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64ぼくからきみへの、今後の話。

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「――では、殿下。…私は、これで。」
「待って!……後宮まで、送ろう。」
「いえ。…お手を煩わせるだけですので。」

緊急招集で行われた魔獣討伐が無事に終わり、各々の場所へと帰っていく。
まだ日が高いうちから始まった討伐だったが、もう既に黄昏時を過ぎようとしている。

自領の者達を屋敷へと転移魔術で送り届けた彼女も、すぐさま部屋を出ようとする。

彼女を引きとめるも、あっさりと躱されてしまう。
それでも、少々強引に手を差し出し、エスコートの体をとる。

“王太子殿下”にそこまでされては、さすがに断ることは出来ないのだろう。
渋々ではあるが、彼女はその手に軽く手を添えて歩き出す。







「先程は、無理をさせてしまったね。」
「――いえ。微力ではありますが、殿下のお力になれたのであれば、光栄ですので。」
「――フリア嬢が居なければ、状況は悪化する一方だったから、本当に、助かったよ。」
「――そう、ですか。」

屋敷へと向かいながら、歩みを進める。


いつにも増して事務的で、口数の少ない彼女を不思議に見やる。





――嫌われてしまった、かな……。

思い返せば、ユリエルこの姿で彼女と顔を合せたのはごく僅か。
その、ごく僅かな場面は全て“公的な”ものであったし、今回に至っては、“おり”ならまだしも“魔力の供給源”として彼女を扱ってしまったのだ。
距離を置かれて仕方がない。





――それでも、グレンの為を思えば、仕方がなかった、というのは…ただの、言い訳、か。



ふ、と小さく息を吐く。



――己のもう一つの己。
この躯を共有する、もう一人の存在を護る為には、ああするしか無かったのだ。



神力と同等の魔力を有する、もう一人の己は、魔力無しでは存在自体が消えかねない。

先日の一件で、殆どの魔力を失ったグレンは、ユリエルの中で眠らなければならないほど、消耗してしまっていた。



ただでさえ、魔力が満ちるのに時を要するのに、この王宮や奈落の谷の結界は、グレンを核に維持されている。
魔力が回復するどころか、徐々に綻びが大きくなっていたのはその所為だ。






――フリア嬢の屋敷で、茶と茶菓子を摂取すると、少しだけではあるが、魔力の回復量が増加していたのだが…。
結局のところ、魔力の放出量に回復量が追いつかなかった。






――このままでは、グレンが消滅、もしくは永遠とも思うほど長い間、眠り続けることになってしまう…!

そう、思った時には、彼女の腕を掴んでいた。

グレンが消滅せずに、結界を維持できる程度の魔力を貰う予定だったのが、気付けば全てを補って余りある程の量を彼女から“奪って”しまった。




彼女はなおも気丈に振る舞っているが、相当、身体に負担をかけてしまったはず。




――グレンが、マイアーの兄・ガロンから聞いていたことを思い出す。




“フリアは瘴気を魔力に変換できます。しかし、許容量を超えてしまうと、壊れてしまうでしょう。”

――“濁流で水車が崩壊してしまうように。”




急激に体内の魔力が減ってしまったら、魔力を生成しようと、彼女の身体は…。






「――殿下。…ここまでで、十分ですので。」
「―――、あ、あぁ、うん。」



気がつけば、屋敷の門まで来ていた。

足を止めた彼女は、門を背にしてこちらを見上げる。




まるで、“さぁ、帰れ”とでも言っているようだ。





――中に入れろとまでは言わないから、せめて姿が見えなくなるまで、見送りたい。





「――フリア嬢が屋敷に入るまで、見守らせてもらうね。」

「――そう、ですか…。」



諦めたように、一礼して背を向ける彼女を見詰める。





門を抜け、屋敷の扉を開こうとした彼女の指先が、空を切る。








――危ない!



そう、思った瞬間に、視界が黒く染まる。





「――フリアっ…!!」



駆けながら、手を伸ばす。

彼女がゆっくりと沈む。





間一髪で、己の腕に抱きとめた彼女の顔色はとんでもなく悪い。




「――フリア……、っ、すまない…っ…!」

固く瞼を閉じる彼女からの反応は、無い。


漆黒の髪が一房、彼女の顔にかかる。それを、無造作に払いのけ、立ち上がる。




――とにかく、寝かさなければ。


扉を開け、寝室へと運ぶ。
足を進める度に、だらんと下げられた腕が力なく揺れる。


ベッドを整えて、彼女を寝かせる。
やはり、顔色は悪く、呼吸が荒い。
額に手を当て、熱を確認するが、発熱はしていないようで少し安堵する。






そのまま転移魔術で自室に向かい、手早く身を清め、服を整えるとすぐに彼女の元へと転移する。



――相変わらず、顔色は優れない。




己が、彼女に出来る事はなにも無い。それでも、心配で、側に居たかった。




――原因を作ったのは、己なのだが…。




彼女の顔に掛かる、真紅の髪を優しく避ける。



そのまま、ベッドの縁に凭れながら、彼女から目が離せない。







―――フリアがフリアで居てくれるなら、それでいい。

――もし、二度と“グレン”として、彼女とまみえることが出来なくても、“ユリエル”の中から、彼女を見守ることが出来れば、それで、いい。

――フリアが、笑って過ごせるなら、それで、いい。

――グレンが、フリアの側に、居なくても。



…彼女が、笑って、いるのなら。


――それで…。









オズボーン国から、力づくで彼女を帰国させるとき、魔力を極限まで削られた己は、そう、思ったのだが。





「―――ダメだ…やっぱり…、…耐えられない。」

ふ、と自嘲気味に呟く。




指通りのいい、真紅の髪を梳きながら、答えることの無い彼女に、語りかける。



「――あと、半年も、無いのに。…ねぇ、フリア。――俺の為に、後宮ここに残って、って言ったら、フリアは、困る…よね…。」



――彼女には、使命がある。
誇りに思い、全うすることを誓う、使命が。



今、彼女が後宮ここに居るのは、“白羽の矢”に選ばれたという“義務”があるから。




それも、あと、半年足らずで終わりを迎える。




――現人神ユリエルがフリアを選ぶことは、無いだろう。

――フリアが、ユリエルを想って、留まることも、無いだろう。

――グレンが、フリアを追って、王宮ここを離れることも、できないだろう。





そう、なると、フリアとの縁は、切れる。






――己は、現人神が選んだ妃を眺めながら、永久の時をユリエルの中で過ごすのだろう。




妃が決まれば、現人神は常に妃と共に在るようになる。

今のように、一人の時間をとることが出来なくなる。






――だから、離れてしまったら、もう、二度と、フリアと会えなくなる。
まみえたとしても、グレンは彼女と言葉を交わすことさえも、できない。






――もし、フリアが、“グレンの為に”後宮ここに残ってくれるのならば…



――現人神ユリエルの側室として、後宮ここに、留まってくれる、と、言ってくれるのならば…。





そこまで考えて、止めた。







ありもしない期待を胸に抱くだけ、無駄だ。





きっと、グレンとユリエルが同一であると知れば、彼女は身を引くだろう。

“この国の安寧の為に”と、現人神に忠誠を誓う、家臣の立場を決して崩すことなど無いのだろう。






――グレンがどんなに願おうとも、彼女が揺らぐことは、無い、だろう。






「――俺が、ただの、魔術師団員だったら……。」

迷うこと無く、彼女の手を取るだろう。

領地に来ないか、と誘われたあの時点で、きっと。



あの、差し伸べられた手を、なんの憂いも無く、とることが出来たなら…。







「――手が、届かないのなら……」

――最初から、願ったりしなかったのに。




「――出逢わなければ、よかった、の…?」

――グレンとユリエルが混ざり合ったまま、“グレンの意志”など持たずに、永久の時を、過ごしていられたのに。





――こんなになるまで、彼女に負担を強いることなど、無かったのに。



――現人神と関わる程、フリアは危険に曝される。
否、フリアを危険に曝しているのは、グレンか。


今だって、こんなに苦しそうなのは、グレンが魔力を“奪った”から。
彼女の負担になると知っていながら、彼女の腕を取ってしまったから。








「――いっそ、永遠に…」

――眠ってしまえば、よかったのに。






現人神の中で、何も感じず、なにも想わず、ただ、ひたすらに、揺蕩う存在になれば、よかったのに。









「――フリア、ごめん…」

応えの無い呟きは、通り過ぎる風に溶けて、消え去った。
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