上 下
49 / 83
10章 腐りたくはないものです

3.

しおりを挟む
「殿下は浄化祭でその聖剣をご披露なさるとガロディア辺境伯からお聞きいたしました。コンラートも弓を披露されると。二人のご活躍、陰ながら応援致しております」
 ぺこりと頭を下げると
「えっ? ハルトライア浄化祭来ねぇのかよ?」
 コンラートに驚いた声を出された。
「僕は体が弱いのであまり出歩くことはありません。人混みも苦手でして」
 またいつかみたいに瘴気まみれの人間に激突されたらそれこそ一巻の終わりだ。

 申し訳ないと眉を下げた僕にコンラートは少し狼狽えた顔を見せた。
「あ、……ごめん。殿下から少しだけど話聞いたよ、2年も寝たきりだったって。でもちょっとずつ元気になってるっていうのも。じゃぁ、来年はオレらと一緒に行こうぜっ。きっとその時には歩くだけじゃなく走ることだってできるようになってるよっ」
 でも最後は無邪気な声で応援してくれた。

 来年まで僕が魔王にならずに生きていれば、そんなこともできるかもしれないね、と静かに心で思った。

「ありがとうございます、コンラート」
 感謝を述べると、手を差し出された。9歳児にしては大きな手。彼も辺境伯のように大人になる頃には巨体になると想像できた。
 僕も手を差し出したら、中々の握力で握られた。
 少し痛かったのが顔に出たらしい。殿下が気付き
「コンラートっ! お前の手はりんごを握りつぶせるだろう! ハルトライアの手をそんなに強く握るなっ!」
 と怒鳴る。

「あ、ごめんっ、痛かった?」
 パッと手を広げて僕の手を開放した。
「いえ。大丈夫ですよ」
「これから友人としてよろしくなっ、ハルトライアっ」
 そのニカッと笑う顔は、辺境伯とよく似ていた。
 この世界で僕に初めての友ができた。後に零と親友になるコンラートなのに僕が先駆けてしまってごめん、と心で謝った。でも初の友人が嬉しくて自然と僕の顔は綻んだ。

「はいっ、こちらこそ」 

 何故かコンラートはブンブン勢いよく首を縦に振り、すぐ空を仰ぎ見た。

「うッ……っ、天使がまぶ……」
 なにか言いかけていたが、コンラートが僕の手を放したことで、殿下が彼を押し退け僕の前に進み出た。そしてすかさず僕の手を握る。
「ほんとに大事無いか?」と心配の顔。優しい方だ。
「ご心配いただきありがとうございます。大丈夫です」
 感謝を伝えると握った手を今度は両手で包み込み優しく撫ででくれた。そうして真剣な表情を作った殿下。

「ハルトライア、浄化祭、お前の応援を胸に私は頑張るよ。それからあの時言ったこと、忘れないでくれ」

 真摯な殿下の言葉が胸に痛い。
 僕を救うために殿下は王太子になると言ってくれた。でも僕はそれにイエスとは絶対言えない。僕は殿下に殺されなければならないのだから。
 ゆるく首を振った。

「殿下の聖剣は、この国をそして民を守るためにあるのですよ。僕のためではございません」
「……ハルトライアっ。私はっ、お前を救いたいのだっ」
「はい、殿下はすべての国民を救うお方です」
「……っ、お前というやつはっ、本当にどこまでもっ」

 悔し気な表情で顔をそむけた殿下。そんな殿下の頭にガロディア辺境伯の手が乗った。

「天使はみんなの天使ですからな、独り占めは出来ませんよ殿下。 さて、帰りますかな?」

 殿下の髪をぐしゃぐしゃぐしゃとかき混ぜられるものなど、そうそうないだろうに。しかし殿下も辺境伯に子ども扱いされることに全然抵抗はないようだ。
 コンラートだけでなくガロディア辺境伯とも気の置けない間柄なのだろう。
 殿下の周りにこのような頼りがいのある大人と同年代の友人がいることに僕はとても嬉しくなった。

 ゼロエンでは殿下は母が異国出身であったせいで貴族があまり近寄らなかった。だから性格は良いのに一匹狼状態だった。零が初めての友達、っていう感じだったから。
 僕も殿下と過ごすなら、婚約者としてでなく友人としてだったら嬉しいのに。でもそれを殿下に言うと、もっと怒ってしまうだろう。殿下はどうして僕なんかが好きなのか、いつ好かれたのかもよくわからないし。本当に困ったものだ。


「本日お会いできたこと、とても嬉しく思います。そして屋敷まで送ってくださったこと、本当にありがとうございました。皆様どうぞお気をつけてお帰り下さい」

 車いす上ではあったが、一応貴族らしくきちんと挨拶をして、僕は3人を見送った。
 彼らの姿が見えなくなってから、カシルが僕の車いすを押し始める。ユアはタイリートを厩舎に連れ帰ってくれた。

「ガロディア辺境伯、初めてお会いしたけど、すごく素敵な方だったね。年齢は僕の父より少し若いくらいだと思うのに、人間出来てるっていうか、貴族らしくないっていうか、とにかく素敵だった」

「そうでございますね。第3騎士団はあの方がまとめてらっしゃるせいもあるのか、過ごしやすいと聞いたことがあります。人徳でございましょう。少々荒っぽいところはあれど、とても面倒見の良い方ですね。殿下ものびのびとしてらっしゃいました」

 なのに僕の父ときたら、狸おやじとか言われたし本当に悪徳貴族なのだろう。
 辺境伯の言葉を借りるなら、僕の父は正に腐っている、神殿と同じように。
 だからガロディア辺境伯は僕が3人でこの屋敷に住んでいることに笑顔になったのだろう。
 これから行われる会議は、魑魅魍魎の化かし合いだろうな。辺境伯は耳栓して寝れたらいいのにと思っていそうだ。

 そんなことを考えていると、カシルが心配そうな声を出した。
「ハルトライア様、お体、辛くはございませんか?」
 沈黙を体調不良、と取ったのだろう。
 でも、実ははっきりって結構つらい。朝からリハビリをやりすぎたし、それからタイリートに二人乗りでバランスをとるために体幹を使い過ぎたと思う。
「……ちょっと、しんどいかも」
 今の気持ちを素直に伝えた。するとカシルは困ったようにでも嬉しそうに笑う。
「ハルトライア様、これからも我慢せずに伝えてくださいませ。お願いいたします」

 カシルは心配性だから、僕がしんどいとかつらいとか言うともっと心配すると思っていたけれど、本当は逆なのかもしれない。
「先にご入浴されてはいかがですか? そのあとマッサージして疲れた筋肉をほぐすとよいと思います」
「そうだね、ユアが戻ってきたら頼むよ」
「私がご入浴お手伝いいたします」
「あ、いいよ。カシルは剣の手入れとかいろいろあるよね」

 ユアに裸見られるのはもう慣れたものだ、お母さんみたいだし。でもどうしてもカシルはだめなんだ。僕の心の平穏のために申し出を断ったらカシルはとてもがっくりした顔になってしまった。

「……ダメ、でございますか?」
「ユアがすねちゃうから、ごめんね」

 僕は自分のせいなのに、ちゃっかりユアのせいにした。
 でもカシルは「かしこまりました」と小さく了承の返事をしてくれた。残念そうな顔のままではあったのだけど。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

優しい庭師の見る夢は

エウラ
BL
植物好きの青年が不治の病を得て若くして亡くなり、気付けば異世界に転生していた。 かつて管理者が住んでいた森の奥の小さなロッジで15歳くらいの体で目覚めた樹希(いつき)は、前世の知識と森の精霊達の協力で森の木々や花の世話をしながら一人暮らしを満喫していくのだが・・・。 ※主人公総受けではありません。 精霊達は単なる家族・友人・保護者的な位置づけです。お互いがそういう認識です。 基本的にほのぼのした話になると思います。 息抜きです。不定期更新。 ※タグには入れてませんが、女性もいます。 魔法や魔法薬で同性同士でも子供が出来るというふんわり設定。 ※10万字いっても終わらないので、一応、長編に切り替えます。 お付き合い下さいませ。

異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい

だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___ 1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。 ※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!

処理中です...