上 下
74 / 104

73どうかわたしに、居場所をちょうだい。

しおりを挟む


ふわり、ふわりと白が舞う。

ゆっくり、音も無く、積もっていく。

時折、地面の白を攫うように風が通る。

窓際に片肘をつき、外の様子を眺めながら、“いつものお茶”で喉を潤す。






「――貴方のところでも、もう、雪が降っているのかしら?」

応えの無い呟きは、凍てつく空気に紛れて消える。







“彼”が、王宮ここを離れているうちに、季節が一つ始まりを告げた。

次の季節が巡ってくれば、己はここを去る。



――それまでに、帰ってきてくれたら、いいのだけど。





「――いいえ、違うわね。」

ふ、と目を細める。




――次の季節が、やって来るときに、己はここに、居ないかもしれない。






右手の小指に嵌まる、四つの指輪を眺め、小さく息を吐く。

指輪が四つ集まったあの時、それぞれの大きさが変化し、四つで一纏めともとれるような形状に落ち着いた。

全て合せても、元々の一つ分の幅にしかならないうえに、裏面に刻まれている家紋は、四つ重ねてはじめてユキノシタの模様を示す。

ここまで露骨に示されると、もはや疑いようのない証拠である。




――“姉巫女の四つの欠片”

まさに、今、この手の中にある。


これらを、取り込む方法さえわかれば、後は……。







「――“還る”のではなく、“還す”のよね…。」




――向こうに行くのは、“バイアーノ”であって“フリア自分”ではない。

そう、言い聞かせ無ければ、決意が揺らいでしまいそうだ。






――グレンに会うまでは、“消える”わけには、いかない。



会って、伝えたいことが、あるのだ。




もし、ここを去るときに、彼が帰ってこなかったとしても、伝えたいことが、ある。

もし、“還る”ときが来ても、グレンに伝えるまでは、私は消えることが、出来ない。






――大丈夫。絶対に、私は、この世界ここに、残ってみせるわ。

軽く拳をつくり、上からそっと指輪に触れる。




――“変わらぬ思いを、貫く”



二つの意味を込めた印。








「――グレン、貴方、どこに居るのよ…」

漆黒の青年を、想う。




いくら、遠方だとしても、文の一つでも、寄越してくれたっていいではないか。

グレンは、私の魔力の流れを辿ることが出来るのだ。
どんなに遠かろうと、その文は届くはずである。

文が届けば、魔力の道が出来る。
そうすれば、こちらからも文を飛ばすことだってできるのに。


――文を出す暇も無いくらい、多忙なのだろうか。

――きちんと、休めているのだろうか。

――体を壊しては、いないだろうか。




――私の事を、憶えて、いるのだろうか……。













―――カタン、

物思いに耽る思考の片隅に、僅かに開いた扉の音が。






「――!……殿下…」

振り向けば、扉から躊躇いがちにこちらを覗く殿下の姿が。




「――ごめん。……少し、いい、かな…?」
「え、あ、はい。―――どうぞ。」


紅茶を用意し、殿下の向かいに座る。





――殿下を見たのは、あの時以来、ね。



遙か昔のように感じるが、実際はほんの数ヶ月前だ。


グレンが旅立って、すぐの出来事を思い出す。




アメーリエ嬢と共にくつろいでいた殿下を苦しめてしまった、あの日の事を。







視界に入るのも、入れるのも、声を聞くのも、名を、呼ぶのでさえもダメだと告げられた、あの日。
それから一切の接触をもっていない。


それなのに、何故、今になって目の前に姿を現したのか。





――早く、使命を果たせ。
と、伝えに来たのだろうか。



手がかりを手に入れてから、全くもって進展の無いこの課題に、とうとう催促か…。






「――フリア嬢…その…」

徐に口を開いた殿下だが、一向に次の言葉が出てこないようで、視線を彷徨わせるそのさまが、忙しない。



「―――…殿下…?」
「ぁ、あぁ、…ごめんね。――その、…言いにくいのだけど…。」



一向に、視線を合せようとしない殿下に、疑問が募る。





――次期国王が、一貴族に対して、言葉をこれ程濁してもよいのだろうか…。









やがて、意を決したように、顔を上げ、視線が交わる。




「――フリア嬢…、現人神わたしの側室として、王宮ここに残ってはもらえないだろうか。」
「お断りします。――――ぁ。」




意図せずして、口から出た言葉に、驚愕する。

目の前の殿下も、断られるとは思っていなかったらしく、ポカンとした表情を浮かべている。





――その表情が、どことなく、グレンと重なった気がして―――。






「――あ、あの…その…。なんと、言いますか、その…私には、課せられた役目がありますし…。それに、その…。“消える可能性”が、ゼロでは、無いので…。」



――もし、使命としては成功しても、望む結果を手に入れられなかった場合、“この世界”から、私の存在が消滅してしまう可能性だってあるのだ。


――と、いうか、可能性としては、そちらの方が、高いのだ。





それならば、確実に残れる候補を側室にした方が、安心だろう。









「――フリア嬢は、現人神わたしが嫌い?」

眉を寄せ、口をへの字に、困ったような表情の殿下と視線が交わった瞬間、視界が揺れる。




――ここにはいるはずの無い、面影が重なる。





「―――っ、……!」


視界が、振れる。
見えない何かに、引き寄せられるように、体が前に傾ぐ。



「フリア嬢っ!?」


殿下がこちらに向かって腕を伸ばす。




――肩に触れたその温もりを、私は、知っている…?





そう、思ったときにはすでに、視線の先に殿下は居らず。

触れられたはずの肩にも、温もりは感じられない。

ただ、視界を覆う暗闇だけが、そこに広がっていた。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:200,050pt お気に入り:7,265

瞬間、青く燃ゆ

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:1,022pt お気に入り:154

あなたの運命の番になれますか?

BL / 連載中 24h.ポイント:24,460pt お気に入り:385

死に戻り令嬢は、歪愛ルートは遠慮したい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:33,158pt お気に入り:1,574

日野くんの彼女

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:16

今更愛していると言われても困ります。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:119,259pt お気に入り:2,978

出会ってはいけなかった恋

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:17,225pt お気に入り:852

悪妻なので離縁を所望したけど、旦那様が離してくれません。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,181pt お気に入り:4,563

ケーキの為にと頑張っていたらこうなりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:23,353pt お気に入り:413

クーパー伯爵夫人の離縁

恋愛 / 完結 24h.ポイント:13,213pt お気に入り:4,289

処理中です...