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101さようですか、ならばここで別れましょう。

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父と母の元から離れ、アメーリエ嬢と並んで、彼女と視線を合わせる。

「……フリア嬢、重ね重ね、申し訳無い」
「……いいえ、ユリエル様が、気に病むことでは、ありません」

肩で息をしながらも、己の言葉にしっかりと返してくれる彼女。

「フリアさま、こんなところではちっとも休めないではないですか。少し、場所を変えた方がよろしいのではなくて?」
「――いいえ、このまま、ここで、グレンが、目を覚ますのを、待ちます」

フリア嬢の言に、眉間に皺を刻んだアメーリエ嬢が口を尖らせつつも反論する。

「グレンさまなら、フリアさまが何処へ居ようと、すぐさま飛んでいくはずですわ。まずは、ご自分の状況をしっかりと把握してほしいですわ」

一言で表すと、“ぼろぼろ”だ。

“奈落の谷”での出来事から続けてこの状況なのだから、身を清める時間も、ゆっくりと休む時間すら無かったのだろうと予想される。

「目が覚めたら、すぐに、“契約”を、交わさなければ、いけませんので」
「っ!? そんな状態で!? 貴女、本当に自分の状況がわかっていらっしゃらないの!?」

“契約”と聞いて、途端に目を剥くアメーリエ嬢。
フリア嬢の襟元を両手で掴み、前後に揺らしているのは、無意識だろうか……

「必要な、モノは、“前払い”して、いるので、あとは、契約の“言霊”のみ、です。アメーリエ様の、心配するような、ことは、起こりませんので、ご安心を」

ぐらぐらと揺らされながらも、途切れ途切れに言葉を発するフリア嬢は、なんだか幼く見える。

否、年相応、と言うべきか。

今まで、どこか近寄りがたく、大人びた印象を持っていたが、あれはただ単に気を張っていたからこそ、だったのか。


「いいですか、フリアさま! “呪い”が消えたからといって、“契約”の負担は変わらないのですわよ!? いくら“前払い”が済んでいたとしても、これ以上、負担をかけるべきでは無いと、何故わからないのです!?」


視界の隅が、淡い輝きを放ち始める。
淡い輝きは次第に、薄紅へと変化していく。

「そもそも、今結ぼうとしている“契約”は、もちろん“双方向”ですわよね!? まさか、“片側負担”の一方的なものでは、ありませんわよね!?」
「――アメーリエ様は、どうして、そんなにも、詳しい、のですか……」

何が起こったのか、と、しっかりとその場を見ようと体ごと反転して、一歩前に踏み出す。

「詳しいも何も、ずっと、見てきたからですわ! 何回も何回も、“バイアーノ”が“馬鹿な契約”を平気で結ぶ場面を! フリアさまが、そんな愚かな事を為そうとするのならば、わたくしは赦しませんわよ!?」


振り返った先の光景は、指呼し異様だった。
先程まで、そこに居たはずの人物が居ない。
しかし、薄紅の光はまだあの空間のなかでゆらゆらと漂っている。

いったい、なにが起こっているのか。
そう、首を傾げたとき、すぐ、後ろから声が聞こえた。


「――そんなにフリアを雑に扱わないでくれない? ――あぁ、ユリエル。なんか、新鮮だね。こうやって向かい合ってるなんてさ」

すぐさま振り向いた己に向かって、漆黒の青年は僅かに振り向いてニヤリと笑う。

驚き、なにも言え無い己を気にするふうも無く、再び彼女に向き合う形で座り込む。

「で、フリア。俺は、何をしたらいいの?」
「特に、なにを、するでも、ないわ。もう少し、手の届く、距離に……」
「フリアさまっ!」

アメーリエ嬢が、眉を吊り上げる。
きっと、彼女は知っているのだろう。
“バイアーノ”が歩んできた歴史を。ずっと、見守っていたに違いない。

曖昧な記憶しか持っていない己と違って、彼女は記憶の全てを忘れる事無く抱いているのだ。
“生まれ変わり”と“転生”の違いは、きっとそういうことなのだ。

彼女の隣に並び、肩に手を置き、宥めるように力を入れる。

その視線は、二人に向けられている。
唇を強く噛み締めながら、事の成り行きを見守ることにしたようだ。

「――我、フリア・バイアーノ、は、古の、盟約に、則り、彼の者を、唯一、と、定め、この、命の、続く限り、縁を、結ぶ、契約を、ここに、誓う」

言葉を紡ぎ終わると、フリア嬢の身体を、薄紅の光が囲う。
そして、緩慢な動作で、グレンに顔を寄せ、その額に口づける。

「っ!」

息を呑むグレンの身体を、フリア嬢と同じ色の光が照らす。
その頬が、朱に染まったのは、纏う光の所為ではないだろう。

躯を共有していたから、グレンのことはだいたい理解しているつもりだ。
“独占欲”は頗る高いが、いざとなると、僅かな事でも頬を染める様は、見ていてなかなか面白い。

己から触れるのは躊躇わないくせに、実は意外と初心だったりするのである。

まぁ、潜在意識として過ごした時間が長かったので、しょうがないことであるとは、思うのだが。

光が徐々に薄れていく。
どことなくホッとした様子のフリア嬢は、少し気怠げに口を開く。

「これ、で――」
「まだですわ! グレンさま、今の“言霊”をそのままフリアさまにお返しください!」
「え?」
「――アメーリエ、様……!」
「グレンさま、早く! “言霊”を紡ぎ、フリアさまに、口づけを! “双方向の契約”は、今を逃したら二度と結べませんのよ!」

アメーリエ嬢の剣幕に一瞬、肩を揺らしたグレンだが、すぐにフリア嬢へと向き直り、その手を取って口を開く。


「――我、グレン・シェーグレンは、古の盟約に則り、彼の者を唯一と定め、この命の続く限り、縁を結ぶ契約をここに、誓う」

先程と同じように、グレンの身体を光が包む。
その光が、僅かに青みがかっているのは、母の魔力を受け継いでいるから、なのだろう。

己の纏う魔力を確認して、先程と同じように、彼女に顔を寄せる。

「っ!!?」
「……あ……」
「――まぁっ!」

そして、先程と同じように、フリア嬢の身体が、淡い光に包まれる。


唯一、異なる点をあげるとするならば、口づける場所が、フリア嬢の額ではなく……

彼女の唇だった、と言うことくらいか。


「――アメーリエ嬢、口づけの場所は、違っても問題は、ないのかな?」
「――えぇ、恐らくは、問題ないかと。……むしろ、“あれ”が、正式なもの、ですわ」

僅かに、視線を逸らしながら、声を潜めて言葉を交わし合う。


ふ、と視線を感じで振り向くと、顔を真っ赤に染めた母上と、にっこりと微笑みながら頷く父上の姿が。


――いぇ、わたしは真似、しませんよ?


そんな、期待の籠もった眼差しで見詰められても、困るのですよ、父上。
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