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9章 守るために捨てるものもあります
1.
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食後、僕はカシルと共にタイリートで森へ出かけることにした。
食事中にユアから聞いた体内魔力の説明は、魔力を体中の筋肉に巡らせることで、筋力を通常より上げる方法というものだった。
つまり、筋力に特化したバフってことだ。これを使えばもっと早くひとりでタイリートに乗れるかもしれない。
すぐにでもやりたかったが、ユアは午後から本家で月一のメイド長報告会があり、出かけるため明日に持ち越しになった。我が家のメイドはユア一人だがそれでもこの屋敷のメイド長だから。カシルも執事の報告会が月一あり、本家に行く日がある。そう思えば、僕は一度も本家の屋敷に足を踏み入れたことがない。使用人の二人は月に一回必ずあるというのに。
でも行きたいなど思わない。それに僕の父親の趣味だから、屋敷は成金仕様じゃないかな? 金銀装飾過多でまぶしそうだ。ゼロエンにリフシャル家の描写があったろうか? 覚えてない。
このまま永久に足を踏み入れなくても問題ないし、もう今すぐ父とさよならできたらいいのに、とちょっと思った。
「ハルトライア様、本当に森へ行くのですか?」
すでに厩舎にやってきて、出かけると察したタイリートがヒンヒンと嬉し鳴きをしている状況で、カシルに再度意思確認された。
僕の中で最優先事項がタイリートに一人で乗る、ということなんだ。だから毎日やらなきゃ気が済まない。
「お前は朝のうちに愛馬のエリーに乗って出かけたけど、僕はお留守番だったろう? だから乗る」
カシルの白い愛馬はエリーという。オスだが、そのかわいらしい名前はカシルが名付けた。当時は何にも思わなかったけど、もしかしたら元恋人の名前かもしれないなんて思うとちょっと悔しい。今日はエリーとデートしたわけだし。僕もカシルとデートしたい。
そんな小さな対抗心も心にあったのは事実。ちなみにタイリートはメスだ。
「かしこまりました。ですが本当に無理はしないでいただきたいです。本日のハルトライア様の運動量はこれまでの1日分を超えていると思われます」
お前、僕が一人でトレーニングしてるとこ見えてたの? 確かにだいぶやったけどさ。でもそうしないと、この先不安しかないなんだ。
「わかった。とりあえず行きはお前に抱っこしてもらうから。帰りはいつも通り一人で乗らせて。往復1時間の計画でお願い」
一昨日の僕の筋力では20分が一人乗りの限界だった。今日は25分頑張ろう。
懐にある懐中時計で時間を確認し、「今1時半だから、帰宅は2時半だね」と確認しながら伝える。
「それでは、タイリート、私を乗せていただけますね?」
カシルが鞍をかけながら優しく声を出す。ギロ、と不満げな顔をしたタイリートだが、カシルの肩に緑と紫のスリングがかかっていることで僕も乗ると理解し、フフフンっ、と鼻息荒く了承の返事をしていた。
「どちらに行かれますか?」
「ルタニア川はどうかな? ここから西北西に約20分だし、あの辺りは森も深くないから大型の獣も出ないんじゃないかな?」
本当は森の奥へ罠捜索に行きたかったけれど我慢した。それを言ったら確実に連れて行ってもらえなさそうだから。
僕の提案に安堵したのか「かしこまりました」と返答し、さらっと僕を抱え上げた。
慣れたものと素早くスリングに僕を仕舞うカシル。こんな仕草、慣れてもらっちゃ困るんだけどなぁ。
カシルは僕を抱いたままさっとタイリートにまたがり「よろしくお願いしますね」と手綱をつかむと足で歩みをうながした。
それから20分、何の問題もなくルタニア川に到着した。岸にはススキがたくさん揺れて、そしてところどころに秋らしく彼岸花が咲いている。毒々しいまでに濃い赤色が僕の髪色に似ているな、とちょっと思った。
この辺りは川幅約10メートル。向こう岸はこちら側より約5メートルほど高くなっている。そして左右の岸の高低差があるせいかこの辺りは流れに結構なうねりがある。そのため水深が深い。川幅はたいして大きくないが、馬では深すぎて向こう岸に渡れない。
ルタニア川には2本橋がかかっているが、どちらもここよりもっと下流だ。そしてこの川の源泉は北の魔物がたくさん出る洞窟のある山、リーグアル山だ。また河口には王都の西にある大きな湖、エリアル湖がある。
「いつか、エリアル湖まで行きたいなぁ」
小さく呟けば
「馬でも片道1時間半以上かかりますから、もう少し後になりそうですね」
と上から声がした。でも行ってもいいらしい。うれしい。
エリアル湖は5色に光るとても珍しい湖だ。3時間程度でだんだんと色が変わっていく。日の出頃は白金、午前中は青、正午付近は緑、午後は黄、日の入り付近は赤。そして夜は黒で光らない。ファンタジーの世界らしい湖だ。一度も見たことがないが、ゼロエンではたしか瘴気殲滅の旅でジーク殿下と零がこの湖に現れた巨大な魚の魔物を退治していたと思う。
そしてもちろんこのルタニア川は光ることのないただの川。ちょうど流れが曲がっているところ、あの水深が深いところは美しい青を呈している。水がきれいな証拠だ。
触ると冷たくて気持ちいだろうなぁ。
「カシル、戻る前にもう少し川に近寄りたい。あと、少しだけ水遊びしたい。いいかな?」
「はい、ハルトライア様」
カシルがにっこり笑ってタイリートから降りた。そして僕もそっと降ろしてくれる。僕はカシルの腕にぎゅっとしがみついた。
「水辺まで歩かれますか?」
うんと頷いて、しがみついたままゆっくり歩いていく。平らな屋敷の廊下と違い石だらけなので、さらに歩みが遅くなってしまうがこれも練習だ。
10メートルもない距離を3分くらいかけて歩いてしまった。ほんと先は長いなぁ。
でもたどり着いた水辺にかがみ、手を水に浸すとやはりとっても冷たくて気持ちいい。
食事中にユアから聞いた体内魔力の説明は、魔力を体中の筋肉に巡らせることで、筋力を通常より上げる方法というものだった。
つまり、筋力に特化したバフってことだ。これを使えばもっと早くひとりでタイリートに乗れるかもしれない。
すぐにでもやりたかったが、ユアは午後から本家で月一のメイド長報告会があり、出かけるため明日に持ち越しになった。我が家のメイドはユア一人だがそれでもこの屋敷のメイド長だから。カシルも執事の報告会が月一あり、本家に行く日がある。そう思えば、僕は一度も本家の屋敷に足を踏み入れたことがない。使用人の二人は月に一回必ずあるというのに。
でも行きたいなど思わない。それに僕の父親の趣味だから、屋敷は成金仕様じゃないかな? 金銀装飾過多でまぶしそうだ。ゼロエンにリフシャル家の描写があったろうか? 覚えてない。
このまま永久に足を踏み入れなくても問題ないし、もう今すぐ父とさよならできたらいいのに、とちょっと思った。
「ハルトライア様、本当に森へ行くのですか?」
すでに厩舎にやってきて、出かけると察したタイリートがヒンヒンと嬉し鳴きをしている状況で、カシルに再度意思確認された。
僕の中で最優先事項がタイリートに一人で乗る、ということなんだ。だから毎日やらなきゃ気が済まない。
「お前は朝のうちに愛馬のエリーに乗って出かけたけど、僕はお留守番だったろう? だから乗る」
カシルの白い愛馬はエリーという。オスだが、そのかわいらしい名前はカシルが名付けた。当時は何にも思わなかったけど、もしかしたら元恋人の名前かもしれないなんて思うとちょっと悔しい。今日はエリーとデートしたわけだし。僕もカシルとデートしたい。
そんな小さな対抗心も心にあったのは事実。ちなみにタイリートはメスだ。
「かしこまりました。ですが本当に無理はしないでいただきたいです。本日のハルトライア様の運動量はこれまでの1日分を超えていると思われます」
お前、僕が一人でトレーニングしてるとこ見えてたの? 確かにだいぶやったけどさ。でもそうしないと、この先不安しかないなんだ。
「わかった。とりあえず行きはお前に抱っこしてもらうから。帰りはいつも通り一人で乗らせて。往復1時間の計画でお願い」
一昨日の僕の筋力では20分が一人乗りの限界だった。今日は25分頑張ろう。
懐にある懐中時計で時間を確認し、「今1時半だから、帰宅は2時半だね」と確認しながら伝える。
「それでは、タイリート、私を乗せていただけますね?」
カシルが鞍をかけながら優しく声を出す。ギロ、と不満げな顔をしたタイリートだが、カシルの肩に緑と紫のスリングがかかっていることで僕も乗ると理解し、フフフンっ、と鼻息荒く了承の返事をしていた。
「どちらに行かれますか?」
「ルタニア川はどうかな? ここから西北西に約20分だし、あの辺りは森も深くないから大型の獣も出ないんじゃないかな?」
本当は森の奥へ罠捜索に行きたかったけれど我慢した。それを言ったら確実に連れて行ってもらえなさそうだから。
僕の提案に安堵したのか「かしこまりました」と返答し、さらっと僕を抱え上げた。
慣れたものと素早くスリングに僕を仕舞うカシル。こんな仕草、慣れてもらっちゃ困るんだけどなぁ。
カシルは僕を抱いたままさっとタイリートにまたがり「よろしくお願いしますね」と手綱をつかむと足で歩みをうながした。
それから20分、何の問題もなくルタニア川に到着した。岸にはススキがたくさん揺れて、そしてところどころに秋らしく彼岸花が咲いている。毒々しいまでに濃い赤色が僕の髪色に似ているな、とちょっと思った。
この辺りは川幅約10メートル。向こう岸はこちら側より約5メートルほど高くなっている。そして左右の岸の高低差があるせいかこの辺りは流れに結構なうねりがある。そのため水深が深い。川幅はたいして大きくないが、馬では深すぎて向こう岸に渡れない。
ルタニア川には2本橋がかかっているが、どちらもここよりもっと下流だ。そしてこの川の源泉は北の魔物がたくさん出る洞窟のある山、リーグアル山だ。また河口には王都の西にある大きな湖、エリアル湖がある。
「いつか、エリアル湖まで行きたいなぁ」
小さく呟けば
「馬でも片道1時間半以上かかりますから、もう少し後になりそうですね」
と上から声がした。でも行ってもいいらしい。うれしい。
エリアル湖は5色に光るとても珍しい湖だ。3時間程度でだんだんと色が変わっていく。日の出頃は白金、午前中は青、正午付近は緑、午後は黄、日の入り付近は赤。そして夜は黒で光らない。ファンタジーの世界らしい湖だ。一度も見たことがないが、ゼロエンではたしか瘴気殲滅の旅でジーク殿下と零がこの湖に現れた巨大な魚の魔物を退治していたと思う。
そしてもちろんこのルタニア川は光ることのないただの川。ちょうど流れが曲がっているところ、あの水深が深いところは美しい青を呈している。水がきれいな証拠だ。
触ると冷たくて気持ちいだろうなぁ。
「カシル、戻る前にもう少し川に近寄りたい。あと、少しだけ水遊びしたい。いいかな?」
「はい、ハルトライア様」
カシルがにっこり笑ってタイリートから降りた。そして僕もそっと降ろしてくれる。僕はカシルの腕にぎゅっとしがみついた。
「水辺まで歩かれますか?」
うんと頷いて、しがみついたままゆっくり歩いていく。平らな屋敷の廊下と違い石だらけなので、さらに歩みが遅くなってしまうがこれも練習だ。
10メートルもない距離を3分くらいかけて歩いてしまった。ほんと先は長いなぁ。
でもたどり着いた水辺にかがみ、手を水に浸すとやはりとっても冷たくて気持ちいい。
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