琵琶湖の神さまは二人乗りをご所望です?

ちくわぱん

文字の大きさ
上 下
1 / 4

カメを拾った(1)

しおりを挟む
琵琶湖びわこ
 約440万年前、現在の三重県辺りにできた沼から始まる。
 43万年ほど前には現在の琵琶湖の位置へ。
 その後東へ多少広がり現在に至る。
 湖の最深部は104メートル。
 貯水量は275億トン。


 




 カメを拾った(1)


 目が覚めた瞬間、梅松虎斑うめまつとらふは自分の状況が理解できなかった。
 動けない、足が地についていない。
 何かに巻き付かれている。

「ひっつ!!」

 怖い、怖い、怖いっ!

 一瞬でパニック状態になった虎斑とらふの口は開きっぱなしだった。そこは上下に震えてカチカチと忙しなく不穏な音をたてている。

 虎斑の体には黒く長い何かが巻き付いている。ぬるりと光るそれは直径が50センチはありそうだ。魚のひれが見える、つまりこれは生き物だ。虎斑とらふに巻き付いている尻尾から先は水面下に沈んでいる。
 そうして少し離れたところからこの黒くヌメったものの顔が水面から出ていた。

 ぬらぬらとヌメった顔と離れた小さな目、横に大きく開いた口に長いヒゲ、サイズも異常。
 どう考えてもナマズの化け物だ。

 っ怖いっ だれか助けて!
 怖いっ!

 疑問と恐怖ばかりで埋まる思考に虎斑とらふの体は震えて止まらない。

 怖い!
 逃げたい!
 でも逃げられないっ!

 自分を捕らえているのは全長10メートルを超える黒いナマズ。
 これはいわゆる妖怪海坊主なのか。その正体がナマズとは知らなかった。ここは海でなく淡水の湖だから、水坊主というべきか。
 
 このまま琵琶湖びわこの水中に引き込まれでもしたら、確実に水死。たとえ顔が水面に出ていたとしても12月の水温は外気と同じと仮定して10度前後。低体温症による意識不明まで1時間かからないだろう。

 なによりヌメっとしたナマズの感触がものすごく気持ち悪い。さらにナマズについた琵琶湖の水を吸っているのか服もぐっしょりと濡れてしまっている。それだけでもう死にそうに寒い。恐怖でがちがちと震えていたはずの唇は、その理由を寒さからに変更しかかっている気がする。

 これまでの人生、6歳の時に海外で身代金目的に誘拐されたことはあったが、こんな怪異に巻き込まれたことはなかった。
 笑顔で近寄る人間がこの世で一番怖いと知ったあの身代金事件からは、肝試しもお化け屋敷も怖いなんて感じたことはなかったのに、今この瞬間、虎斑とらふは死の恐怖を心から感じていた。

虎斑とらふを離せ」
 
 誰かの声が下の方から聞こえて顔を向けた。
 だがそこには誰もいない。砂利や石の多い岸があるだけ。
 
 でも確かに誰かが自分の名を呼んだ。

「なんや、仲良しやなぁ。ワシの方が長い付き合いやのに」
「付き合いの長さなど関係ない」

 やはり誰かいる。声の方をキョロキョロ見ていると、自分のすぐ足元にいたのは石に混じってわからないくらいの黒いカメ。

「早く虎斑とらふを解放しろ」

 直径20センチも満たない黒い小さなカメがナマズに諭すように言う。
 カメが人語をしゃべることにさらに恐怖が増した。
 
 化け物が、もう一匹っ!
 しかも自分の名前を知ってる!?

「ええやんか、久々に会ったんやし、あんさんの連れもワシん家に来てもらおおもてなぁ。楽しいでぇ」

 ナマズの聞きなれない関西弁。耳障りでどこか呑気なソレがより恐怖を煽る。

 こんなの可怪おかしい
 化け物の化かしあいだ
 なんで自分が巻き込まれてるんだ

「お前の家は遠すぎる。虎斑とらふが死ぬ」

 カメの返しに震えながらも無意識にうなづいた。

 ナマズの家とかマジ楽しくない。竜宮城に連れていくのはカメと相場が決まっている。しかしこの小さいカメには乗ることもできない。
 それにあれはウミガメのはずだ。ここにいるのは明らかに淡水のカメである。
 て言うかまず息が続かない、人間は肺呼吸なのだ。

「死にゃせん死にゃせん。そんなときのカメさんやん」
われを暖房代わりにするでない」

 カメは爬虫類はちゅうるいで変温動物だ、湯たんぽになるわけない。

 そう思ったとき水分に体温を奪われた体が遂に耐え兼ねた。
「ふっはっくしっ、ふっくしゅっ」
 全身の震えだけでなく、くしゃみも止まらなくなってしまう。
 凍えて死ぬのも絞め殺されて死ぬのも、どっちも絶対お断りだ。

「なんやねん、人間はほんま、軟弱な体してんなぁ」

 顔だけ水面から出したデカいナマズが吐き捨てる。すると黒いカメが
「だから言ったのだ、虎斑とらふにお前が琵琶湖を案内するのは無理だ。せめて春まで待て」
 とナマズから虎斑とらふに視線を移した。

 顔の割に大きな黒い丸い瞳と視線が合う。
 はっきり言ってかわいい。

 虎斑とらふは自分に害をなさない小さな生き物は大好きだった。
 ハムスターや金魚、そしてカブトムシ。過去にそれらの小動物たちを飼っていたことだってある。母のいない寂しさも小さな生き物たちといれば紛れたのだ。ただ黙っているだけの存在であっても。
 そうしてこの小さなカメもその範疇にあったはずだ。

 しかし今は、怖くてしょうがない。
 カメがナマズがしゃべっている。

 そういえば、このカメ、少し前に見たカメだ。
 人生で初めて見たカメに興奮してつい話しかけてしまったさっきの自分をわらってやりたい。

 カメと会ったことを思い出して、恐怖でまともに働かなかった虎斑とらふの頭がようやく動き出す。

 そしてこうなった原因を必死で思い出そうとした。

 なんで俺はナマズに捕まってるんだ?


 確か自分はただ、琵琶湖に散歩に来ただけだった。
 ここは日本一大きな湖、琵琶湖の西にある町堅田かたた
 大津市おおつしの北部、田舎の湖岸だ。

 事の始まりは、朝一にかかってきた電話だった。



 その電話のおかげで虎斑とらふの機嫌は最悪だった。理由は今日到着予定の愛車のバイクHo〇daのグロムが配送業者の不手際で2週間も到着が延期されたからだ。
 昨日東京から母方の祖父の住む滋賀県大津市しがけんおおつしへ身一つでやってきた虎斑とらふは17歳高2年生。母は10歳の時鬼籍に入り、都会のマンションで父親と二人住んでいた。だが次の新年から父が海外赴任になり、虎斑とらふはついて行くのを固辞して日本にひとり残った。幼少期に住んでいた海外にはいい思い出がなく、もう絶対行きたくないと父にあらがったのだ。
 そうして結果、3学期から滋賀県の某私立高校に編入予定である。

「あーあ、バイク乗りたかったなぁ。せっかくいい天気でバイク日和なのに」

 築70年を超えた古い日本家屋特有の縁側えんがわに腰を下ろしていた虎斑とらふはごろりと板の間に寝そべって冬の青空を見上げ独りごちた。余計悲しくなった。

 高1からこっそり始めた配達のバイトで免許資金とバイク資金を貯め、高2の春にやっと手に入れた、排気量125CCの原付二種と呼ばれる一般道しか走れない小さな中古バイク。でも大切な愛車だ。なぜここに無いのか。
 外気に冷やされた縁側に頬を擦り付けて嘆く。

「クソっ、滋賀しが佐賀さがを間違うなんて小学生かよ」

 遠く九州の佐賀県にある愛車に思いをはせる。冷たい床でなく、バイクで冬風を切って凍えるほうが断然楽しいのに。
 暇すぎると虎斑とらふは床からぐるりと視線をあたりに巡らせた。

 祖父藤宮羊治ふじみやようじが一人で住むこの家は二階建てで外壁を焼杉で覆われている。虎斑とらふのいる縁側は家の南、小さな池がある和風庭園に面している。池には金魚が5.6匹泳いでいて水草についている藻をついばんでいる。目を東に滑らせれば縁側の終わりにノブが今どき握って回すタイプの扉。その扉を開ければ玄関だ。玄関も古めかしく土間があり、愛車のバイクをそこに置いてもいいと祖父から許可をもらっていた。

 そんな祖父は朝から地域の仲間と愛車のハンターカブ(50CCバイク)で最寄のJR 堅田かたた駅から一駅向こうにある雄琴温泉おごとおんせん駅の足湯に仲間と出かけている。帰ってくるのは夕方らしい。12月半ばになって寒くなったとはいえ、昨今の暖冬でまだまだバイクも楽しめる。しかも今日は快晴。最高のツーリング日和だ。祖父が羨ましくて虎斑とらふは盛大にため息をついた。

「はあああぁぁぁぁぁ。ほんとやることねぇ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

蛇のおよずれ

深山なずな
キャラ文芸
 平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。  ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。

〜鎌倉あやかし奇譚〜 龍神様の許嫁にされてしまいました

五徳ゆう
キャラ文芸
「俺の嫁になれ。そうすれば、お前を災いから守ってやろう」 あやかしに追い詰められ、龍神である「レン」に契約を迫られて 絶体絶命のピンチに陥った高校生の藤村みなみ。 あやかしが見えてしまう体質のみなみの周りには 「訳アリ」のあやかしが集うことになってしまって……!? 江ノ島の老舗旅館「たつみ屋」を舞台に、 あやかしが見えてしまう女子高生と俺様系イケメン龍神との ちょっとほっこりするハートフルストーリー。

校外でツーきゃん(校外でツーリングキャンプ)

秋葉 幾三
キャラ文芸
学校生活、放課後とかソロキャン好きの少年と引っ込み思案の少女の出会いから始まる物語とか。 「カクヨム」でも掲載してます。(https://kakuyomu.jp/works/1177354055272742317) 「小説家になろう」サイトでも簡単な挿絵付きで載せてます、(https://ncode.syosetu.com/n9260gs/) hondaバイクが出てきます、ご興味ある方は(https://www.honda.co.jp/motor/?from=navi_footer)へ。

花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で~

市來茉莉(茉莉恵)
キャラ文芸
【私にしか見えない彼は、アイヌの置き土産。急に店が繁盛していく】 父が経営している北国ガーデンカフェ。ガーデナーの舞は庭の手入れを担当しているが、いまにも閉店しそうな毎日…… ある日、黒髪が虹色に光るミステリアスな男性が森から現れる。なのに彼が見えるのは舞だけのよう? でも彼が遊びに来るたびに、不思議と店が繁盛していく 繁盛すればトラブルもつきもの。 庭で不思議なことが巻き起こる この人は幽霊? 森の精霊? それとも……? 徐々にアイヌとカムイの真相へと近づいていきます ★第四回キャラ文芸大賞 奨励賞 いただきました★ ※舞の仕事はガーデナー、札幌の公園『花のコタン』の園芸職人。 自立した人生を目指す日々。 ある日、父が突然、ガーデンカフェを経営すると言い出した。 男手ひとつで育ててくれた父を放っておけない舞は仕事を辞め、都市札幌から羊ばかりの士別市へ。父の店にあるメドウガーデンの手入れをすることになる。 ※アイヌの叙事詩 神様の物語を伝えるカムイ・ユーカラの内容については、専門の書籍を参照にしている部分もあります。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

みちのく銀山温泉

沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました! 2019年7月11日、書籍化されました。

あやかし嫁取り婚~龍神の契約妻になりました~

椿蛍
キャラ文芸
出会って間もない相手と結婚した――人ではないと知りながら。 あやかしたちは、それぞれの一族の血を残すため、人により近づくため。 特異な力を持った人間の娘を必要としていた。 彼らは、私が持つ『文様を盗み、身に宿す』能力に目をつけた。 『これは、あやかしの嫁取り戦』 身を守るため、私は形だけの結婚を選ぶ―― ※二章までで、いったん完結します。

処理中です...