【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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10章 腐りたくはないものです

6.

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「ひっ! っいっ!!」

 翌朝、僕の目覚めた第一声がこれだった。
「ハルトライア様? どうされましたか!?」
 僕を起こしに来たカシルが悲鳴に顔色を変えた。
 
「く、……っ。いったっいっ」

 その言葉にカシルは僕の苦しみの原因にすぐ気づいた。
「ハルトライア様、本日は起き上がらない方がよいかと思います。お食事をお持ちしますので、少々お待ちくださいませ」

 ユアに連絡するためカシルが素早く部屋を出ていく。その姿を視線では追えるが首も痛くて動かせない。
 昨日の訓練で僕の体は大打撃を受けていた。全身隅々まで筋肉痛でベッドから起きることもままならないのだ。
 これはひどい。目覚めた時に戻ったみたいだ。でもあの時は動かなくても痛みはなかった。今日は痛すぎて動けないんだ。

 ぴりぴりするまではやってもいい、と思っていたのがまず間違いだった。
 ユアは大丈夫でも僕はすでに十分すぎるほど筋肉にダメージを受けてしまったのだ。
 体中が熱を持っている感じだ。そういえば夕方お風呂に入るころからずーっと体がホカホカしてたような。
 そのころから筋肉が痛んで熱を発していたんだろう。

 騎士が体内魔力循環による筋力増強を禁止されて理由もきっとこれだ。筋力を無理に動かすダメージが筋肉痛レベルならいいが、筋繊維断絶やじん帯裂傷まで達する可能性があまりに高いのだろう。もしかしたら戦闘中過剰な筋力によって骨まで折れてしまうことだってあったのかもしれない。
 しかし自分ではピリピリするくらいにしか感じない。もし足に筋力増強をかけてバチっとアキレス健が切れてしまったらと想像すると恐ろしくて仕方ない。全身痛いが筋肉痛で済んでよかった。

「ハル坊ちゃまぁっ! 大丈夫ですか!?」

 扉を勢いよく開けて飛び込んできたユア。なんか泣きそうだ。耳も尻尾も下がって元気がない。
「大丈夫じゃないけど大丈夫だよ、ありがとう、ユア」
「ううう、ごめんなさいぃぃぃぃ。私が教えるのが下手なせいでっ」
 やっぱり泣いた。
「違うよユア、お前のせいじゃないよ。僕の筋力がないだけ。お前はちゃんと教えてくれたし、おかげで筋力増強を使えるようになった。その結果の筋肉痛だから謝らないで」
「うううっ、ハル坊ちゃまぁ~っ」

 しがみつかれて「うっ」っと声が出てしまった。ちょっとでも動かすと痛いんだ。今日は本当にベッドから出られなそうだ。
「ユア、ハルトライア様が苦しんでおられます。離れてください」
「ごめんなさいぃぃぃっ」
 またも謝ったユア。大丈夫だからと声をかけ、ご飯にすることにした。

 だが食事するために自分で起き上がることもできない。痛い痛いと顔をしかめながらも何とか体を起こしてもらってクッションを丸めたものに寄りかかる。指もカシルの手をにぎにぎしたあれで激痛が走る。スプーンすら握れない。
 おかげでカシルに一口ずつ食べさせてもらった。
 カシルはかいがいしく僕の口に合うサイズに小さくパンをちぎってくれるし、ユアはサラダを千切りくらいに作り直してくれるし、とにかく至れり尽くせりだった。
 好きな人にあーんしてもらうのは幸せではあるが、どうしても恥ずかしさが先に来る。
 明日は痛みもここまでひどくないだろうから、絶対自分で食べよう。

 それから僕は本当にずっとベッドの住人だった。
 体がホカホカしているから羽毛布団はやめて薄いシーツ一枚で静かに横になっている。
 秋だけど寒くないなんて変な感じだ。

 でもカシルが心配して何度も扉を開けて様子をうかがうから
「ここで仕事しなよ。僕の机使っていいし」と声をかけた。
 それからカシルは書類の束をもってきてずっと僕の机で何やらやっている。もう1時間を超えて集中していた。

 そんなカシルの目の前には、コップに入った花たちがいる。最初にもらったスミレはもう枯れ始めている。カシルが「片付けましょう」と言ったがそのままにしてもらった。
「生けるのも僕なら片付けするのも僕がいい」
 そう言うとカシルは少しはにかんで頭を下げた。
 そんなわけで、今日動けなくて片付けられないからそのまま置いている。あと今日の花もいらないと伝えた。自分で生けられないからね。この筋肉痛が憎い。

 花を見つめていると、カシルがふと僕の顔に視線を向けた。キリがいいところまで仕事がはかどったのだろう。
 僕はこれ幸いとカシルに声をかける。

「ねぇカシル、カシルはこの屋敷の管理、全部やってくれているんでしょ? 資金繰りとか何もかも含めて」
「はい。執事の仕事でございますので」

「教えてほしいんだ。僕も屋敷の管理、手伝いたい」
「ですがこれは」
「だって、カシルは僕を手伝ってくれるのでしょ? なら僕だってカシル手伝ってもいいんじゃないかな? それに大きくなったら僕が屋敷を管理することになるんだし、事前に勉強したっていいと思うんだ。体は満足に動かなくても、頭は使えるから」

 カシルは少しばかり困ったような顔をした後、微笑んだ。緑の瞳の奥まで、優しい。
 もうほんと好きだって僕の恋心が叫ぶ。言えないけど。

「ハルトライア様は、どんな時でも勤勉でいらっしゃるのですね。体調のすぐれない今日くらいごゆっくりされてもよろしいのに。本当に頭が下がります」
「あ、忙しかったらいいよ。邪魔はしないからっ」
「いえ、忙しいわけではございません。ではハルトライア様、こちらをどうぞご覧ください」
 カシルはイスから立ち上がり、僕の傍まで来ると、手に持っている書類を見えるように広げてくれた。

「こちらは、この屋敷の資金の流れを記した帳簿となります。このあたりが実際に使用した金額、使用目的も記載しております。そうしてこちらが収入でございます。収入も金額だけでなくどこから入ってきたものかも記載しております。齟齬があれば金額が違ってきますので、明細書などを残し帳簿と見比べるなどして毎月確認しております」
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