ってきていた書類をすべて片付け懐中時計を出し時刻を確認した。そして
「そろそろ昼食時間にございます。準備してまいりますね」
と静かに部屋を出ていった。
ユアは絶対無理そうだな、と数字まみれの帳簿を見てちょっと笑えた。そしてじっと見ていると、収入の欄に本家からいただく資金以外の項目があることに気付いた。
「あれ? これはなに?」
指で示せないから「収入のところの欄」と説明をする。そこには、「ミュージックサロン ラ・フォル・ジュルネより」「パティスリー ダルロンより」とある。
「その二つはそれぞれお店の名前にございます。ラ・フォル・ジュルネは音楽家の集まるカフェ兼バーです。小さなホールも用意されていますので演奏会なども行われております。ダルロンはスイーツ店でございます」
いや、名前から想像は出来ていたけれど、でもなんで?
「どうしてその二つから収入があるの?」
「開店資金の援助をいたしました。売り上げの0.5割を毎月いただく契約でしたので、その金額がこちらとなります」
って、その金額が本家からの資金より多いんだけど?
レジクシレアの金の単位はフィル。本家からの金額は毎月100万フィル。前世の感覚で100万円、と思えばちょうどいい。それにはカシルやユアの給料も含まれている。二人とも住み込みだからそこまで経費はかからないとはいえ、あまりにも少ない。冷遇されているのがまるわかりだ。最低200万フィルくらいは必要だろう。
だが二つの店からは計150万フィル。どういうこと?
「この店はどちらも2年ほど前に開店しました。最初は1フィルも入ってこなかったのですが、知名度が上がり人気が出てきたので現在この金額となっております」
「先行投資したの? カシルすごい!」
「今後の生活を見据えて、資金繰りを検討していましたときに開店の話を聞きまして、お手伝いさせてほしいと申し込みました」
「……でも、これ以上稼いだら本家からの振り込みがなくなっちゃいそう。父様あくどいし」
「いえ、本家に見せる帳簿は別に用意しております。本日午後からの定例報告会にもそちらを持っていきます」
「二重帳簿ってこと?」
「悪いことをしているわけではございません。こちらの援助金についてはハルトライア様名義の会社が行っている新規出店支援事業でございますので本家に報告する義務はございません」
「僕そんなの作った覚えがないんだけど」
「申し訳ございません。私がお名前をお借りしました。これからハルトライア様が大きく成長されるにつれて、先立つものはより多く必要でございます。出来る限りのことをしたいと思った次第ですのでお許しいただけないでしょうか」
許すも許さないもそうしなければ生活の目処が立たないのだから承認一択なわけで。
「僕の名前なんていくらでも使ってよ。でもそれってようするに、本家から金がもらえないから、っていうのが原因だよね?」
「有り体に言うならば、そうでございます」
「本家って実は金がないの?」
「無いのではなく浪費が激しい、と言うのが正解かと」
「で、本家で使う分以外の資金がないと」
「私どもの屋敷だけでなく、ほか避暑地などの別荘や領地の屋敷なども資金繰りに頭を抱えているようでございます」
それを聞いて、我が屋敷にたった二人しか使用人がいないのは僕が冷遇されているだけではないのでは? という考えに行き着いた。雇いたくても雇えないのだ。資金がないから。他の屋敷もそうなのかも。さすがに領地の屋敷は広大だろうから庭師や見張り番も雇っているだろうけれど。
でも貴族なら自身の領内の民たちに金を巡らせるために、使用人を多く雇い入れ、町に資金を投入して様々な事業を行うのが当たり前だ。そのために民から税を集めているのだから。
「父様は、ノブレス・オブリージュを忘れてしまわれたのかな?」
生まれただけで貴族と言う社会的地位を与えられ、財力も権力も勝手のそれに付随しているとても恵まれた立場なのだ。それに見合うだけの社会的義務を果たすことは必要であり、果たせないのならばその地位を出来る人間に明け渡すべきだ。
甘い汁だけ吸って責務を放置しているなんて、そりゃ9歳児に狸おやじと言われるわけだ。
「ハルトライア様がご当主になられれば、私ども使用人も領地の民も皆、どんなに幸せでしょう」
誰に言うでもなく呟かれた言葉。そこには長年悪徳貴族に仕えている使用人としての苦労がにじみ出ていた。
しかし買いかぶりすぎだ。僕はそんな賢くないし領地経営も無理だろう。だけど僕がするなら経営や資金管理のうまい人間に任せる。いわゆる参謀的なものだ。国でいえば宰相。現在の宰相はイズベラルド侯爵だから、我が父じゃないだけマシだと願いたい。
『貴族としての社会的義務』を全うできるなんて思っていない。僕なんて侯爵の子どもと言う理由だけで大人のカシルやユアにかしずいてもらい世話を受け生きている人間なのだ。
そして僕が生きてカシルの傍にいる時間は長くて7年。
侯爵という地位の責任を果たすこともなく、僕は殺される定め。
魔王となればそれこそ周りに害をまき散らすのだ。
ならばせめて、人間として生きられる間だけでも何かできることはしたい。
僕の死が魔王となる瞬間であるなら、人としての最後はせめて、静かにひっそりと終わりたい。
腐臭をまき散らして魔王化することだけはしたくない。
カシルとユアが僕に仕えていたことを、後悔しないように。
「カシル、また教えて。僕もっと勉強したい。貴族としてどうしたらいいか、無知な僕に教えてほしい」
「ハルトライア様は無知ではございません。ノブレス・オブリージュをご存じなのですから。ですが、私の出来る限りお手伝いいたします」
僕に深く頭を下げると帳簿を閉じ僕に机に戻る。
机の上のしおれたスミレが僕には輝いて見えた。
腐るのではなく、あんな風に枯れ落ちて死ねたら、どんなに最高だろう。
カシルは持ってきていた書類をすべて片付け懐中時計を出し時刻を確認した。そして
「そろそろ昼食時間にございます。準備してまいりますね」
と静かに部屋を出ていった。
55
お気に入りに追加
336
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい
だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___
1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。
※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!
異世界転生して病んじゃったコの話
るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。
これからどうしよう…
あれ、僕嫌われてる…?
あ、れ…?
もう、わかんないや。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
異世界転生して、病んじゃったコの話
嫌われ→総愛され
性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる