愛した人に裏切られると命が危ないので、愛のない家庭を築こうと思います。

れん

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50そこに居ることを、求めている。

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「―――グレン、……魔力を、……、合わせて…」
「――フリア?……それは……。」

抑揚の無い声で、フリアは告げる。



しかし、告げられた言葉の意味に思い当たり、己は躊躇いをみせる。






――魔力を合わせる。

即ち、彼女の過去を視る、ということ。




前回は、不可抗力で視てしまったものだが、今回は視える事を理解したうえでの申し出。
それ程、己を信頼していてくれるということなのだが、やはり、相手の過去を視ると言う行為に対して、躊躇ってしまう。




「――グレンになら、いいよ。…だから…、」
「――、わかった。」

―――フリアの心が、軽くなるのなら。


静かに目を瞑り、魔力の流れを捉える。



前回よりも、かなり激しく荒れているが、構わず魔力を同調させる。


魔力が混ざり合うにつれて、徐々に意識が遠ざかる感覚。
その感覚に、身を任せて流される。








「―――、…リア――…フリア?」
「―――…、んー?…なぁに、アリシア伯母さま?」

呼ばれて、振り返る。
その先には、朱の混じった茶色の髪に、栗色の瞳を持つ女性の姿が。


女性は腕を広げ、こちらに微笑みかける。
己の気持ちなど置き去りに、身体は勝手に走り出す。
そして、広げられたその腕の中にすっぽりと収まり、満足気に笑う。





「あぁ、フリア。貴女はほんとうに、ガロン様そっくりね。」
「んー?ガロンさまぁ?だぁれ?」

きょとん、と首を傾げる己に向かって、アリシアは少し、寂しげに微笑んでから、口を開く。



「――ファムの、お兄様の名よ。」
「おかぁさまの?おにいちゃん?…んー、わかんない。フリア、みたことないわ。」

身内に知らない人がいることが、不満だったのだろうか。己は頬を膨らませながら答える。







――今は、いつの過去だろう。




思考を巡らせる。



前回視た頃よりも、少し幼いように感じるフリアの身体。
“ガロン”という単語に反応しない事からも、彼等を紹介される前であると思う。




しかし…。
己は内心、頭を抱える。


――何故、亡き夫の名を、そのまま子に名付けたのか。


本人同士が会うことは無いが、二人を知る人物は混乱するに違いない。

なにせ、同じ名なのだから。




「フリアが知らないのは、しょうが無いことよ。ガロン様はね、フリアが生れる前に、旅立ってしまったから。」

真紅の髪を愛でながら、彼女はゆっくりと語りかける。
年端もいかぬ、幼子に。

理解できるはずは無いと、わかっていながら、胸の内を、そのままに。




「ガロン様はね、ファムのお兄様。でも、生まれつき、身体が弱かったの。――それに加えて、瞳に宿す緋色は、初代と同じ魔力を持つ証。……通常のバイアーノよりも、ずっと、すっと身体に負担のかかる魔力。――だから、ね。最初は、“二桁年を重ねることは不可能だろう”と言われていたそうよ。」

フリアを抱えながら、ソファーに腰掛ける。


「だから、ガロン様の出生自体、無かった事にされたのよ。――その後生れたファムが、めでたく次代の素質を持っていたのも手伝って、ガロン様の記録は一切削除された。」
「――ファムの鏡となったとき、彼を初めて目にしたの。その緋色が、とても、綺麗で…一目見て、捕らわれてしまった。」

フリアの瞳を除き、真っ直ぐに見詰めながら、その瞳は、今は亡きその人を写しているのだろう。



「彼は、彼を知る周囲の予想を上回って、年を重ねた。彼と結ばれて、子を宿して、これから、というときに……。――逝ってしまったけれど。それでも、嬉しかったの。“彼と共に在った”という、証をもつことが出来て。」




「――生れたのが、男の子だとわかった時は、ほんとうに、ほんとうに、嬉しかった。――せめて、彼の名をこの世に残したい。彼の名を、後の者達が、忘れないように。彼の、生きた証が、残るように。そう、想いを込めて、名付けたの。」

フリアの顔を、両手で包み込み、己と視線が交わるように、固定する。


見上げたその瞳には、強い、意志の光が宿っている。




「お願い、フリア。ガロンと、共に歩んで。……どんなことが、あっても、その手を――離さないで。貴女が、手を伸ばす限り、わたしたちマイアーは離れることが出来ないのだから。」

――そうすれば、ガロン様も、ガロンも、…もちろん、フリア、貴女も。生き続ける事が出来るから。





「――それに、わたしの願いも、叶うのよ。」
「おねがい?なぁに?」

じっと話を聞いていたフリアが、初めて口を開く。
おそらく、理解できるところがそこだけだったから、だろうが…。





「真紅の髪に緋色の瞳を持つバイアーノと、朱の混じった茶色の髪に、栗色の瞳を持つマイアー。その二人が、共に歩み続けること。」
――わたしが、叶えることの出来ない夢を、貴女たちに託すのよ。




「うー、……わかんない……」
「いいの。今は、わからなくても。でも、きっと、貴女はガロンを気に入ると思うわ。」

ふくれっ面のフリアの頬を、両手で包みながら、アリシアは笑う。




――未だ見ぬ未来を想像しながら。


その夢が、潰えることも知らずに、幸せそうな笑みを浮かべて。











瞬間、光が爆ぜる。
一瞬にして、目の前の光景が崩れ去った。

「―――、ぁ……」
「―――身代わり、だったのね。――ガロンも、私も。」

先程と同じ姿勢のまま、フリアは呟く。
それでも、ほんの僅かではあるが、声に生気が宿っていることにホッとする。




「アリシア伯母様にとっては、ガロンと私が共に歩む事が、何よりの夢、だったのね…。」

――伝える前に、潰えてしまったけれど。




溜息と共に、フリアが身じろぐ。



「その身を以て、母を救ってくれた、母の命の恩人の願いを、叶えることは出来ないけれど………。でも、他の願いを叶えることは、出来そうね。」

するり、と腕の中から抜け出して、立ち上がったかと思うとその場で伸びをする。






「あーあ、せっかく、“血族を作った”のに、ぜーんぶ、無駄だったわね。」

薄ら寒さをおぼえるほど、いっそ清々しい笑みに、目を瞠る。


「……、それは、どういう…」
「うん?あぁ、“血族を作る”ってやつ?そうね、グレンは知らないのだものね。」

言いつつ、再び壁に凭れて話しだす。




「私ね、今まで“正当なバイアーノの血筋”は私だけだと思っていたから、今回、領地を留守にするにあたって、実の父親に“禁術”を使って、“血族”として固定してきたのよ。」
「禁術……」

その単語を、再び彼女の口から聞くことになろうとは。





「そう。バイアーノに伝わる“禁術”。“強制的に縁を繋ぐ”事ができるのだけど…。やっぱり、禁術なのよ。―――副作用が、ちょっと過激らしくてね。」
「――副作用……?」


「そう、副作用。書物でしか読んだことは無いけれど、まぁ、近いうちに実際に目にするだろうから、本当か否かはそのとき確認するわ。」





明るく言い放つ彼女。



「その、副作用、とは…?」




己の問いに、少しだけ考える素振りを見せたが、すぐに笑顔で告げる。



「副作用はね、“禁術をかけられた人間が、魔獣へと姿を変える”ってものよ。」
「え、…!」

驚き、二の句が継げない己に、なおも笑顔を崩さずに、彼女は続ける。




「そんなに心配しないでいいわよ。だって、私は魔獣討伐の専門家よ?後処理はきちんとするわ。」
―――この手でね。



「そ、れは……」
「そうね。親殺しは、重罪よね。――でも、いいのよ。………先に、手を出してきたのは、むこうだもの。」

その、冷えた声音に、あの時の光景が甦る。



血溜まりに蹲り、肩から止めどなく流れ出るそれをそのままに、慟哭していた、あの日の彼女。

あの、怪我は、父親に負わされたものだったのだ。

理解すると同時に、想う。




――彼女は、どこまで孤独と闘い続けるのだろう。



――もし、許されるのなら、その孤独を払うのは、己でありたい。




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