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92さだめなのだから、しょうがない。

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“ガロン兄さんが、死んじゃうよぉぉっ”

瘴気に包まれたこの檻の中。
悲痛な叫びが鼓膜を振るわせる。


まさか、と思い、結界の外に出る。
そこには、地に蹲るガロンと、泣きそうな顔のシエル。

ガロンの袖口と蹲る地面に、所々散る朱い華。
それが、意味する、こととは……

状況を理解するに従って、進む歩調は速くなる。

二人の前に立ったとき、その惨状に声を失う。

浅い呼吸を繰り返すガロン。
悲痛な表情で、兄とこちらに視線を彷徨わせるシエル。

無意識に、責めるような口調で問いかけるが、その答えは返ってこない。

己の中に渦巻く魔力。
瘴気を大量に取り込みながらも、痛みはさほど感じなかった。
それが、意味するものとは。



「――ガロンは、私の、“彼ガ身”、だったのね」


シエルが戸惑いと共にこちらを見詰める。
ガロンは、苦いものを噛み砕いたかのような表情をしたかと思うと、下を向いてしまった。


“彼ガ身”
その、言葉だけは、聞いた事がある。

“バイアーノとマイアーを繋ぐ術”

母は、私に、そう教えてくれた。
それが、どういう意味かは、終ぞ聞くことはできなかったが。

つまり、そういうことなのだろう。

バイアーノが受ける何らかの“よくないもの”を、代わりにマイアーがその身に受ける。
きっと、“彼ガ身”とは、そういうことなのだろう。

“我が身に代えて、彼が身に捧ぐ”

いつから、なのだろう。
いつから、ガロンは、“私の代わり”だったのだろう。

少なくとも、私の記憶に残らないくらい昔に、その契りを交わしたはず。


マイアーが一方的に結べるものなのか、バイアーノの了承が要るものなのか、それはわからないが……



――私は、ずっと、護られてきたのね。



独りだと、思っていた。

もう、私は独りで立っている、と。


今後、私がどこに居ようと、何をしようと、私に全て返ってくるのだと、思っていた。

だから、多少の無茶でも踏み込めた。




その、負荷を、ガロンは……



「ありがとう、ガロン。ずっと、護ってくれて。でも、今日で、終わりにしましょう」



私の言葉に、ガロンは悲壮感を滲ませる。

それでも、私の意志は変わらない。





「私は、誰も、傷ついて欲しくないの。私のために、辛い思いを、して、欲しく、ないのよ」




私の心は、私のモノ。

私の身体も、私のモノ。

他の、誰にも、干渉は許さない。

たとえ、それが、ずっと、心を向けてくれた人たちであっても。



私は紡ぐ。

かつて、一度だけ、母が呟いた、“解放”の呪文。



“覚悟も、義務も、向けられる心も、その全てを、投げ出したくなったとき、使いなさい”と。

全てを投げ出したいわけでは、ない。

けれど、“バイアーノの呪い”が消え去った今となっては、“彼ガ身の犠牲”は必要ない。



それに、彼には、次に繋いでもらわなければいけない。

ここで、私の身勝手な行動のツケを払い、命を危険に曝すことは、しなくていい。






――私は、独りで、いい。

独りの方が、気楽でいい。

誰かを求めて、弱くなってしまうなら、誰も求めずに、独りで立ち向かう方が、ずっと、いい。



これで、もう、私を繋ぐものは無い。

私は独り、戦える。


そう、思っているのに。







「兄さん!! いつまでボーッとしてるの! フリアちゃん! いつまでも、僕を“弟のシエル”って油断してると、僕の方が護る側になれちゃうんだからね!」


こちらをキッ、と見据え、そう、宣言したシエル。



瘴気が溢れる。

そこから次々に魔獣が躍り出る。

その、魔獣に向かって駆けていくガロンと、シエル。





――どうして、あなた達は、そこまで、してくれるの?




こんなにも、あからさまに、手を振り払ったというのに。

それなのに、何故、心を向けてくれるの。



己に傷を負いながら、どうしてこちらに微笑んでくれるの。


それが、“バイアーノ”と“マイアー”の運命さだめなのだろうか。

その名を冠する限り、名に込められた呪いさだめは、消え去ることなど、ないのだろうか。











「フリア様! 大変です!」
「リカルダ様!? どうしてここに!?」

この、魔獣溢れる“常夜の森”の中心に、辿り着けるはずのない彼女。

この瘴気の中、彼女は魔獣を屠りながらこちらへと駆けてくる。




「リカルダ様! ここは危険です!」
「心配無用です! わたくしはそこまで弱くありません」
「違っ、ここは、瘴気で――!!」

彼女の力量は、知っている。
これくらいの魔獣であれば、簡単に屠ることができるということくらい。




問題は、充満する瘴気だ。
瘴気が彼女を蝕みかねない。
そう、慌てたのだが……



彼女の羽織るローブを見て、その心配は無いと知る。




――あれは、ガロンのコート


母が、ガロンに贈ったコートだ。

“常夜の森”の中で、娘と行動を共に出来るように、と渡した、それ。

ガロンとシエル、それぞれ贈られたはずのそれを、彼女は身に纏っている。

屋敷で見たときは、身につけていなかったはずだが……





「フリア様、御父上が、御乱心です!」
「――は?」

ざわり、心が揺れる。

近くで立つ、彼女。
よくよく観察すると、所々に魔獣のものではない朱が散っている。

「リカルダさん! 怪我、してます!?」
「いえ、これはわたくしのものではありません」
「――御乱心、とは、どういう――」

彼女の登場に、二人も驚き、側まで駆け戻ってくる。




「――その……、エルノー殿が……」
「――おとうさまが?」

私の言葉に、ガロンとシエルが同時に息を呑む。


「エルノー殿が、その……奥方と、ローズ嬢を……」

――手討ちになさいました。



「はっ!?」
「えっ!?」
「なっ!」

三人とも、雷に打たれたかのように、その場に硬直する。


「今、屋敷の者たちが、鎮めようと、健闘しておりますが……。わたくしは、それを伝える口実で、あの場を逃がされました。“行き先は、そのコートが示してくれる”と、これを渡されて」

これ、といいながら、身に纏うコートを掴む。


「――嘘だ、こんなに、早く……」
「ガロン?」

呟いた彼は真っ青だ。
顔を覗き込むと、キュ、と眉を寄せて、視線を逸らされる。




「――まだ、大丈夫だと、思っていた。俺が、“受け口”になれば、しばらくは、なんとかなる、と……高を括っていたツケが、この様か……」
「まさか! 魔獣化!? で、でも、こんなに、早く……。最低でも、一年は保つと、思っていたのに!」



ガロンの呟きを聞いて、一気に状況が見えてきた。




“禁術”を使って、“血族”として縛った。

その、副作用は“魔獣化”だ。

時を経て、ゆっくりと魔獣へと、心も体も変貌してしまうというもの。



しかし、それは、どんなに早くても、“禁術”を施してから、一年は保つはずなのだ。





あの人に、術を掛けてから、まだ一年になるには日が足りない。
それなのに、どうして……



「フリアの魔力が、強すぎたんだ……。それでも、俺が受けている限りは、なんとかいけるかと、思って、伝えていなかった……。すまん、フリア」
「ガロンが、気に病むことは無いわ。これは、完全に私の失態よ。ガロンが、正当にバイアーノの血を引いていると分かった時点で、終わらせるべきだったのだわ」


己のことで手一杯になって、周囲に気を配れていなかった。

屋敷の者達は、手練れだ。
女子供関係なく、“そういう”訓練を受けるのだ。



きっと、無事。
無事で、あって欲しい。




今、この状況で、私が“常夜の森”を離れる事ができない。

ここで、溢れる魔獣を消し去らなければ、“常夜の森”を抜けてしまう。



今、バイアーノの者達は、魔獣化したあの人を抑えるのに、手一杯だろう。

そのうえ、“常夜の森”から、魔獣が溢れては、さすがに対応することが出来ないだろう。






「とにかく、魔獣を倒すわ!」

そう言って、魔力を巡らせる。
瘴気から生れた魔獣たちは、一斉に、差し出された魔力に集まってくる。


「フリア! 無理はするな!」
「大丈夫よ、これくらい!」

ガロンから、気遣う言葉を投げられるが、ここで手を抜いていられないのだ。




ツキリ、ツキリと刺すような痛みが身体を巡る。
久方ぶりに感じる、ダイレクトな痛み。

――ずっと、ガロンには、辛い思いをさせてしまった。



本来なら、この痛みは、私が一人で抱えなければならないものだ。



それを、なにも言わずに、負担してくれた彼に、深く感謝する。







「消え去りなさいっ!!」

言葉と共に、魔力を解放する。



眩い光がその場を照らす。

これで、今、顕現している魔獣は一掃できたはず。

あとは、漂う瘴気が魔獣になるか、私が瘴気を引き受けるか、どっちかだ。




どちらにしろ、まだ、猶予はある。

その隙に、屋敷へ行って、あの人を弑さなければ。







光が次第に弱くなる。
それとともに、何かがもの凄い勢いで近付いて来る気配が。

その気配に注意しながら、光が収まるのを待つ。

辺りを照らす、光が弱まったとき、やっとその気配が、姿を現す。




「――あぁ、お久しぶりですね。――オトウサマ」

辛うじて、ヒトの姿の名残のある、魔獣が、そこに立ってた。




真紅を纏い、こちらを見据える瞳は黄金。

その姿は、まさに、“バイアーノ”




禍々しい魔力を纏い、憎しみの眼差しでこちらを睥睨する。




“始まりの魔獣”と“魔獣の末裔”が、静かに、確かに、睨みあう。




終わりの時は、刻一刻と、着実に忍び寄る。

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