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97そして、物語は加速する。

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「あなたの願いが、フリアさんの寿命を削ることになっても、同じ事が言える?」
「っ!?」

母は、真っ直ぐに、己を見据えている。
静かに煌めくその黄金の瞳は、まるで、己を試すよう。

「あなた達は、知らないでしょうけれど、元々、“バイアーノ”は長命なのよ。“呪い”にその身を喰われなければ」
「バイアーノが、長命……? たしかに、言われてみれば、元は魔獣ですもの。魔力が尽きない限り、命の刻限に制限はなさそうだけれど……。」

フリアは一度、考え込むように、目を閉じる。
そして、ゆっくりと瞼をあげて、言葉を紡ぐ。

「元は長命であったとしても、私たち一族は、長い間、ヒトと交わって次代に繋いできました。もう、魔獣の血よりも、ヒトの血の方が、勝っていてもおかしくはありません。……王妃様の仰る通り、長年、“呪い”によって短命に終わってるので、今がどうか、それはわかりませんが……」

そこで一旦、言葉を句切り、己をチラリと見たかと思うと、再び母に向かって話し出す。

「それに、母の兄は、“呪い”ではなく、“病”で亡くなっています。やはり、寿命はヒトに寄ってきているのではないでしょうか」
「でも、フリアさん。身内はどうであれ、貴女は、間違いなく、“魔獣の血”を色濃く受け継いでいるわ。“初代バイアーノ”をその身に宿すことができた。それが、疑う事なき証明なのよ」

淀みなく、母は宣言する。
まるで、これまでの経緯を全て見てきたかのように。

「わたしは、ここに籠もっている間、ずっと、貴方グレンと繋がっていたの。だから、フリアさんのことも、貴方がなにを望むかも、きちんとわかっているわ。それでも、ね。グレン、貴方の死を、見たくは無いの。親より先に、逝ってしまうなんて、辛すぎるもの」
「でも、……、」
「それに、貴方だって、フリアさんと、ずっと一緒に居たいのではなくて? ひとの尺度では悠久とも思える時を、愛する人と、共に過ごす。なにより、得難いことだと思うのだけど」

緩く微笑む母に、返す言葉が見つからない。

たしかに、命の刻限を気にすること無く、悠久の時を共に過ごす、というのは、魅力的だ。
しかし、それはあくまでも、“現人神の妃”として。
“躯の守護者”として、だ。

グレンとフリア、では、ない。

魔力が少しでも減ると、途端に透けるこの身体。
その度に、フリアに負担をかけなければ存在できない、己。
かといって、“現人神グレン”として、フリアと共に過ごすのは、嫌なのだ。

現人神はあくまでも、ユリエル。

一時的に躯を借りるとしても、結局は現人神ユリエルなのだ。




「限りがあるからこそ、命の輝きは増す。その、瞬間を大切に、悔いの無いように、生きなさい」
――母の、最期の言葉です。

ぽつり、フリアが静かに溢す。
その表情からは、なにも読み取れない。
ただ、言われたことを、そのまま伝えただけ。
そんな感じだ。






不意に、彼女はゆっくりと膝を折り、地面に片手をついた。
そして、どうしたのか、と言葉をかけるよりはやく、両膝まで地面につけて、座り込んでしまった。

「フリア!? どうしたの? どこか、具合でも、悪いの!?」

頬に手を添えて、顔を上げさせると、困ったような表情で、見返される。
その顔色は血の気が引いたように白かった。



「――まさか、俺、今もフリアから魔力を奪って、いる……?」


今の己は、魔術を使用しなくても、存在するだけで魔力を消費している。
しかし、ここに来たときと同じように、彼女に触れることが出来ている。
それはつまり、消費した分の魔力を、絶えず彼女から奪っているということではないのか?





「さすがね、フリアさん。魔力の源とも呼べる血液を大量に失って、“グレン”をこの世に顕現させる程の、髪に宿る魔力も殆どすべて差し出して、“この子の躯グレン”を保つ魔力を供給してもなお、膝をつく程度で持ちこたえているなんて。わたしにも、フリアさんくらい魔力があったら、夢の中だけではなく、あの人と過ごす事ができたのでしょうね」

満足そうに笑う母の、その視線の先を追う。
そこには、相変わらず己の躯が漂っている。
しかし、最初に見た光景と、少しだけ異なることに気付く。

初めに見たときは、青みがかった空間に浮いていた躯は、いつの間にか、赤みがかった空間の中に漂っている。

「あれ、全部、フリアの魔力、なの……?」
「えぇ、そうよ。“あなた”がフリアさんの魔力で満ちているから“グレン”の方も、それに倣わなければ、どちらかが消えてしまうもの。この場所に入る前に、引き継ぎの契約をしたでしょう?」
「――引き継ぎの契約? そんなの、知らない。そもそも、俺はこの場所にフリアを縛ることを望んでいない」





「あぁ、なるほど。あれは、契約の儀式だったというわけですね……」
「フリア?」

母の言葉に狼狽える己を他所に、フリアは何故か納得したような表情で頷いている。

「この、空間が現れる前に、私、指を切ったでしょう?」
「うん」
「あれは、予め用意していた“魔石”に、血を与えることで、その“魔石”が司るモノの所有権を血の持ち主に譲渡する“契約書”代わりだったのではないですか?」

「えぇ、そうよ。わたしから、貴女に“グレン”の所有権を書き換えるためのものよ。だから、今こうして、わたしはあなた達と顔を合せて話すことが出来ているわ。わたしは貴女ほどの魔力を持っていないから、“愛する我が子”に魔力を供給している限り、ずっと眠っていなければならなかったもの」



静かに目を伏せ微笑む母に、フリアは、ニヤリ、と笑みを返す。



その、笑みは、なにか、とんでもない悪戯を思いついたような、そんな邪悪さすら感じる程のものだ。




「“グレン”はもう、私のもの、なのですね?」
「えぇ。フリアさんが、魔力を提供してくれる限り、これからも同じように“グレン”は存在することができるわ」

「それでは、遠慮無く、“グレン”を目覚めさせることにします」
「フリア? そんなこと、できるの!?」
「それはダメよ! グレンだけでなく、貴女自身の命も削るのよ!? それに、結界だって……」

フリアの言葉に、慌てる母。




一方フリアは“寿命が縮む”といわれても、眉一つ動かさずに、先程の笑みを浮かべたままだ。


未だ、顔色は悪い。

悪戯めいた笑みが、邪悪に見えてしまうのは、その顔色の悪さも一役買っているのではないだろうか、とも思ってしまう。





「魔獣の脅威は去りました。もう、王宮を囲む結界も、“奈落の谷”を覆う結界も必要はありません。“グレンの躯”を核に、二つの結界を張っていたようですけど、もう、結界自体が必要ないのですから、問題は無いですよね」



そう、母に告げると、今度はこちらに視線を寄越してきた。



そして、ゆっくりと立ち上がる。




時折、足下が覚束ないような動きを見せる彼女を、支えようと伸ばした手を、そのまま掴まれる。




緋色の瞳が、真っ直ぐに、己を映しだす。




「グレン、私と一緒に、死んでくれるかしら?」

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