【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

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8章 我慢はみんな大変です

5.

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 立ち上がったファリア先生は、ドアを開けながらユアに話しかけて駆け足で去っていった。手にはしっかり紫玉を持って。
 毎度情報を嵐のようにまき散らしていく方だ。しかも去り際になにやら宿題を出された。
でも魔法研究所という想像もしていなかった未来図を示してくれたことが嬉しい。先生は僕の身を守るため、僕自身が能力を増やせるようにと考えて提案してくれたものだろう。まあ半分は自身の研究願望だろうけれど。

「えっと、先生も帰ったことだし、お昼ご飯にしようか。ユア、昼食用意してくれる? お昼のときに先生が言ってた宿題について教えてね」

「分かりましたハル坊ちゃま。扉も鍵をかけてきますねぇ」
 ユアが部屋から去っていく。

 はぁぁあぁ、と大きなため息が出てしまった。
 いっぱいやらなきゃならないことができた。まず2週間でタイリートに乗る、まだ理解してないがユアに体内魔力の使い方を教えてもらう宿題、罠を探して壊す、魔力量を増やす、研究所に入所するかの検討、経営に関する勉強、もちろん今まで通り体力を回復する訓練もだ。

「とりあえず、先生がくれた情報を整理しながら昼ご飯たべるよ。なんかこれから大変だ」
 頭を抱え、もう一度はぁぁと溜息をついたら
「ハルトライア様、お食事までのお時間、お庭の散策いたしませんか?」
 とカシルから気分転換の申し出。ありがたかった。

「そうだね、連れてってくれる?」
「かしこまりました」
 キイ、と車いすを動かし庭まで行く。今日は快晴だった。さわやかな風が吹いている。
 この小さな庭先でも、たくさん花が咲いている。僕の目の前には、パンジー、百合、日日草がある。カシルとユアが手入れしてくれているのだ。季節でいうと今は秋ごろ。この国は四季がはっきりしなくて日本のように秋らしい秋はないのだけれど、咲く花で何となくわかる。カシルがくれたサルビアもリンドウも夏から秋ころ咲く花だ。
 そして車いすの足元近くにスミレが一つ見えた。カシルから初めてもらった花。

「お花、どれもきれいだね、いつも手入れしてくれてありがとう」
「執事の仕事でございますので」
「でも、僕はうれしいから」
「もったいなきお言葉にございます」

 背後で頭を下げる気配がする。見てないからそんなことしなくていいのに。
 ファリア先生の前ではなんだかんだと饒舌になっているけれど、普段はこうして落ち着いた執事のカシル。僕の前では泣き虫だったりもするから可愛いし、そこまで極端にもの静かって感じしない。
 だけど沈黙の狂騎士ベルセルクと呼ばれていたくらいだから、若いころは本当に寡黙で実直な騎士だったのだろう。
 想像するだけでカッコいい。

「ふふ、カシルに二つ名があったなんて、初めて知ったよ」
「おやめください、もう遠い過去の話です」

 チラと後ろを振り返り言うと、ふいと顔を背けられた。よっぽどその話題が嫌らしい。
 そんな強い騎士だったなら騎士団長にだってなれただろうに。
 沈黙の狂騎士ベルセルクに憧れている者だってたくさんいるはず。
 どうして今、執事などやっているのだろう。

「うん、ごめんね。素敵な二つ名だったからさ。ねぇカシル、今なぜ執事をしているのか聞いてもいい? お前は騎士として勤めたかったのではないの? 怪我等で引退したわけではなさそうだし」
 しかし、返事はいつもと同じだった。
「私は、ハルトライア様にお仕えすることが生きがいでございます。執事でも騎士でもなく、それだけが望みなのです」

「……そうか。ありがとう」
 これ以上聞いても答えてはくれないだろう。
 年老いて若いころの狂騎士ベルセルクのように動けなくなっても、カシルは今もかなり強い。そこらの騎士なんて目じゃない、僕の予想じゃ父もカシルに負けそうだ。
 そんな強い騎士なのに、どうして。

 でも、理由はわからなくても、僕の傍にいてくれるなら。
 その間だけでも、お前は僕のものって思っていいだろうか。

 お前を手放すときは、きっとすぐの未来だ。
 せめてそれまでは……

「カシル、抱っこしてくれる?」

 そっと手を伸ばすと
「はい、ハルトライア様」
 といつもどおり返事をしてさっと僕を縦抱っこで抱えてくれた。

 その時うぞぞぞと背中がうずき、【つる】がぶわと飛び出した。
「ハルトライア様っ」
 慌てて僕をぎゅうと抱きしめる。

 何が起こったのか? どこかに瘴気が? とカシルは鋭い目であたりを見渡した。

 違うよカシル。
 
「瘴気もないし、魔物もいないよ」
 
 緊張でこわばったカシルの体から、すっと力が抜けた。その代わり腕の力はより強くなった。
「ハルトライア様、大丈夫でございますか? 今朝からずっとご無理なされたのではないですか?」
 これもいつも通りの、心配でしょうがないという顔だ。

 ざわ、ざわ、と僕から出た【つる】が、まるでカシルをからめとるかのようにまとわりつく。
 
 ああ、そうか、いたよ。
 僕っていう、魔物がここに。
 
 これは嫉妬でも怒りでもない。
 ただの恋煩いだ。
 お前の傍にいたいと思い過ぎて苦しくてしょうがない。
 そして悲しくてしょうがないんだ。
 やめなきゃいけないのに、叶わないことを何度も願ってしまうから。

「ごめん、ちょっと色々考えすぎて疲れちゃったみたい」
「お部屋に戻りましょうか。少しお休みになって下さい」
 うん、と頷いてカシルの首にしがみつく。
 カシルは片手で僕を支え、片手で車いすを押して室内に戻っていった。

 僕から飛び出した【つる】は、それから昼食が始まる前までしぶとくうぞうぞと動いていた。
 先生のこと欲望に弱いなんて思ったけれど、僕こそ自分の欲を我慢できない人間だ。

 この欲望は、僕をどこまでも魔物にしてしまう。

 だから、
 恋という欲にとらわれて、いつか正気を失ってしまうのならば。
 僕は僕が魔王になる前に、お前を二つ名を背負う正しき騎士に戻せるように。

 さよならの練習を、きちんとしておこう。

 そう胸の奥にもう一つ、為すべきことを刻み付けた。
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