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カメを拾った(2)

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 眉間にしわをくっきりと寄せて二重の瞳をしかめる。しかめても色素の薄めの茶色い大きな瞳は大きいまま。虎斑とらふは童顔だ。身長は170センチあるが中学生に間違われることもあるくらいだ。

 イライラがたまり、ガシガシと両手でこれまた瞳と同じ栗色の柔らかいくせ毛をかき回した。ふわふわ頭とよく言われる髪の毛は美容室で似合うと言われて流行りのマッシュヘアになり、さらに可愛さが出てしまう。しかしそんなフワ髪はバイクを乗ったらヘルメットのおかげでペタンコになる。そんなわけでバイクじん虎斑とらふに帽子は必須だ。

 祖父が虎斑とらふに用意してくれた二階のひと部屋には勉強道具だけでなく、いくつもの野球帽やニット帽、キャスケット、さらには麦わら帽子と20は越える帽子が箱入りで詰まれている。ぺたんこ頭を隠すためだ。虎斑とらふはそれに乗じて帽子好きにもなってしまった。まあ、どれも安物ばかりだが。

 一応ブランドのニ〇ーエラのキャップも一つだけ持っている。去年誕生日プレゼントだと父からもらったものだ。だが虎斑とらふは頭が小さいため、風が吹くと吹っ飛んでしまう大人サイズのニュー〇ラより、ジュニアサイズのア〇ィダスキャップが使用頻度は高い。小さいからバイクに乗るときに使う斜め掛けのショルダーバッグで持ち歩くのに便利なのだ。それにニューエ〇は父が家政婦になんでもいいから買ってこいと頼んだやつなのだ。被る義理もない。

「……出かけるか」

 祖父の家でゴロゴロしていてもつまらない。スマホで動画をあさったりするだけで時間はあっという間に過ぎるが、今日はバイクツーリング予定だった。ならば外へ散歩に行こう。今はまだ朝の10時。これから高校卒業するまで1年以上は住むここをまずは徒歩でツーリングだ。と虎斑とらふは思い立ち、横になっていた体を起こした。

 そうして縁側えんがわからつながる玄関への扉を開くと、すぐに見える二階へ続く急な階段を軽快に駆け上がる。自分の部屋の扉のノブを掴み回し開け中へ入るすぐお目当ての箱を見つけ、さっとフタを取った。
 お気に入りのキャスケット。淡いベージュのコットンツイード。あったかいのだ。頭にのせて寝癖を隠し終えると壁のハンガーフックに掛けていたモ〇ベルのブラックフリースジャケットを掴んで白い薄手トレーナーの上に羽織る。
 テーブル代わりにしていた段ボールの上から財布とスマホを手にし、キャスケットに似たベージュ色のセンタープレスストレートパンツの左右ポケットにそれぞれ押し込んでまた階段を駆け下りていく。愛用のナ〇キの黒いスニーカーをつっかけコンコンとつま先を土間に当ててかかとを仕舞いながら、玄関のカギを握りしめる。そして引き戸をフン!と気合を入れて開けた。そう開けろと祖父から教えてもらったのだ。

 ガラガラガラとうるさい音が鳴り響いて扉が動く。建付けが悪い。古い家だからゆがんでいるだろうしレール部が錆びてもいるのだろう。バイク用でよければ潤滑用オイルがあるからあとで吹き付けてやろうかなと思いつつ、またフン! と力を込めて扉をガラガラ締め鍵もかけた。

 家の目の前にはバイクしか通れないだろう細い路地がある。それを少しばかり歩くと、今度は車が一台しか通れない道に出る。確か祖父の話では、ここを東に行けば琵琶湖びわこに出るらしい。
 琵琶湖は昨日電車内から見た程度。近くへ行ってみよう。

 てくてくと歩き始めれば、周りには新しい家に交じって祖父の家と同じような古い家もたくさんある。虎斑とらふのこれまで住んでいたマンションだらけの都会とは景色が全然違う。面白くて辺りをキョロキョロしながら歩いていたら小さな神社。さらには常夜灯じょうやとうと書かれた石でできた2メートルほどの古い灯篭とうろうがあった。田舎にはこんなものもあるのだなぁ。としみじみ思いながら歩き進めると10分ほどで小さな公園に着いた。そしてその向こうが大きく開けている。そこから広がるのは空の青さを映した大きな琵琶湖だ。

 少しばかり興奮して小走りになった虎斑とらふは、公園を突っ切り岸へ駆け寄った。
 砂浜というより大きめの石や砂利、そして木の枝が転がる浜。そして冬のせいか枯れた藻に埋まる湖岸は歩くとところどころで腐葉土のようにふわと優しく虎斑とらふの足を迎えてくれる。

「はー、マジでっかいな」

 海じゃない、というのは知識で分かっている。対岸も見える。それでもデカい、やはり本当に海みたいだ。もちろん海水のにおいはしないが。
 水鳥がたくさん湖面に浮いている。そうしていだ湖面にすう―と細波さざなみを立てて泳いでいる。
 確かバイクツーリングのサイト情報によると琵琶湖一周約200キロあるらしい。バイクや自転車で琵琶湖を一周することをビワイチということもそこで知った。ビワイチするなら一日がかりだろう。でもやってみたい。
 虎斑とらふは面前にひろがる広大なパノラマをしばし堪能した。

 そうしてさらに少しだけ岸を歩いて、小さな浜の波打ち際ギリギリまで近寄って琵琶湖の北を見れば、湖面に何やら古い建物が見えた。湖岸から細い橋で繋がるお堂だ。そういえば昨日の夕飯のとき祖父が近くに有名な寺があると言っていた。琵琶湖に飛び出す寺。名前は忘れたがきっとあれだ。
 さらにその向こうには白い橋。ここ堅田かたたと対岸の守山もりやまをつなぐ琵琶湖大橋びわこおおはしという橋だ。原付なら10円で渡れるとカブ乗りの祖父が笑っていた。ということは虎斑とらふの愛車も原付二種だから10円だ。安くて景色良くて気持ちいいなんて最高じゃないか。絶対渡りたい。


 


 今日はバイクがないのだから、歩いて渡ってみるか。虎斑とらふは目的地を琵琶湖大橋にした。さあ、歩こう。と思ったとき、何やら視界に黒いものが映った。
 しかもモソと動いた。
 石が動く?
 思わず虎斑とらふはそれに近づいた。しゃがんで湖畔の波打ち際をじっと見ていると、水に沈んだ平たい石が動いて小さく細波さざなみを立てニュッとなにかが出てきた。

「うわ!」
 思わず叫んで尻もちをつく。だがそれを再度見るとカメだった。

 「なんだ、カメかぁ」
 もそ、もそ、とゆっくりカメがうごき、甲羅が少しずつ水面から出てくる。
 そうしてじっとこちらを見つめる黒いカメ。
 甲羅の大きさは15センチもない。黒い甲羅、濡れてきれいに光っている。皮膚も瞳も甲羅と同じ黒。顔の割に瞳が大きい。
「わぁ、かわいいなぁ」

 こんな至近距離でカメを見るのは初めてだ。虎斑とらふの頬は緩んだ。

「なにガメかな? 琵琶湖も外来種が多いっていうから、ミシシッピアカミミガメ? でも耳赤くないし、ていうかカメに耳ってあるのかなぁ」

 このカメは全身黒だ。かわいいのにかっこいい。それを言うなら我が愛車のグロムも黒だ。小さいしこのカメと一緒でかっこかわいいと思う。
 思わず手を出してしまった。
 するとカメはもそり、と動いて差し出した虎斑とらふの左手のひらに乗った。
 濡れた足の感触も冷たくて気持ちいい。
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