上 下
8 / 83
2章 なんとかならなかったです

5.

しおりを挟む
「……着いたようですね」

 カシルが手をつないだまま立ったので、僕も続いて腰を上げた。馬車の扉を開けて先に出るとそっと手を引きエスコートしてくれる。

 降り立つ王城の前には、前回もいた王子のおつきのメイドが立っていた。
「ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」

 彼女の後ろを静かに歩く僕とカシル。やっぱり手をつないでいるから、遠目には祖父と孫。もちろん気にしない、というか手を放したくない。できるだけカシルの浄化魔法をまとっておきたいのが本音。ここはそこかしこに瘴気があふれていて、気を抜くと背中がやばい。

 前回と同じ庭園まで来ると、すでにそこには陛下と殿下がいた。隣にはもちろん父も。

 素早く頭を下げて挨拶を言おうとする僕に「挨拶はいい、こちらへ来い」と声をかけてきた陛下。

 下げた頭を上げてそっと近くまで歩み寄る。てか殿下の黒かたまり、この20日で5倍くらいにデカくなってね? どんだけ瘴気渦巻いてんのココ。

「ご苦労。今日はあちらを使ってほしい」

 陛下の視線が後ろに控えていた神官に向いた。
 白い神官服を着た40歳前後のおじさん神官は手に1メートルほどの長剣を持っていた。

 僕は、それを思わず凝視してしまった。
 そうして心が叫ぶ。

 ……っせっ、っ聖剣キター!!

 あれ、マジ聖剣だろ、第3王子殿下が零と王太子任命の試練である瘴気殲滅の儀に繰り出すときに国王陛下から頂く両刃の聖剣。なんで今なんだよっ。内心超ビビってしまった。だがそこまで顔には出てないはず。
 神官はそれを恭しく陛下に差し出した。陛下はそれを鞘からほんの少し抜く。諸刃が見えたとたん中からキラキラが溢れてきた。すぐに刀身をさやに戻した陛下。

「あれから今日まで神官たちに祈りを捧げさせた。これがあれば払えるのではないかと思う。さやから出すとこのように浄化魔法があふれてくる。お前はこの間のようにこれを持って瘴気の中に入り、剣をジークに渡せ」

 簡単そうに言い、僕に差し出した。いや、簡単だけど下手すりゃ死ぬマジで。
 しかし逆らえるわけない、言われるままにするだけの臣下な僕は「承知いたしました」と答えて受け取った。
 手にズン、と想像以上に重みが来て落としそうになり、慌てて両手を曲げ胸に剣を抱きしめた。

 ああ、これだとカシルの手が握られない。ちらりと背後の彼を見ると、緑の瞳が悔しそうに揺らめくのが分かった。
「カシル、大丈夫。この剣が僕も守ってくれるよ」

 とりあえずそう慰めた。本当は嘘だったが。強すぎる浄化魔法は僕を殺すだろう。僕の魔力魂は瘴気で変質しているのだから。ああ、カシルくらいの浄化魔法が優しくて本当に好きなのになぁ。

 内心溜息を吐きながら、殿下(黒かたまり)に視線を戻す。さて、この場をどう切り抜けよう? 一応対策はしてきたけれど、本物の聖剣とこの膨大な瘴気を相手にうまくいくだろうか。少しばかり逡巡していたら、
「ご無礼お許しください。どうか発言をお許しいただきたく」
 と僕のうしろからカシルの声。思わず振り返る。

「なんだ? 申してみよ」
「ありがとうございます。この綱をハルトライア様に身に着けることをお許し願いたく思います」

 カシルの手に持っているのは、直径約2センチある綱。あれ見たことある。カシルが狩りのとき食肉用として獲物を持って帰るのに使ってる。たしか巨大クモ、アラクネの糸で作ったやつだ。魔力を通す性質を持っている。

「ハルトライア様を守ることがわたくしの使命でございますので、何卒お許しください」
 お前、僕より準備いいだろ。と声が出そうだったが我慢した。

「ああ、好きにすればいい」

 陛下はまた許してくれた。親心だなぁ、なんて思う。たしか第3王子は正妃との間にできた子だ。二人は仲睦まじいと聞くしきっと王子の中でも一番かわいいだろうし、息子にパパは皆に優しい陛下だって思われたいんだろう。なんならパパカッコいい!って褒められたいはず。
 そんな陛下や王妃に愛されてまっすぐ育った第3王子に零が惚れるのは無理ないなぁ、うんうん。と勝手に納得していた間にアラクネの綱は僕の腰やら肩やらに巻きつき終わっていた。

 前世でいうところの幼児の迷子防止用ハーネスってとこだな。いい案だ、帰ったら僕専用に改良しよう。今のままじゃ僕は狩り終わった獲物だから。
 カシルは綱の先を自分の腰にも結びつけていた。僕を引っ張り戻してくれるのだろう。これで少しは安心して王子に対応できそうだ。

「ありがとう、カシル」

 僕は王子らしきものをじっと見つめる。そうして一礼をすると、意を決して一歩踏み出した。ぶわわわっと黒い瘴気の渦が揺れ、あっという間に僕を取り込む。しかし綱を伝ってカシルから流れてくる緑の浄化魔法が体の表面にあるおかげで、つらいけれど歩けるから黒い中を進めた。数歩いけば王子に出会えた。彼はすでにボロボロ泣いていた。せっかく将来クソイケメンになる顔だってのに泣いてるのはもったいないぞ。かわいいけどな。

「再びお会いできましたこと、大変光栄に存じます。ハルトライアでございます。お約束通り浄化魔道具を持ってまいりました。第3王子殿下、どうぞお受け取りいただき、その剣で浄化をお願いいたします」

 さっさと用事を済ませるに限る。必要最低限の言動で剣を差し出した。王子殿下は袖口でグイっと涙を拭きとってコクンとうなずく。

「ハ、ハルト、ライアっ、う、っよく来てくれたっ、この、恩は必ずっ」
「いいえ、臣下として当然です」

 笑顔の裏側の僕は早く逃げ出したかった。とにかくすぐ受け取ってくれ。という気持ちでもう一度剣を殿下にぐいと差し出す。それをしっかりと受け取ったのを確認した僕は腰の綱を引っ張った。だが王子が剣を抜くのとほぼ同時、いや王子のほうが少し早かったと思う。

 綱に引っ張られて宙に浮いた体に剣からあふれだした浄化魔法が降り注いできた。魔石が砕け、そして紫玉までもあっという間に砕け散ってきらきらと宙に吸い込まれ消えていく。
 それは1秒もかからなかったしそのまま襲ってきた光と闇に僕の全身が飲み込まれた。ああ、強すぎる浄化魔法は紫玉も壊すのか。と思ったのを最後に僕の意識は暗転してしまった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい

だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___ 1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。 ※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!

異世界転生して病んじゃったコの話

るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。 これからどうしよう… あれ、僕嫌われてる…? あ、れ…? もう、わかんないや。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 異世界転生して、病んじゃったコの話 嫌われ→総愛され 性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました

十夜 篁
BL
 初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。 そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。 「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!? しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」 ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意! 「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」  まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…? 「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」 「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」 健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!? そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり…。 《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》

処理中です...