【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん

文字の大きさ
上 下
26 / 83
6章 悔しいのでレベル上げたいです

2.

しおりを挟む
 通常あの洞窟で魔物化した動物は、ほとんどが洞窟内で命を落とす。狂暴化して殺しあったり、暴れすぎて体力があっという間に限界に来たりと、魔物化した生物の命は基本とても短いのだ。だから前回も1キロ離れて魔物化したブルークロウが20羽もいたことに驚いたのだったが、今回はさらに約5キロも生き延びてここまで魔物が来た。よほど体力のある動物なのだろう。

 カシルは僕を抱いたままタイリートから素早く降りた。そして「できるだけ離れてください、貴方一頭ならば、ここから逃げられます」と綱を離した。しかしタイリートは動かない。わかっているはずなのに。本当に僕の言うことしか聞かない。

「タイリート、お願い。お前がいないと戦った後に僕たち家に帰れないだろう?」
 少しの間離れていてねと撫でた。ようやくタイリートはぶるるるる、と低く鳴いて駆けだした。
 少々ひねくれているが人の言葉の意味を理解する賢い子だ。

「ハルトライア様、しっかり掴まっていて下さい」

 スリングの布を少しきつめにして僕をきれいに包みなおしたカシルの首に両手を回した。ほかに掴まるところがないから。僕の腰に回った左腕がさらに強く締まった。カシルの右手に持つ強化を施した剣が緑に光る。
 その時ザザザザッ!と草をかき進む音が聞こえた。来る!!

「グガアアアアアアアア!」

 叫び声と同時に姿を現したのはフォレストベアだった。最悪の展開だ。森の中でも猛獣で上位にいる動物。体長3メートルはある。
 瞳は魔物の証である見事な紫でグリーンの毛並みのところどころに血が飛び散っている。ここに来るまでに殺した動物の返り血だろう。

 カシルは右に飛ぶ。そのまま走ってベアの後ろに回り込んだ。しかしベアの視線がこちらに来たと同時に鋭い爪で木の幹をつかむとぐるっと反動を利用して反転する。賢い!

「正面から行きますっ!」

 素早い動きのベアから逃げるのは得策でない。一瞬でそう判断したカシルにうなずくと僕は「シールド!」と叫んでベアの足元に大きめのシールドを展開した。

「ウガアッ!」
 それに引っかかり態勢を崩したところをカシルが通り抜けざまに切りかかる。

 ザシュゥッ!!

 下から上への剣撃で右前足が空を飛んだ。背後に走りこんだカシルだがすぐさま目の前の木の幹を蹴りつけてUターン。
 そのままベアの背中に一太刀。ズバッと強烈な袈裟斬りで血が勢いよく噴き出した。

「グアアアアアッ!!! ウウウウウウウウ!」

 呻きながらも振り返ったベアが残った左前足を振り上げる。

「シ-ルド!!」

 ガン!!! と激しい音をたてシールドが足を防いだ。だがビキビキに亀裂が入る。

 ボトンッと背後で右前足の落ちる音がした瞬間、ズンン!!!とシールドごとベアの心臓をカシルの剣が貫いた。僕のひび割れたシールドもそこから崩れていく。

「グ、ウ、ウウウウ、ウウゥッ、ゥゥ……」

 紫の瞳から光が消えた。カシルがズルッと剣を引き抜き背後に飛びのく。支えをなくしたベアの体がドズン、と鈍い音を立て地面に突っ伏した。

「ハルトライア様っ、怪我はございませんか?」

 ほとんど息を乱さずカシルが僕を気遣う。戦闘時間きっと1分もなかった。

 カシルの白髪の混じったきれいな銀髪やメガネ、頬にもたくさん血しぶきが飛んでいる。僕はポケットからハンカチを取り出して、それをぬぐっていく。

「無いよ。カシル、ありがとう」
「ハルトライア様のシールドのおかげです。隙を作ってくださり本当にありがとうございます」

 くしゃと目じりにしわを作って笑った。そんな僕の老騎士があまりにも優しくて強くて、かっこよくて。

「……悔しい」

 僕を抱えた上であの俊敏な動き。あんな大型のベアの腕を切り落とし、かつ心臓を一突きする力強い剣筋を放つ右腕。そして息を切らす様子もない。
 カシル、2年半前より絶対にめちゃくちゃ強くなってる。
 僕は、こんなに弱くなってしまったのに。

「ハルトライア様?」

 僕のかすかなつぶやきは頬をぬぐうハンカチのせいで聞こえなかったようだ。60過ぎて、この頬だって、剣を持つ手だってしわだらけなのにお前は……

「ううん、ありがとうカシル。お前も怪我はない? 僕も早くお前みたいに戦いたいよ」

 沸いた感情に何とか蓋をした。カシルはいつも僕を守ってくれる、そのための努力をやりすぎなくらいやる。自分の年齢なんてまったく気にしていないのだ。

 すごく悔しかった。でもそう思うなら、僕が頑張ればいい。

 ぎゅうと抱きしめられ「ハルトライア様は、もう十分にお強いです」と慰められた。カシルの優しさに泣きそうだ。

 その時、カシルの右腕が目に入った。燕尾服の上腕が破れている。さっきフォレストベアが倒れたときに爪が当たったのだろう。3本の裂け目ができて、血が少しにじんでいる。
「カシル、腕、怪我してる」
「かすり傷ですよ」と笑う。でも僕は怪我一つない。お前に守られているだけ。お前が右腕を怪我したのも、ベアの下から体を引き抜くときに僕を抱えている左側を優先したからだろう。

 ぐっと手を伸ばして新しいハンカチをそこに押し当てた。

「少しでもだめだ。お前が怪我するのは、ダメなんだ」
 たとえ僕を守るためでも、ダメなんだ。お前が怪我するってことは、お前の死が近づくってことだ。そんなの許せない。
「騎士に怪我は付き物ですから。でもありがとうございます」
 にじんだ血が早く止まるようにと傷をじっと見つめたとき、気づいた。
「カシル、その腕……」

 カシルの上腕に見たことのない不思議な模様があった。刺青のように見えるが、この世界には前世であったタトゥーや刺青の文化はない。その代わりあるのは体に施す魔法陣。それは本人にのみ作用する魔法だ。

 例えば力を強くするように、例えば今かかっている病気に負けないように、いろいろな願いを込めて体に魔法陣を刻む。一度刻めば体内から直接魔力を吸い意識しなくても常に発動する。消すまで永久に効果があるが、魔力を常に吸い取られるため願掛け程度の初級魔法陣となる。

 また、まれに結婚した者同士で特殊な魔法陣を刻み合うこともある。それは互いの魔力を感じあえるもので、伴侶に何かあったときすぐわかるのだ。騎士など危険な職業に従事する者に多い。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

悪役令嬢のモブ兄に転生したら、攻略対象から溺愛されてしまいました

藍沢真啓/庚あき
BL
俺──ルシアン・イベリスは学園の卒業パーティで起こった、妹ルシアが我が国の王子で婚約者で友人でもあるジュリアンから断罪される光景を見て思い出す。 (あ、これ乙女ゲームの悪役令嬢断罪シーンだ)と。 ちなみに、普通だったら攻略対象の立ち位置にあるべき筈なのに、予算の関係かモブ兄の俺。 しかし、うちの可愛い妹は、ゲームとは別の展開をして、会場から立ち去るのを追いかけようとしたら、攻略対象の一人で親友のリュカ・チューベローズに引き止められ、そして……。 気づけば、親友にでろっでろに溺愛されてしまったモブ兄の運命は── 異世界転生ラブラブコメディです。 ご都合主義な展開が多いので、苦手な方はお気を付けください。

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

処理中です...