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5章 中二病がうずきました

6.

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「この杖はカルシード公爵夫人のお手製でしょう。魔回路があまりにも細すぎます。あの方の情熱は魔法にしかございません。その他のことはさぼるか、どうしてもさぼれないときは自分のしたいことも一緒に出来るよう知恵を絞ります。この杖は知恵を絞った結果の産物でしょう。なぜなら、この魔回路は魔法陣を書く際に使用する魔法ペンと同じくらいの細さです。あの方はハルトライア様が気付いたモノクルのように、色々なものに自分で考案した陣を描いて魔道具を作ることが趣味です。繊細で緻密に描けば描くほど、陣に多くの機能を付与できます。ペンは持てなくとも杖は持てる、というときに細く描く練習をこっそり行うためにこの杖を使っていたのでしょう」

 なんか説明を聞いてたら、胸の中がモヤモヤしてきた。カシルが先生のことをものすごく饒舌に話すから。彼女のことを良く知っているのだろうけれど、それが何だか腹立たしい。気づかないうちに僕の顔はムスッとしていた。

「……これは使わない方がいい?」

 モヤモヤしているからこの杖にまで腹が立ってきた。なんかもう使いたくない。

「そうとは申しません。ただ、この杖は、先端の丸い部分に何か魔法陣が組み込まれていると考えられます。最悪の場合ほんの少しの魔力を100倍にするなんてのも考えられます。もちろんハルトライア様にお渡しされた杖ですからそのような悪いことは起こらないと思います。ですがどのような効果の出る杖なのか分からないのが難点です。あの方は本当にたちが悪すぎます」

 ふう、と溜息をつくカシルは、本当に僕の執事なのだろうか。どこか知らない人に思えた。
 なんか泣きそう。

「う、ん……そう」

 受け答えがちゃんとできない。カシルはジイと杖をまたみつめて口を開く。

「いつもは聞いていないことまで話すのですから、こういった時こそ懇切丁寧に説明してくださればよろしいものを、初めて持たれるハルトライア様にお渡しするのに何の説明もないなど……昔からそうです。思い立ったら即行動で、行き当たりばったり。結果うまくいったとしても、それはあの人のおかげではなっ!?」

 もう我慢できなかった。ぞわわわわわと【つる】が僕の体から飛び出した。カシルが話している途中だったけど。
 聞きたくないって気持ちの方が上回った。

 驚いたカシルは「魔物ですか?!」とあたりを見渡す。

 しかし次の瞬間。

「このボンクラ執事!!」 

 ユアがカシルに華麗な回し蹴りをくらした。カシルは飛びのいて難を逃れる。しかし追加で左ストレート。バシィッと右手でそれを受け止めた。

「な、なにをなさるのですっ」
「それはこっちのセリフです! あなたは誰の執事なのですか!」
「え、ハルトライア様ですが?」
 とようやく僕の顔を見て、驚きの声を上げた。
 
「ハ、ハルトライア様っ!?」

 僕はもう半泣きだった。
「う、っ」
 滲んだ涙が零れそうになる度に、ざわ、ざわ、とうごめく僕の【つる】。
 昨日と同じ嫉妬でこんなことになるなんて。
 カシルはようやく気付いたようだ。自分がずっと公爵夫人の話ばかりしていたことを。

「も、申し訳ございませんっ、すぐに浄化魔法を」
 と言いかけたカシルに「やめて!」と全力で拒否をした。

「し、しかし」
「もういいっ、ほっといて! カシルは先生のことだけしゃべってればいいよ! 向こう行って!」
「……っ」

 カシルがギュッと拳を握り、うつむいた。まさか僕に浄化を拒否られるとは思わなかったのだろう。僕も売り言葉に買い言葉だったと思う。
 独りよがりの嫉妬だとわかってるが嫌だった。弁解もしてほしくない。昔先生とどんな関係だったのかなんて聞きたくないから。

 ざわざわと【つる】がゆらめく。僕の怒りを感じているからか動きがおどろおどろしい。
 でもふと思った。先生への嫉妬で喉元から胸にかけてすごく苦しいけれど、【つる】が全然苦しくないと。
 なぜだろうかと思案して、ようやく自分が【つる】を全く抑えていなかったことに気付いた。
 これまでは飛び出そうと感じた瞬間から何としてもおさえなきゃと思って必死だった。でも今日は、カシルと先生の関係ばかり意識しイライラして、更に言うと森の中で二人以外いないから【つる】を抑えることまで気が回らなかったのだ。

「ほら、カシルさん向こう行ってください。でないとまた蹴りお見舞いしますよ、次は二段蹴りでいきます」
 ユアが片足を上げ下げして蹴る仕草をする。ちょっと嬉しかった。なんか「おかあさん」って感じする。それにユアは完全に脳筋だ。先生が知ったら「筋肉かあさん」とあだ名つけそう。

 小さく笑っているとざわ、ざわわ、と気味悪く動き続けていた【つる】が、一つ、また一つと僕の体に戻っていった。
 全部戻ったことをぐるぐると体を見渡して確認する。

「……そうだったんだ」

 僕の感情で飛び出した【つる】は僕が抑えたりカシルが浄化魔法をかけたりしなくても、僕の気持ちが落ち着けば引っ込むようだ。しかも全然苦しくない。カシルの浄化魔法は優しくて癒されるけれど、魔力の少ないカシルに頻回に使わせるのは申し訳ないと思っていたから、良い発見だった。

 だが今まで気づかなかったことに落ち込んだ。それはいつもそばにいてくれるカシルが僕を気遣ってくれた証拠だったから。本当に甘えてばかりだったんだ。
「カシル」
「は、はい」
「お前はもう僕に浄化魔法をかけなくていい」
「何故でございますかっ、そんな……もう私は、用無し……でございましょうか」

 今度はカシルが泣きそうな顔をする。黒縁メガネの奥がウルウルだ。やはり年寄りは泣き虫だな。てか飛躍し過ぎだ。そんなこと言ってないし。

「いいから最後まで聞いて。僕の負の感情に反応して飛び出した場合、【つる】は浄化魔法がなくても待っていれば引っ込むことが分かったから、そう言っただけ。瘴気に誘われて飛び出した場合はわからないから検証が必要だけど。とりあえず、僕が泣いたりわめいたりしたときは浄化魔法はいらない」

「私は、……ハルトライア様が泣いておられるときはお手伝いしとうございます」
「じゃあ、ぎゅってしてくれたらいいよ。なら浄化魔法いらないでしょ?」
 ハッとした顔を見せたカシルだったが、
「わあいっ、今すぐ坊ちゃまをぎゅってしますっ」
 とユアに先を越されて、また泣きそうな顔をする。
「私もしとうございます」と小声でつぶやいていた。

 僕の家族は二人とも、とても優しい。
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