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73どうかわたしに、居場所をちょうだい。
しおりを挟むふわり、ふわりと白が舞う。
ゆっくり、音も無く、積もっていく。
時折、地面の白を攫うように風が通る。
窓際に片肘をつき、外の様子を眺めながら、“いつものお茶”で喉を潤す。
「――貴方のところでも、もう、雪が降っているのかしら?」
応えの無い呟きは、凍てつく空気に紛れて消える。
“彼”が、王宮を離れているうちに、季節が一つ始まりを告げた。
次の季節が巡ってくれば、己はここを去る。
――それまでに、帰ってきてくれたら、いいのだけど。
「――いいえ、違うわね。」
ふ、と目を細める。
――次の季節が、やって来るときに、己はここに、居ないかもしれない。
右手の小指に嵌まる、四つの指輪を眺め、小さく息を吐く。
指輪が四つ集まったあの時、それぞれの大きさが変化し、四つで一纏めともとれるような形状に落ち着いた。
全て合せても、元々の一つ分の幅にしかならないうえに、裏面に刻まれている家紋は、四つ重ねてはじめてユキノシタの模様を示す。
ここまで露骨に示されると、もはや疑いようのない証拠である。
――“姉巫女の四つの欠片”
まさに、今、この手の中にある。
これらを、取り込む方法さえわかれば、後は……。
「――“還る”のではなく、“還す”のよね…。」
――向こうに行くのは、“バイアーノ”であって“フリア”ではない。
そう、言い聞かせ無ければ、決意が揺らいでしまいそうだ。
――グレンに会うまでは、“消える”わけには、いかない。
会って、伝えたいことが、あるのだ。
もし、ここを去るときに、彼が帰ってこなかったとしても、伝えたいことが、ある。
もし、“還る”ときが来ても、グレンに伝えるまでは、私は消えることが、出来ない。
――大丈夫。絶対に、私は、この世界に、残ってみせるわ。
軽く拳をつくり、上からそっと指輪に触れる。
――“変わらぬ思いを、貫く”
二つの意味を込めた印。
「――グレン、貴方、どこに居るのよ…」
漆黒の青年を、想う。
いくら、遠方だとしても、文の一つでも、寄越してくれたっていいではないか。
グレンは、私の魔力の流れを辿ることが出来るのだ。
どんなに遠かろうと、その文は届くはずである。
文が届けば、魔力の道が出来る。
そうすれば、こちらからも文を飛ばすことだってできるのに。
――文を出す暇も無いくらい、多忙なのだろうか。
――きちんと、休めているのだろうか。
――体を壊しては、いないだろうか。
――私の事を、憶えて、いるのだろうか……。
―――カタン、
物思いに耽る思考の片隅に、僅かに開いた扉の音が。
「――!……殿下…」
振り向けば、扉から躊躇いがちにこちらを覗く殿下の姿が。
「――ごめん。……少し、いい、かな…?」
「え、あ、はい。―――どうぞ。」
紅茶を用意し、殿下の向かいに座る。
――殿下を見たのは、あの時以来、ね。
遙か昔のように感じるが、実際はほんの数ヶ月前だ。
グレンが旅立って、すぐの出来事を思い出す。
アメーリエ嬢と共にくつろいでいた殿下を苦しめてしまった、あの日の事を。
視界に入るのも、入れるのも、声を聞くのも、名を、呼ぶのでさえもダメだと告げられた、あの日。
それから一切の接触をもっていない。
それなのに、何故、今になって目の前に姿を現したのか。
――早く、使命を果たせ。
と、伝えに来たのだろうか。
手がかりを手に入れてから、全くもって進展の無いこの課題に、とうとう催促か…。
「――フリア嬢…その…」
徐に口を開いた殿下だが、一向に次の言葉が出てこないようで、視線を彷徨わせるそのさまが、忙しない。
「―――…殿下…?」
「ぁ、あぁ、…ごめんね。――その、…言いにくいのだけど…。」
一向に、視線を合せようとしない殿下に、疑問が募る。
――次期国王が、一貴族に対して、言葉をこれ程濁してもよいのだろうか…。
やがて、意を決したように、顔を上げ、視線が交わる。
「――フリア嬢…、現人神の側室として、王宮に残ってはもらえないだろうか。」
「お断りします。――――ぁ。」
意図せずして、口から出た言葉に、驚愕する。
目の前の殿下も、断られるとは思っていなかったらしく、ポカンとした表情を浮かべている。
――その表情が、どことなく、グレンと重なった気がして―――。
「――あ、あの…その…。なんと、言いますか、その…私には、課せられた役目がありますし…。それに、その…。“消える可能性”が、ゼロでは、無いので…。」
――もし、使命としては成功しても、望む結果を手に入れられなかった場合、“この世界”から、私の存在が消滅してしまう可能性だってあるのだ。
――と、いうか、可能性としては、そちらの方が、高いのだ。
それならば、確実に残れる候補を側室にした方が、安心だろう。
「――フリア嬢は、現人神が嫌い?」
眉を寄せ、口をへの字に、困ったような表情の殿下と視線が交わった瞬間、視界が揺れる。
――ここにはいるはずの無い、面影が重なる。
「―――っ、……!」
視界が、振れる。
見えない何かに、引き寄せられるように、体が前に傾ぐ。
「フリア嬢っ!?」
殿下がこちらに向かって腕を伸ばす。
――肩に触れたその温もりを、私は、知っている…?
そう、思ったときにはすでに、視線の先に殿下は居らず。
触れられたはずの肩にも、温もりは感じられない。
ただ、視界を覆う暗闇だけが、そこに広がっていた。
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