上 下
66 / 104

65私ときみとで歓談を。

しおりを挟む






――髪を梳く、その指が心地いい。


――ふ、と

意識が浮上する。
同時に瞼が震える。

すると、それに気付いたのか、ゆっくりと温もりが遠ざかる。

その、温もりを惜しむように、瞼を開けて、視線を向ける。






「――グレン……?」
「―――ぁ……、」

視線の先には、金色の瞳に驚きを湛えた漆黒の青年が。







「…えーと…、久しぶり、ね。」
「あぁ、」
「――突然なのだけれど…どうして、寝室ここに…?」

私の問いかけに、一瞬視線を彷徨わせた彼は、言いにくそうに、口を開く。





「――フリアが、倒れて…その…、」
「運んでくれたのね?――ありがとう。」

言われてみれば、屋敷の門まで来たことは記憶にあるが、その先が全く思い出せない。




つまり、敷地内で昏倒していた私を、非番明けで様子を見に来てくれたグレンが見つけて、寝室まで運んでくれたということだろう。

――まったく、私は本当に、グレンに助けてもらってばっかりね…。


苦笑を漏らしつつ、起き上がる。





「――まだ、横になっておけば…?」
「もう、大丈夫よ。うーん、でも、そうね…。――グレン、ちょっと待たせることになってしまうけれど、いいかしら?」

了承の意が返ってきたので、いそいそと湯浴みの準備に取りかかる。




「侍女を、呼ぼうか?」
「それだけは…ちょっと…」

一連の出来事を思い出して、笑顔が引き攣る。

――湯浴みくらい、自分でしたい。



私の反応に、なにか納得したのか、グレンがそれ以上、侍女を勧めてくることは無かった。









「――じゃぁ、なるべく早く戻るわね。」
「いい。ゆっくりしてきなよ。」

自分で飲み物を淹れながら、片手を上げるグレンに背を向けて、部屋を出る。












――ぱたん、と扉が閉まる。



一人になった部屋で、カップを傾ける。


「―――拒否は…、されなかったな…。」

己の手を見詰め、呟く。




先程、寝室で、彼女は己がそこに居ることを拒まなかった。



そればかりか、瞼を上げた彼女の視線は、間違いなく己の指を追っていた。
――まるで、名残惜しむかのように。




両手の指先を絡め、テーブルに両肘を付けて、絡めた指に額を当てる。



――期待しても、いいのだろうか。





――傍に、居てもいいと、想ってくれているのだろうか…。








「お待たせ、グレン。」


「――もっとゆっくりしてきてよかったのに。」
「だって、待たせてたらやっぱり気が急くもの。」




本当に急いで支度をしたのだろう。
再び現れた彼女の髪は未だしっとりと濡れている。




向かい側のソファーに腰掛けた彼女は、両手に風を纏わせ、髪を乾かそうとしているようだ。




「――ねぇ、それ、俺にやらせて?」
「――え…?」

答えを待たずに立ち上がり、彼女の背後に立つ。

風の魔術と炎の魔術を掛け合わせて、温風を纏った手で、恐る恐る彼女の髪に触れる。



初めのうちは、驚きか、固まっていたフリアだが、徐々に肩の力が抜けていくのがわかる。
それに伴い、こちらも、ぎこちなさが消えていく。




「――熱かったり、しない?」
「えぇ、気持ちいいわ。」

ふ、と二人の姿が窓に反射して映る。
フリアは瞳を閉じて、己に為されるがまま、預けてくれている。





さらさらと、徐々に軽くなっていく真紅の髪。




――もう少し、もう少しだけ…。

そう、思っているうちに、綺麗に全て乾ききってしまった。




「――これで、いい?」
「――ありがとう、グレン。」

最後に、仕上がりを確認して、声を掛けるとフリアが振り返って満面の笑みで答える。



「誰かに髪を乾かしてもらうなんて、何年ぶりかしら。」
「誰かの髪を乾かしたのは、フリアが初めて」

「そうなの?それにしては、とてもうまかったわよ?」
「――自分のは、乾かすから…」

首筋で一纏めにしている漆黒の髪をつまんで答える。



「――あぁ、確かに、その長さを乾かすのなら、上達しそうね。」

納得したのか、彼女は笑う。




「ところで、グレン。髪型を変えたの?」
「――…、なんで?」
「だって、いつもは腰辺りで緩く結んでいたじゃない?でも、今日は首の辺りでしっかり結んでいるから…。」


フリアの言葉に、ドキリとする。





――腰の辺りで結んでしまうと、“長さの異なる一房”が目立ってしまうのだ。




「――まぁ、たまには…変?」
「いいえ。私は、そっちの方が似合っていると思うわ。――それに、前の髪型だと、暗がりで見つけても、後ろ姿が殿下と見分けがつかないもの。」
「っ!」

カップに伸ばしかけていた手が止まる。




「―――…俺は…似てる…?」


恐る恐る、問いかける。



彼女の返答によっては、この、穏やかな日々が終わりを告げるのかも知れないのだ。

人知れず、鼓動が走る。




「うーん。そうねぇ…。やっぱり、背格好は似ているわよね。あとは…そうね…殿下、たまに、グレンみたいな言葉遣いをすることがあるのよ。――そういうときは、似てると、思うことが、無くもないわね。」

――グレン、殿下の影武者とか出来るんじゃないかしら。




そう、朗らかに微笑む彼女に、ホッと胸を撫で下ろしている己がいることに、嫌気が差す。





――いつまで、背を向けているつもりなんだ……!

そう、唇を噛み締めるが、やはり、言葉が出てこない。






「――グレン、あのね…」
「…うん?何。」

ス、と姿勢を正した彼女に、つられて背筋が伸びる。


――なにを、言われるのだろう…
――やはり、正体に気付いて…





「――グレン、いつも、ありがとう。」
「―――ぇ…?」

フリアの口から出たのは、何の変哲も無い、感謝の言葉。

しかし、己に向けられる理由が思いつかない。






「――テオ様から、聞いたの。私をオズボーン国から連れ出す為に、グレンの魔力が枯渇してしまった、と。」
「――――、」
「思い返せば、ここに来てから、私はグレンに助けてもらってばかりで…。――それなのに、私が、グレンの為に出来る事は、何も無いの…」
「そんなことは、無い。――俺も、フリアに助けられている。」

眉根を寄せて、辛そうに話す彼女の言葉を遮って、想いを伝える。



「力とか、そういうものばかりじゃ無くて……、ここに来ればフリアが居る。それだけで、俺は、…満足、だから…。オズボーン国のことも、俺が、フリアに、ここに居て欲しかったから、迎えに行っただけで…。――フリアが、気に病むことは、何も無い。」

そう、言うが、相変わらず表情は暗い。




「――でも…グレンに、無理をさせてしまったわ…。」
「――じゃぁ、逆に聞くけど。…もし、俺が…。――魔力が足りなくて、消えてしまいそうになったら、フリアは、…どうする…?」
「私の魔力をあげるわ。――今、持っている魔力を全て。……それでも、足りなければ、私が生成できる限り、全ての魔力をグレンにあげる。」

「――それは、フリアにとって、負担になるよね?」
「でも…。グレンが居なくなってしまうほうが、嫌、だもの…。」






俯く彼女の隣に立って、その頭に掌を乗せる。




「――つまり、そういうこと。……わかった?」

小さく一つ頷く気配が掌に伝わり、満足する。






――そうか、フリアは、




――俺が消えるのは、嫌、なのか…






ただ、それだけの言葉で、こんなにも胸が満ちるのは、何故だろう。



しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...