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54こちらの想いを知りながら、それでもあなたは進むのか。

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シェーグレン国を統べる現人神。
その、王の自室で、現人神と人間の魔術師が向き合って座している。




沈黙が、場を支配する。




現人神は、両の拳をキツく握り締め、漆黒の魔術師は椅子の背もたれに深く体をあずけ、腕を組んでいる。



「―――………、そんな、事が……。」
「俺はフリアを迎えに行く。――異論は、」
「――無い。」

力なく紡がれる、王の言葉を聞くなり、勢いよく立ち上がる。
そのまま足早に、扉へと向かう。




「――王太子殿下は、暫く“休日”だ。」

項垂れる王を背に、扉から出る間際、言い放つ。

王の返事は無い。
しかし、歩みを止めることは無い。




――数日、王太子殿下が不在でも問題は無い。
公務の予定も無いし、確認すべき書類は既に終えている。




「……グレン様?」
「――あぁ、アルノルフ、数日の間留守にする。」
「ぇ、えぇ、それは、かまいませんが……。」

オズボーン国へと発つ前に、自室で数日間の予定を確認しているところに、アルノルフが現れた。


その手に抱えている書類を素早く抜き取り、急ぎの案件のみに目を通す。
新たな書類にサインをしながら、アルノルフに告げると、困惑しつつも了承の意が返された。



――おおかた、完全にグレンの姿で、ここに居ることに困惑しているのだろうが、それには構っていられない。

――どうしても気になるのなら、王へと直接伺いを出してくれ。





「ちなみに、どちらまで?」
「オズボーンだ。――グレンジャー家が、ゲートを設置している。そこから向かう。」

両国を結ぶ役割を担うグレンジャー家は、両国にある屋敷に、常にゲートが設置されている。
使用するには管理者の承認が必要になるが、オルガを連れて行けば問題は無い。



「―――オルガ。」
「はーい、お呼びですかー?」

一言、名を呼べば、部屋の隅からその姿を現した彼女を引き連れ、グレンジャー家へと転移魔術で移動する。



さすがに、一般の魔術師団員が王太子殿下直属のメイドを引き連れて王宮を歩く様を、誰かに見られるわけにはいかない。






「あちらのグレンジャー家はー、神都の中程にありますのでー、迷わないように気をつけてくださいねー!」

オルガは、壁に掛けられた布をバサッと跳ね上げる。

布で覆われていた空間の先には、今立っている部屋と全く同じ内装の光景が。
まるで、鏡合わせのようだ。


違いと言えば、己が映っていたい事くらいか。

オルガの言葉に、一つ頷いてから、空間へと足を踏み出す。



一瞬、ふわりとした浮遊感に襲われるが、気付いた時には、目的の場所に着いていた。
背後を振り返ると、向こう側でオルガが手を振っている。
どうやら、無事に辿り着けたらしい。

オルガに頷いてから、背を向け歩き出す。
部屋を出る際、今一度振り返って見ると、空間はただの壁となっており、あちらへと繋がる道は綺麗さっぱり消え去った。



グレンジャー家の者から、神殿までの地図を受け取り、屋敷を後にする。





「―――さてと。」

地図を頼りに歩を進めながら、オズボーン国の中央都市の街並みを眺める。

グレンの姿で、オズボーン国へと足を踏み入れたのは初めてであるし、ユリエルの姿でオズボーン国へと訪れた時は、神殿に直行するゲートを使用したので神都と呼ばれるこの街並みを歩くのは初めてだ。





「――ん?…、これは…。」

ふと、店先に並べられている商品の中に、見覚えのある配色を見つけて足を止める。

小振りの額縁で装飾されたその絵には、真紅の髪に緋色の瞳を持つ女性が、後光を纏いながら磐座の上に佇む姿が描かれている。




――今代の太陽の巫女は、金色の髪にモスグレーの瞳だったはず。
先代の太陽の巫女も、この色では無かったと記憶している。




「いらっしゃい。――あら、もしかして、お客さんはシェーグレン国から来たのかい?」
「――あぁ、そう、だが…」
「じゃぁ、今見ているそれと同じ色を持つ方と同じ国に住んでいるのねぇ!もしかしたら、会えるかも知れないんだろう?羨ましい限りだよ!」

店先の絵を眺めていると、店員であろう女性が話しかけてきた。



「――この絵に描かれている人物を知っているのか?」

一瞬、フリアをこの店員が知っているのかとも思ったが、店員は大きく首を振る。

「やだねぇ!知っているもなにも、このお方はあたしらの親神様。――つまり、太陽神様を描いたものだよ。このオズボーン国出身で知らない人は居ないよ。」
「――これが、太陽神…。」

まるで、フリアがそこに佇んでいるようにしか見えないその姿。



「そう!それで、シェーグレン国には、いらっしゃるんだろう?親神様の生き写しの姿を持つ方が。もうね、オズボーンの国民にとっては、そのお姿を一目でも見る事が出来るかもしれない、シェーグレンの国民が羨ましくてねぇ……!」
「そう、なのか…」

店員の気迫に後退る。
それでも、店員は興奮気味に捲し立てる。


「今、このオズボーンへ、そのお方が訪れているという噂が流れていてね。昨日、この通りを、グレンジャー家の娘と歩いるのを見た者が居るんだよ!だから、一目でも、お目に掛かりたいと、今日はここいらの店は全て営業しているのさ!」
「―――そ、そうなのか…」



―――この店員、圧が凄い。



「ほら、こうして店先に親神様の絵を置いておけば、ご自分と同じ、と興味を惹かれて立ち止まってくださるかも知れないだろう!?」

――今の、お兄さんみたいにね。



そう、微笑みかけられる。




「おにいちゃん、シェーグレンの人なのー?」

店員に、どう返事をするべきか戸惑っていると、足下から掛けられた声に視線を向ける。
数人の子供達が己を見上げている。


しかし、どうして、こんな小さな子供でさえ、シェーグレンの者を見分けることが出来るのだろうか。

己の出で立ちを今一度確認するも、特に目立った特徴などは無いはずなのだが…。

「シェーグレンの人は、夜の匂いがするの!だから、わかるの!」
「おにいちゃんは、特に強い夜の匂いがする!」
「――そう、か。」

――夜の匂い。全く理解できないが、ここはそういうものだと納得するしか無いのだろう。



「――だから、今は、どっかに行って欲しいなぁ…」
「うん、おにいちゃんが居たら、神子みこ様が来てくれないかもしれないもん。」
「神子様は、シェーグレンの人が嫌いだから、きっと、他の通りに行っちゃうよぉ。」

「こらこら、おまえ達。お客様に、そんなことを言ってはいけないよ。――ごめんねぇ、お兄さん。」
「―――いや。それより、シェーグレンを嫌っている、とはどういう意味だ?」

恐らく、子供達が神子と呼んでいるのは、フリアの事だろう。太陽神と姿が同じだから、神の子と書いて神子。
神に仕える太陽の巫女とは、また違った信仰の対象になっているのではないだろうか。


「子供の言うことだからさぁ、気に――」
「だって、シェーグレンの人は、神子様に酷いことをするって聞いたの!」
「神子様をバケモノって、嫌うんでしょう!?」
「なのに、神子様を戦わせて、自分達は知らん顔で過ごすのよね!」

「―――!」
「こらこら、おまえ達。あまり、お客さんを困らせるんじゃないよ。」



店員が宥めるも、複数人集まった子供達は次々に口を開く。

「親神様は神子様を助けるために、オズボーンに呼んだのよ!」
「神子様が、シェーグレンに帰らなくてもいいように、きっと、けんぞくに迎えてくれるのだわ!」
「!?…眷属に、だと…!」

「そうよ!けんぞくになれば、ずっと親神様と一緒に居られるのだもの。」
「そしたら、ずっと、オズボーンに居てくれる!」
「シェーグレンに居るより、ずっと、ずっと幸せよ!」

「おにいちゃんだって、神子様のこと、嫌ってるんでしょう?…だって、シェーグレンの人、だから。」
「そんなことは、無い。」

そんなこと、あるはずが無い。


現に、今、彼女を連れ戻そうと、足を運んでいるのだから。



――俺は、フリアを手放す事を、望んではいない!





「あ!」
「あっ!」
「神子様だ!!」

突然、周囲がざわめく。
何事か、と辺りを見渡すと、目に見える限り全ての人が地に膝を折り、頭を垂れている。

――あの、生意気に捲し立てていた子供達でさえも。

そして、皆が頭を垂れるその先。



緋色の瞳に困惑の色を浮かべて、クロエに話しかける彼女の姿が。





「―――っ、ふ――っぐ!?」

手を伸ばし、駆け寄ろうとした体を、強く引き戻される。
そのまま、店の影へと連れて行かれ、彼女の視界から完全に消えたところでその手を解放される。



「――なにをする!?」
「お兄さんこそ、なにをしようとしたんだい?」




先程まで、にこやかな表情を浮かべていた店員が、射貫くような視線で言葉を投げてくる。



これは、本格的に、なにかある、な。



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