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6章 悔しいのでレベル上げたいです

4.

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 僕らは先ほどの罠について話し合う。
「どう思う? あれ、絶対誰かが仕組んだことだよね」
「ええ、そうでしょう。場所も町から5キロほど。ちょうどよいといえますし」

 魔物化した動物が暴れてがむしゃらに突き進んで、それでも町まで5キロは遠い。フォレストベアのような大型でも進めるか進めないかの瀬戸際だ。
 だからうまくいけば力尽きそうなところで町にあらわれた魔物を仕留めることができる。

「なんのためにしたんだろう?」
「利益を得るためでしょう。例えば魔物を倒し自分の功績を上げる、誰かが魔物を倒し功績が上がれば自分も上がる、魔物を使って誰かを殺させ自分の地位を上げる、などが考えられます」
「最初の2つなら、罠を仕掛けた本人もしくはその知り合いは魔物を倒せるくらいの力を持ってる、ってことだから、騎士団関係者とか王城関係者? 後半だとほぼすべての貴族が当てはまってしまうなぁ」

 僕らは軍や貴族とほとんどかかわりを持っていないから、情報があまりにもなさ過ぎた。


「今日は昼から殿下が来るから、それとなく聞いてみようか」
「そうですね。でもこの罠のことはどうされますか? 正義感の強い殿下のことです。知れば、全部の罠を壊すと息巻いてしまいそうです」
「だよね。言えないなぁ」

 かっぽんかっぽんとタイリートの蹄の音が、木々たちの間に抜ける風と一緒に聞こえる。
 ほんとどうしよう。しばし悩んだが、結局殿下に頼ることにした。

「じゃあ、前半二つの可能性のみ、殿下に聞こう。例えば近く騎士団が派遣されるとか、王族が視察する行事とかがあるかもしれないから」

 そういうイベントがなければ、貴族の抗争や、他国による治安の不安定化、猟奇的な人間の快楽的犯行、になるだろう。
 この中でマシなのは最後の猟奇的な人間の単独行動。政治が絡むとろくなことがない。僕みたいな不幸な人間が生まれ……っ!!

 そこまで考えて、やばいことを思い出した。

 しまったっ、僕は今9歳、殿下も9歳だ。ゼロエンでは僕たち婚約する年なんだ。また矯正力が働いた?
 僕らが婚約するのはあのヒキガエル殿下の瘴気を僕が吸ったことが要因で、そのイベントはもう終わってるはず。
 婚約を拒否してる僕の気持ちを無視して殿下が無理やり推し進めることはないから、僕らが婚約するためには僕が殿下に惚れる的な要因がいる。その為の罠?
 いや、話の流れであれば結論僕が殿下に倒されれば大団円なのだから、僕を魔物化し殿下に殺させるための罠?

 やばい。整理しなければっ。これは絶対僕や殿下の周りにいる誰かが仕組んだに違いない。
 こんなのんびり歩いてる場合じゃないっ、ゼロエンを見返すべきだっ、急いで帰らないとっ。

「カシっうわあ!」

 慌ててカシルに向き直った途端、僕の筋肉の限界が来た。ぐらりと体がゆれてタイリートから落ちていく。恐怖に目をつむった。

「ハルトライア様!」

 カシルが素早く体を動かして僕を受け止めたが、ゴン!と鈍い音。左頬に結構な痛みが来た。

「うっ、いったぁ」

 目を開けると、すっとしてるけど少々しわのある鼻筋が見えた。カシルの鼻だ。ああ横顔もカッコいい。こんな近くで見れるなんて役得だ。と痛みを忘れた瞬間、唇に感触。

「大丈夫ですか? ハルトライア様」とそこが動いた。

 バッと思いきり顔をのけぞらせてしまう。

 え、え? ええ?!
 キ、キ、キスしちゃった?

 一瞬で顔に熱がたまった。恥ずかしすぎてカシルの肩にのけぞった顔を押し付ける。

「ハルトライア様、ご無事でよかったです。でも痛かったでしょう。頬、見せていただけますか?」

 ぶんぶん顔を振る。無理だ、無理だ。見せられない。

 どっどっどっどっどっ

 僕の心臓が早鐘を打つ。

 キス、するなんて、そんな、そんな……
 いや、そうじゃない、あれは唇じゃないっ、カシルの口角らへんだ、絶対!

 そう言い聞かせるも静まらない僕の心臓。

 こんなに密着してるからカシルもきっとこの早い心臓に気づいてる。それなのに平然と言うんだ。

「お疲れでございましょう。このまま帰りましょうか」

 僕の背中を優しくなでて、僕を抱えたままのんびりカシルは歩きだす。

 カシルは僕とのキス真似ごときで心が動いたりしない。恋愛偏差値の差の大きさを感じてしまった。
 
 4歳で思い出した前世の年齢18を足しても、僕はたったの23。しかも前世は多分童貞だ。
 恋バナを学友としたかどうかも覚えてないし、ファンタジーオタクに恋愛経験が多いと思えない。どうせ本からの情報のみで実体験は皆無だろう。
 僕の恋愛偏差値はゼロ以下かも。
 なのに大人のカシルと恋愛しようだなんて、もう最初から間違っていたんだ。
 そんな当たり前のことを今更考えて、それでもやっぱりカシルが好きだとループを続ける感情に終わりは来ない。

 それから屋敷に着くまで約30分、タイリートのかっぽんかっぽんという音と、ざっ、ざっと草をかき分け歩くカシルの足音だけが辺りに響いた。
 でも僕にとっては、自分の心臓の音が何よりうるさかった。


 *****


 屋敷に着いた時はもう11時半も過ぎていた。
 食事前にいったん部屋に戻り、汚れた服をカシルに手伝ってもらって着替えた。そして服を洗濯に持っていくとカシルが部屋を出たのをよしとして、過去の記録を書いたノートをぴっぱり出した。
 久しぶりに見た日本語は懐かしくて涙出そうだ、とはならず、ひらがなだらけで読みにくくて違う意味で涙出そうだった。
 これは書き直した方がいい。絶対に。
 昼食後にはすぐ殿下がやってくる。時間がないからと9歳近辺だけを確認した。
 しかし。

 9さいこんやくする
 でんかかえるになる
 しょうきすってでんかもとにもどる
 おとうとないてたいしゅつ
 はるとらいあよろこぶ


 ……え、これだけ?
 あまりの少なさに呆然とした。思い出す限り書き記した僕のノートだが、めくってもめくっても書いてあるのは二人のエピソードばかり。

 まず16歳にならないとゼロエンの本編は始まらない。
 そして過去の回想シーンなんて、主人公にとって必要なことしか描写されないのが常だ。ゼロエンで悪役の僕の過去なんて、彼らにとって何も重要じゃないんだ。
 僕の9歳の出来事はたった5行で終わる程度のこと。

 本当は、ゼロエンを確認するだけじゃだめで、もっと殿下ふくめ王族や貴族の関係を洗わないといけないのに。
 誰があの罠を仕組んで悪事をなそうとしているか考えないといけないのに。

 なんだかすごく悲しくて、パタンとノートを閉じたら、ぞぞぞと【つる】がゆれ、体から飛び出した。
【つる】はとても素直だ。僕が苦しいと飛び出して喜んでいる。

 こんな体を抱えて、それでも僕はずっと生きてきた。
 未来の記憶まで抱えて生きてきたのに。
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