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55もう、この手を離すことは、無いだろう。
しおりを挟む「――俺は、彼女を連れ戻すために来た。」
「神子様を、現人神に引き渡すため、かい?」
「彼女は、“現人神”の“妃候補”だ。――易々と他国にくれてやる気は、無い。」
真っ直ぐな視線を受け止めながら、言葉を返す。
すると、店員は一瞬目を見開いたが、すぐに声をあげて笑い出した。
「あはは!お兄さん、面白いことを言うねぇ?…“妃候補”なんて、そんな名目を与えて、神子様をいいように使うんだろう?――逃げられないように、呪を植え付けてまで、どうしてあんたたちは、そこまで彼女を縛るんだい?」
「―――呪?……なんだ、それは…?」
――フリアに掛けられているのは、“愛した人に裏切られると死に至る”呪いだけであるはずだ。
それ以外は無いはず。
それに、こちらがフリアに何かしたという記憶は無い。
「――もうすぐなんだよ。もうすぐで、現人神から受けた呪を、親神様が塗り替えてくださる。……そうすれば、神子様は永遠に、この国のもの――。」
「――っ!!」
店員の姿が、揺らぐ。
一瞬、姿を見せたそれは、額縁に飾られていたあの、絵に描かれた人物そのままで。
「っ!」
「っ!?――ま、待てっ!」
走る。
伸びてくる腕を躱して。
彼女の元まで。
「―――フリアっ!!」
「っ!?―――グレン?」
――風が、抜ける。
彼女が振り向くその間際。
真紅の髪がふわりと浮き上がる。
その、露わになった肩に残る、“白羽の矢”の傷痕。
「―――なっ…!!」
その、傷痕の形が、変化している。
否、実際に傷痕を目にするのは初めてだが、聞いていたのと、形が違う。
“傷痕が三日月に見えるなんて、面白いわよね。”
そう、彼女は言っていた。
しかし、今、そこにあるのは、弓張り月。明らかに、三日月からかけ離れている。
―――まさか。
ひとつ、思い当たる事がある。
フリアは現人神の矢をその身に受けた。
通常、そのような事態はあり得ないし、あってはならないことだ。
だから、その後がどうなるか、誰一人として知る由も無い。
“現人神の呪”とは、おそらくあの矢傷であろう。
それが、どういう効果をもたらすかは、残念ながら予想することは出来ないが。
“呪を塗り替える”
というのは、それはつまり、現人神の象徴である月を、太陽神の象徴である太陽へと変化させるという事では無いのか?
よくよく考えると、たしかに、満月は形だけで判断すると太陽ととることだってできる。
「―――フリア、帰ろう!迎えに来た!」
「―――グレン、どうしたの?そんなに慌てて…」
手を伸ばす。
彼女に触れる瞬間、視えない膜に阻まれる。
「っ!?」
「グレン……?」
勢いよく手を引いた己を心配したのか、フリアが名を呼んで首を傾げる。
「―――何でも無い。……フリア、シェーグレンに帰るぞ。」
「向こうでなにかあったの?もしかして、魔獣?」
「――否、違う。ただ…。」
彼女の言葉に返しながら、心臓は早鐘を打つ。
彼女を覆う膜のようなものに触れた瞬間、魔力がごっそり引き抜かれた。
引き抜かれたというよりは、消え去った。
まるで、神気に触れて浄化されたように。
――不味いな。
あまりにも、魔力を失ってしまうと、この姿を保てない。
今、この場所で現人神に戻るわけにはいかない。
他国というのもあるが、それ以上に、フリアの前で、変化する姿を見られるわけにはいかないのだ。
まだ、打ち明けて居ないから。
慢心である、と理解してはいるが今、フリアを、彼女の意志でシェーグレンに連れ戻せるのは己だけ。
彼女が、彼女の意志でシェーグレンへと戻る選択をしなければ、何度でもオズボーンは彼女に手を伸ばすだろう。
そして、彼女は伸ばされた手を振り払うことはしないだろう。
そして、いつしか魔獣と共に“封じられた故郷”へと還されるに違いない。
それは、つまり、彼女がこの世から消え失せるということ。
――それだけは、駄目だ。
絶対に、させない。
「――ここじゃ、ゆっくり話せない…場所を、変えないか?」
「えぇ、それは、いいのだけど…。どこに行けばいいかしら?」
言われて、気付く。
己はオズボーンをよく知らない。
場所を移そうと言ったものの、適当な場所など思い当たらない。
「一旦我が屋敷に戻られますか?」
「あ、そうね、お願いできるかしら?クロエ。」
「畏まりました。」
オルガの双子の姉であるクロエに促されて、元来た道を戻る。
「――グレン、大丈夫?なんか、ふらついているみたいだけど…。――よかったら……」
差し出された手に、触れる瞬間に思い出す。
――先程の膜の存在を。
「――否、いい。」
「っ!……、そ、そう。……なら、いいのよ。」
フリアの申し出を断った瞬間、周囲がざわめきだす。
――“神子様を拒んだ”
――“やはり、シェーグレンは…”
――“神子様は、シェーグレンに帰るべきでは、無い――”
「―――、ぁ…っ――!」
前を歩く彼女のその肩に刻まれた傷痕。
その、弓張り月が、丸みを増す。
周囲のざわめきに後押しされるかのように、ゆっくりと、確実に、望月を象るために、満ちていく。
「――フリア――…、」
「――いいのよ。気にしないで。」
――拒まれることには、慣れているわ。
――違う。
――違う、拒んでなど、いない!
――その手をずっと、望んでいる。
――その心を、誰よりも、焦がれているのに。
振り向かずに、言葉だけで返す彼女。
その、背に向けて両の腕を伸ばす。
彼女を後ろから、両腕の中に捉えたと同時に、魔力の殆どが消え失せる。
「ぐ、グレンっ!?」
「――フリアは連れて帰る!――フリアが居ないと、俺が、嫌だからっ!!」
――もう、姿を保っていられない。
純白の髪を視界に入れながら、最後の魔力でフリアの魔力を掴む。
「――王宮に、帰ろう。」
強制的に同調させた互いの魔力で転移魔術を使用する。
――視界が白く染まる。
――黒が、白に染まっていく。
――深く、深く、染まる。
もう、腕の中の彼女の姿すら、捉えられない程に、白く――。
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