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たとえば、きみが居たという証をここに。
しおりを挟むやわらかな日差しが執務室に差し込む昼下がり。
真正面に座る最愛の人と共にゆったりとしたこの時を満喫する。
記憶さえも置き去りにしそうな程遠い昔に引き裂かれたこの想いが、再び実を結ぶ日が来るなんて、誰が予想しただろうか。
あの頃とは互いに随分と姿が変わっているが、こうして側に居れば姿形の違いなんて全く問題にはならない。
どんな貴女でも愛らしい。
胸を張って言うことができる。
――まぁ、実際にこんなことを言おうものなら、頬を真っ赤に染め上げた彼女から反撃を喰らうのだが。
その様子がありありと思いついて、無意識に口元が緩む。
「ユリエル様? なにか、よからぬことを考えたのではありませんこと?」
「そんなこと、ないよ。ただ、幸せだなぁ、って思っているだけ」
「――そうですか」
素っ気なく返されるその言葉も、耳まで赤くした彼女の口から聞けば全く違うふうに捉えることができる。
そんな穏やかな空間に、突如現れる転移魔術の陣。
床に描かれる文様に互いが目を合せて微笑む。
――随分と、久しぶりな訪問だな
陣から放たれる光が消えたとき、そこに立っているのは漆黒の髪を無造作に切揃えた青年。
「ねぇ、二人のせいで面倒なことに巻き込まれてるんだけど?」
緋色の瞳を不機嫌そうに眇めながら、漆黒の青年は言葉を投げてくる。
「あら、面倒ごととは随分物騒な物言いね。わたくしたちがなにかしたとでも言うのかしら?」
「わたしたちは基本的にこの王宮から出ないから、そちら側にまで影響があることはしていないと思うけどな」
二人の返答に漆黒の青年はなおも不機嫌をあらわに口を開くが、再び現れた転移魔術の陣にヒクリ、と頬を引き攣らせる。
「ちょっと! 急に居なくならないでよグラン! アリスが泣きながら探していたわよ? まったく……。双子の姉だからって、どうしていつも私が貴方の尻ぬぐいをしなきゃいけないのよ」
「ど、どうしてここが……」
姉の剣幕に狼狽える弟は、後退りしながら逃げ道を探しているらしい。
そんな弟の行動などお見通しとばかりに、転移魔術が使用できない空間を即座に展開する彼女はやはりなかなかの魔術師である。
「それで、どうしたのかなリアン? グランに面倒ごとが舞い込んだみたいだけど」
真紅の髪を無造作に結わえて、その黄金の瞳を弟に据えている姪っ子に話しを振る。
状況を把握するには、彼女に問いかけた方が的確で早い。
「あ、これは失礼致しました、ユリエルおじ様にアメーリエおば様。じつは、この度この弟が伴侶を迎えることとなったのですが、婚約者であるアリスとの意見が分れてしまって困っているのです」
はぁ、とどこか遠くを見詰めながら溜め息を吐くその様は、彼女の母親にそっくりである。
かつて彼女がこの王宮に妃候補として滞在していたとき、今のような表情をすることが多かったような記憶がある。
「それで? 二人の意見が分れているとはどういうことかな? 共に歩むことは双方の了承の元決まっているのだろう?」
己の片割れであったグレンと、バイアーノ当主であったフリア嬢の子供であるこの二人はやはり時の流れが人とは異なる。
今回、伴侶を迎えるにあたって“魔力の共有”を行い“共に時を過ごす”ことを互いが了承したのであればこれといって問題は無いはずなのだけれど。
「“魔力の共有”は、互いの血を混ぜることによって為される。――それくらい、手早く終えれば問題無いのに……。アリスは、それじゃ嫌だと駄々を捏ねるんだ」
「だからね、グラン。それは“女性の憧れ”ってやつよ! 一生に一度なのよ? 叶えてあげなさいよ」
「――――でも……」
姉の気迫に押され気味な弟は、勢いよくこちらを向くと助けを求めるように口を開く。
「そもそも! 二人が“あんなこと”をしなきゃ、こんなことにならなかったんだからな! ――昔は、その……。式というものはやっても、“誓いの儀”なんてやってなかったんでしょ!? なのに、二人が国民が見守る式典で……“誓いの儀”なんて創るから! ――周りが見ている前で、あんなこと……恥ずかしいだろ!」
「わたくしたちの式で披露した“誓いの儀”は、そんなに浸透しているのかしら?」
「えぇ、おば様。お二人が結ばれたのは人の一生を優に三周するほど前のことではありますが、民間では“女性の憧れ”と呼ばれ広く語り継がれております」
「だから! アリスに言われたんだよ! “誓いの儀”を始めた陛下の甥御である貴方はもちろん、“誓いの儀”をしてくれますよね? って! なんで血縁ってだけで期待されるわけ? できると思われてるわけ!?」
キツく拳を握りしめ、熱弁する甥っ子を視界の端に残したまま正面に座る彼女に目配せをする。
彼女はニンマリと微笑みを返してきた。
“誓いの儀”
そう、後に呼ばれることになったあれは、己達が発祥では無いことを知るのは今この場所では彼女と己の二人だけ。
“誓いの言霊を告げ”
“誓いの口付けを交わす”
それは、ずっと昔のあの時に目にした場面そのもので。
本来ならば“神聖なる式”で纏うのは純白と決まっていた。
しかし、わたしたちはそれをそのまま受け継ぐことはしなかった。
花嫁が纏うのは“血よりも濃い真紅”のドレス。
花婿が纏うのは“全てを飲み込む漆黒”のローブ。
かつて無い装いに重鎮たちは難色を示したが、わたしたちを後押ししたのは他でもない、当時の国王陛下とその妃。
二人の後押しもあり、わたしたちは無事に“理想の式”を執り行なうことができた。
“決して語られることの無い二人の物語”を後世に残すために。
いつの日か、互いが生まれ変わったときに再びまみえる事ができるよう。
魂の記憶の奥底に、決して消えぬ“証”とするために。
「グラン、残念だけれどわたくしたちに文句を言うのは御門違いというものでしてよ?」
「はぁ? “始めた本人達”がそれを言う?!」
「本当に、残念だけれどね。その、“始めた本人達”というのはわたしたちでは無いんだよ」
「そうですわよ? わたくしたちは言うなれば“広げた”だけですわ。文句を言いたいのなら“常夜の森の神殿”にでも行くことね」
胸を張る彼女にグランが困惑の表情を浮かべる。
同じく首を傾げているリアンは徐に口を挟む。
「“常夜の森の神殿”……? それはお母様とお父様が眠っている場所ですよ? たしかにお母様はおば様と従姉妹でお父様はおじ様と兄弟であると聞いてはおりますが……、今回のことに関してどんな関係が?」
「二人は、父と母がどうやって“契約”を行ったか聞いているかい?」
「いいえ、“共に歩むための血の契約”は教えて頂きましたが、他にも“契約”があったのでしょうか?」
リアンの言葉に、さすがのわたしも表情を隠しきれない。
ついついニヤニヤとガラにも無い笑みを浮かべてしまう。
目の前の彼女に至ってはもう、隠そうという気持ちもない程に頬が緩んでいる。
「まぁ、あの二人はなんだかんだ言っても、“恥ずかしがり屋”だったものねぇ、ユリエル様?」
「うん、そうだねぇ。きっと“馴れ初め”なんて話してはいないよね。必要なことを、必要なだけ教えて眠ったんだろうね」
「ねぇ、話しが見えないんだけど? てか、二人ともニヤニヤしすぎでしょ。……で、“諸悪の根源”は誰なわけ?」
仁王立ちして、頬を膨らます甥っ子のすぐ後ろで答えを見つけたらしい姪っ子は唖然とした表情を隠しきれず、さらに頬を真っ赤に染めている。
「まだ察せませんの? グランはフリアさまに似て鈍感ですこと」
「奥手、ということに関してはグレンに似ているけれどね」
二人、視線を交わし微笑み合う。
そして、そろそろ痺れを切らしそうな甥っ子に向かって“諸悪の根源”を告げてやる。
「“誓いの儀”は、そっくりそのまま君たちの両親がやっていたのを再現しただけ、だよ」
「嘘だと思うのなら、めいいっぱい生き長らえて、再びこの世に生を受けた両親を探し出して、問い詰めるとよろしいですわ」
「っ!? ――そ、そんな……」
「――ほら、グラン。もういいでしょう。大人しく帰るよ。――それではおじ様、おば様、式の招待状は確実にお送りしますので、よろしくお願い致します」
「えぇ、“楽しみに”待っているわ」
「うん、“とても楽しみ”に待っているね」
わたしたちの返事を聞くと、あっという間に弟を引っ掴んで転移魔術で帰って行った。
再び訪れる穏やかな時間。
そして、ふと、思いついたかのように彼女に提案を持ちかける。
「ねぇ、わたしたちもそろそろ、二人を見倣わない?」
「っ!? ど、どういう意味ですの!?」
びくり、と肩を揺らす“彼女”その頬は既にほんのり色づいている。
「二人は最初から、呼び合っていたでしょう? だから、そろそろわたしたちも“名で呼び合わない”?」
「よ、呼んでいるではありませんか!」
「ううん、敬称なんて要らない。ちゃんと、“名”だけを呼んで欲しいな」
「そ、それはっ! ユ、ユリエル様とて同じではありませんか! 片方だけとは不公平ですわっ」
耳まで真っ赤に染めてなお、言い募る“彼女”。
「うん、片方だけじゃ不公平でしょう? だから、ね? わたしの事を名で呼んでくれるよね――アメーリエ?」
「っ! ひ、卑怯ですわ! せ、先手を打つなんてっ!」
「言いだした方が実行しなきゃいけないでしょう? それで、呼んでくれないの?」
「――っ! ……ユリエル」
「っ!!――――っ、」
「もうっ! 呼ばせておいて照れるなんて! ――ひきょう、ですわ」
消え入りそうな語尾で呟き、俯いてしまったアメーリエの後ろに回って腕を伸ばす。
「っ! ちょ、なっ」
「――あぁ、ほんとうに、幸せ」
この両腕の中に収まる最愛の人。
一度は離れてしまったけれど、もう、何があっても手放さない。
二人で歩く未来を何かのために差し出したりはしない。
「――わたくしも、幸せ、ですわ」
小さく、本当に小さく呟かれたその言葉はしっかりと己の耳に届く。
――あぁ、ほんとうに――
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みんなの感想(73件)
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あぁー、可愛い( ;∀;)
更新ありがとうございます!!
緩やかなその後が表現できてたらいいなぁ、と(笑)
完結おめでとうございます!
そっかぁ〜フリアとグレンはお互いを"唯一"としたけれど、まだ一定の距離を保っているんですね〜。それでも彼らが深く深く想いを寄せ合っていることはよく伝わってくるので、後はもう2人のタイミングで良いのでしょう。
ガロン、シエルにも素晴らしい家庭ができて良かったです。
さて、最後まで読んでいてすっきりしなかったのは、ローズと彼女の母です。
バイアーノの"唯一"を奪う一族なのは、指輪のエピソードなどからわかりましたが、どうしてそういう存在が産まれたのかがちょっと不明瞭かな?
バイアーノをその役目から解き放つ為の鍵となる指輪を持っていたので、因縁浅からぬ存在なのは想像できるのですが。
フリアの父については、母から父への"唯一"の契約があってもその逆がない事から、簡単にローズの母に奪われたのだろう。むしろバイアーノの力を欲した父が母を誘惑して婿に収まっただけで、最初から父側には愛情など無かったのだと理解しました。
この推測はフリアが父へ禁術を使った事、禁術の為に魔獣化した父を彼女があっさり見捨てた事からのものです。
物語が1人の視点のモノローグを基本に紡がれるので、少々難解になってしましたが、その分読む側としては想像力をフル稼働して楽しむ事ができました。
2月からずって連載し続けるのは大変でしたよね。作者さまには最後まで書き上げてくださって感謝の気持ちでいっぱいです。お疲れ様でした。
P.S. フリアとグレンはなんとなくこのままな気がしますので、ユリエル様がアメーリエ嬢に振り回されつつ幸せとはこういうものかと、実感するようなお話がありましたら、よろしくお願いします(*´艸`*)
フリアとグレンは、グレンの頑張りに期待するより他はありませんしね(笑)
今、次の新しい話にとりかかっているので、
それが一段落したら、ユリエル×アメーリエの視点で番外編、書きますね!
アッ、成程。
むむむ、子供…見たい
グレンの頑張りに、期待ですね!(笑)