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69使命と覚悟と現状と。
しおりを挟むグレンがジェラルド様に連れられて屋敷を出てから暫く。
再び門から呼び出し音が鳴る。
「――はい。……、あの…どちら様でしょうか。」
門を開けて出迎えるも、見知らぬ二人がそこに立っていた。
――否、全く見当がつかない訳では無い。
とても、見覚えのある配色である。
「はじめまして。私はエリア・フォーセル。テオの姉で、魔術師団団長をやっているわ。」
「お初にお目にかかります。わたくしはジルド・ロレンテと申します。ジェラルドの兄で、騎士団団長を任されております。」
「あ、はじめまして。フリア・バイアーノです。」
門前で自己紹介。
このままここに立っているのも、失礼かと思ったので、とりあえず部屋へと案内する。
そこで、お茶とお茶菓子を出して、私も席に着く。
「唐突で申し訳無いのだけれど、…フリア様は、魔獣を消し去る術を御存知なのかしら?」
「先程、国王陛下から、“魔獣を消し去る術をフリア様が知っている”と伺ってね。」
「――方法だけなら、オズボーン国で示して頂きました。……まだ、進めることができていませんが…」
――“残りの欠片を集め、取り込む”そう、示されはしたが、それだけだ。
具体的に、何をどうすればいいかは、これから考えていかなければならないのだ。
「なにか、手がかりは無いのですか?」
「後宮で出来る事は限られていますので…。一度、領地に戻って、再度、書物などをさらってみないことには、なんとも、ですね…。」
――有事の時は、事後承諾でこの屋敷から抜けてもいいと許可はもらっているが、今、それを使ってもいいものかどうか、正直迷うところでもある。
「陛下から、フリア様に、これを預かって来ておりますわ。」
差し出されたのは、紋章入りの封筒。
内容を読むと、とても簡潔。
“長期間留守にすることを許可する”というものだった。
――あぁ、なるほど。……そうよね。
心に、僅かな靄が広がる。
――この国を担う者として、魔獣の脅威から国民を護る術があるのなら、一刻も早く、と思うのは仕方のないことだろう。
チラ、と、二人を見ると、微笑みが返ってくる。
「今後、進展などありましたら、私達をお呼びください。」
「この件につきましては、我々夫婦が承っておりますので。どちらを呼んで頂いてもかまいません。」
「ぇ、と…お二人とも、お忙しいのでは…。」
――テオ様にしろ、ジェラルド様にしろ、数日間隔でこの屋敷に顔を出す。
それに、きっとこれからも毎日のようにこの屋敷に訪れる魔術師がいるのだ。
話ならば、そちらを通した方が負担にならないのでは無いだろうか…
「心配は要らないわ。…それに、弟たちもこれから忙しくなって、こちらに顔を出す頻度は減るだろうし…。それに、ここに入り浸っている“魔術師”は、非番が長かった分の補填として、暫くは遠方勤務となるから。」
「――わかりました。よろしくお願いします。……もし、彼の勤務地が、“長期休暇の所為”でそこに配属されるのなら、私にも少なからず責任はありますので…。なにか、あれば、遠慮無く私にも申しつけください。」
「えぇ、その気持ちだけ、有難く受け取っておくわね。」
――この胸の奥に、僅かに燻る思いを悟られないように、笑顔を貼り付ける。
――今、この場所を離れて、領地へ帰ること。
――それが、今、私のやるべき事なのだから…。
その後、連絡方法などを確認して、二人は去って行った。
――しかし、テオ様とジェラルド様のお姉様とお兄様が、夫婦だったとは。
しかも、揃って団長…。
両家、かなりエリートである。
そんなエリートな方々が、そろいもそろって私の屋敷担当で大丈夫なのだろうか。
――否、エリートだからこそ、だろう。
――絶対に王家を裏切らない。
その、信頼を勝ち得ているからこその、“監視役”。
「――よし。じゃぁ、帰りますか。」
暗く、沈みそうになった思考を、言葉と共に振り払う。
――とりあえずは、実家の方に顔を出さなければね…。
――結局、グレンに領地についてきてもらう話をする前に、帰ることになってしまった。
しかも、暫く“飛ばされる”なんて…。
でも、まぁ、私がここに居る間には、帰ってくるわよ、ね。
――だから、次会った時にでも、誘ってみましょう。
そう、心に決めて、転移魔術を発動する。
そして、彼女は姿を消した。
もしかすると、出発前に彼が顔を出すかも知れないと思い、伝えるべき、言の葉を残して。
「―――フリアっ!!……っ…、――なに、これ…書き置き…?」
“魔獣の脅威からこの国を護る為の術を探しに、私は帰るわね。――私の所為で、グレンには迷惑ばかりかけるわね。体に気をつけてね。”
「―――なんで…。」
ぽつり、呟いた言葉は誰にも聞こえない。
「――帰って、来る、よね…?――もう、会えないなんてこと、ない、よ、ね…?」
先程、国王に告げられた言葉が頭を過ぎる。
“魔獣の脅威から、この国を護る唯一の方法。それは、公が”姉巫女の欠片“を全てその身に宿し、封じられた故郷へと還る事。――そう、託宣が降りた。”
それは、つまり…
彼女が、この世界から、消え去るということではないのか。
――彼女は、それを受け入れたのか。
――なにも、告げずに、己の前から、姿を消したのか。
そこまで考えて、頭を振る。
――違う、きっと、なにか理由がある。
――きっと、誰かに、そう、言われて…。
―――それしか道が無いと、示されて…。
「っ、……。――そうか、」
なぜ、考えつかなかったのだろう。
「――王!…なぜ、フリアを危険に晒す!?」
「――落ち着きなさい。―――ユリエル。」
「っ!」
――全てを動かしているのは、国王その人ではないのか。
そう、思い当たって、足を運んだのだが…
なぜか、おかしい。
「――公は、己の意志で帰ったのだ。その、心を尊重することも、現人神の役目だとは、思わないか、ユリエルよ。」
「―――っ、違…、俺は…ユリエルじゃ…、」
王の瞳に映るのは、間違いなく、漆黒の青年。それなのに…
「――ユリエル、近くに来なさい。」
「―――ぁ……、ぃ、ゃ、」
距離を取ろうと、後退るその足が、己の意志に反して前へと進む。
国王が、“ユリエル”と現人神の名を呼ぶ度に、鼓動が激しく脈打つ。
それとは対照的に、思考が徐々に散漫になっていく。
――違う
――違う、俺は…
――俺は…
―――おれ、は…
「ユリエル、手を、出しなさい。」
「―――、は、い…」
力なく、挙げられた腕に、純白の腕輪が嵌められる。
瞬間、全てが、遠く、白く、染まっていく。
――嫌だ、
――嫌だっ、
――俺は…まだっ、
足掻けば足掻くほど視界は白く染まり、意識が深く沈んでいく。
――もう、ぜんぶ、しろく…
「――ユリエル、気分は」
「――わたしは、なんとも。…しかし、父上――」
口に出そうとして、父に止められる。
「――影は、影だ。…名は、必要ない。」
「――ですが、確かに、“彼”は…」
「ユリエル。我らは現人神だ。――仮の姿に、引き摺られるべきでは、ない。それに、影も含めて、己自身だ。――残りの期間、己の心に従い、妃を選定するように。」
「――はい。心のままに、父上。」
離れた二人が、一つになるために…。
悔いの無い、選択を。
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