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100いつかの想いと、重なった気がして。
しおりを挟むキラキラと、仄かに輝く光が舞っている。
日の光が入ることの無い、この場所に似つかわしくない光景に、思わず息を呑む。
魔力の渦が空気を揺らす。
魔術が爆ぜる度に、先程の光が舞い、部屋の空気が冷えていく。
淡く輝く光だというのに、量が量だけに、視界を塞ぐ。
「貴女が、私を憎めば憎むほど、貴女から“瘴気”が放たれる。それを、私は魔力に変換して使用しているに過ぎないのです。だから、貴女の魔術と同等の魔術で対応できる。その代わり、貴女以上の魔術を、今、私は使えない」
静かに、しかし重い響きを含んだ声音が紡がれたとき、僅かに視界が開けた。
薄らと紅に染まる空間の中に、眠るように漂う息子の下で、対峙する二つの影。
一つは、不揃いな真紅の髪を揺らし、緋色の瞳で相対する影に歪な笑みを向ける。
そして、もう一つの影は……
「リーシア……?!」
「っ!! ルーナスっ!?」
驚き、立ち竦む彼女。
漆黒の髪を靡かせ、黄金の瞳でこちらを見詰めている。
生身の彼女と相対したのは、いつぶりだろうか。
少なくとも、息子たちの年齢と同等の年月ぶりだ。
夢殿での姿と、寸分の狂いも無いその容姿に安堵する。
いくら、現人神の加護を受けていたとしても、ずっと眠り続けることが、彼女の負担になってはいないかと、常に気がかりだった。
――しかし、彼女が、目覚めているということは……
「グレンに、なにかあったのか?」
「あの子が! ……グレンを……っ!!」
そう言いながら駆け寄ってきた彼女を腕に抱きとめる。
久方ぶりの、温もりの宿る感覚に浸りつつも、指差す先のフリア嬢へと視線を向ける。
視線を受けた彼女は、一瞬だけ、気まずそうな表情を見せたものの、すぐに一礼をもって返してくる。
「フリア嬢、なぜ、この場所に居るのか、教えてくれるな?」
「グレンを目覚めさせるため、です」
己の問いかけに、端的に、真っ直ぐな眼差しと共に、返してくる。
その緋色の瞳を受けて、“人間の強さ”を改めて見せられた気がした。
人として生まれ、その僅かな時間のなかで、なにかを為そうとするその強さ。
時を長くはかけられない。
そんな、悠長に構えている暇など惜しいというように、突き進む命の輝きは、いつの時代も美しい。
「父上、あの……これは、どういう……」
「見ての通りだ、ユリエル」
目の前の光景を、信じられないような表情で見詰めるユリエルとアメーリエ嬢。
仕方のない事だと思う。
なにせ、“居ない”と思っていた相手が、本当の意味で“居る”のだから。
「元々、お主らは双子として生を受けた。しかし、お主は神の性質に傾きすぎ、グレンに至っては人だった。そのまま過ごせばいずれ、グレンはただ、人としての時間しか生きることができない。それに、お主も、現人神として、神と人との架け橋にはなれぬだろうと……」
「神の性質に傾いたわたしが、“人の心”を持たぬと、懸念したのですね? ……それで、わたしの中に、グレンを宿した、と」
ユリエルの、的確な質問に、ただ頷く事しかできない。
「グレンの躯が、朽ちぬように、魔力で満たして時を止めた。その、代償に、お主等の母は、長い眠りにつくしか術がなかった」
「――ちょうどその頃から、魔術師の数も、減ってきていたの。だから、“時の宮”を一つだけ残して、あとは不要になるよう、手を打ったのよ」
腕に中で、幾分落ち着いたのか、リーシアがユリエルに話しかける。
「――グレンが魔力を極限まで削られて、結界が不安定になったのも、そのせいだったのですね。――結界の核として、グレンを利用していたから」
「――あぁ、そうだ」
重苦しい空気が、場を支配する。
滅多な事では腹を立てることの無いユリエルが、怒っている。
静かに、怒気を発している。
にっこりと整えられたその笑みが、徐々に凄みを増してくる。
――息子相手に、こんなにも情けない姿を晒してしまうとは……
「……すまぬ。お主らに、責を負わせすぎた」
「それでも、わたくしは、あなた達を護りたかった。あの子にも、生きていて欲しかったのよ……」
「わたしは、気にしてはいませんよ。それが、現人神としての、定めなのならば」
目を伏せる我らに、ユリエルは告げる。
驚いて視線をあげると、声音とは裏腹の、鋭い視線を交わった。
「ですが、“護るべき者”を、あんなになるまで酷使してまで、“現人神”をやる気はありません」
「フリアさま! ……どうしたのです! この、酷い有様は! 宵闇の中で出会ったら、どんな幽鬼よりも怖ろしい形ですわよ!?」
「――あ、はは……。いろいろ、あったのです。傷は綺麗に塞いで頂きましたので、見た目より酷い有様では、ないと思うのですけど……」
声に振り向くと、フリア嬢とアメーリエ嬢が向き合って話している。
話している、というか、アメーリエ嬢が一方的に詰め寄っている。
詰め寄られた方のフリア嬢は、力なく笑って返すだけ。
その服は赤黒く染まり、僅かに濡れているようだ。
そして、地面に座り込んで肩で息をしている。
顔色も、頗るよろしくない。
艶やかで長かったはずの真紅の髪も、見るも無惨な不揃いに首の後ろ辺りで刈り取られている。
先程のユリエルの言葉。
それはつまり、“人間を犠牲にしてまで、望まれる現人神になる気はない”ということ。
“グレンと再び宿す事を拒否する”と、いうことだ。
「父上、母上、グレンは、目を覚ますのですね?」
「あぁ、フリア嬢が、目覚めよと、願うのならば」
「ルーナス!? 止めてくれるのでは、ないの!?」
「真実を知って、各々が選んだ選択を、我らは覆す力を持たぬ。ただ、事が成るのを見守るだけだ」
妻をあやすように背をさする。
俯き、肩をふるわせているのは、泣いているのだろうか。
彼女がどんな想いで、グレンの命を繋いできたか知っている己としては、彼女の肩を持つべきだったのかもしれない。
それでも、“今”を生きる者達の選択を、蔑ろにはしたくないのだ。
それが例え、愛しい妻を悲しませ、息子を一人、失う事となろうとも。
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