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48そして、物語は、巻き戻る。

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「――私ね、思ったのよ。あの、夢の世界は、“封じられた故郷”だって。」

隣で、興奮気味に話すフリアは、無邪気に笑う。




「“封じられた故郷”?」
「そうよ、きっと。だって、あの時は気付かなかったのだけど、今思い返すと、読んだ通りの場所だったもの。」



首を傾げる己など意に介さず、立ち上がると、本棚から一冊の本を取り出し、戻って来る。




「――この、初代の手記に記されていた世界は、存在するのだわ!――凄い、夢みたい。」
「………意味が、わからない…」
「あ、ごめんなさい。つい、はしゃいでしまって…。」



一瞬、しょぼんと肩を落すが、すぐにまた話し出す。

「――グレンは、…バイアーノと、マイアーが、魔獣の血を引いている家系ってこと、知っているのよね?」
「――――あ、ぁあ…」

――まぁ、知らされたのはユリエルで、だが。




「テオ様がしっかり話してくれたのね。――それでいて、未だ、私と過ごしてくれているのでしょう?ほんとうに、ありがとう。」
「―――別に。フリアは、フリアだ。」
「―――ありがとう、グレン。」




ぽふん、と背もたれに寄りかかりながら、若干浮いた足を前後に揺らす。




「“封じられた故郷”と言うのは、初代バイアーノが生れた世界。……そうね、うーん…。グレンは、何故、魔獣が生れたか、知っている?」
「――多少は。」




――あの日、父から聞かされた。……ユリエルが。




「人の心から生れた魔獣を、封印するために、月と太陽の力を使用したのも?」
「あぁ、」
「そっか。…グレンて、意外と、消された歴史も知っているのね。」
「――まぁ、」

言われて、ドキリとする。

ここは知らないふりでもするべきだっただろうか。


確かに、魔術師団員が、この国の裏側の歴史をある程度知っているというのは、不自然かもしれない。




「でも、まぁ、知っているなら、話は早いわね。――それで、月と太陽の力、なんだけど…。」
――あれは、かなり暈かした表現ね。



視線を下げ、グラスに注いだ桃色の液体を飲み下し、小さく呟く。



「暈かした表現、と、言うと?」




問い返せば、少し迷っているような、言葉を選んでいるような、そんな表情を見せたあと、意を決したように口を開く。




「――魔獣と、魔獣になってしまう恐れのある人達を、封印するために……、――現人神と、太陽の巫女は、人身御供――つまり、生贄となったの。」
「―――え――?でも、だとすると…」



――現人神も、太陽の巫女も、途絶えてしまう。







シェーグレン国で、現人神と呼ばれるのは、国王と、その息子一人。むしろ、子は一人しか、生れない。必ず、男児が一人だけ。


遙か太古の昔から、そうだと思っていたのだが…。
それに、太陽の巫女も…。




太陽の巫女とは、隣国オズボーンを治める統治者。
最高神を太陽の女神とし、その女神に仕える巫女が、国政を取り仕切る。

太陽の巫女は、現人神と違い、最初から巫女として生れるわけでは無い。
巫女の家系に生れた女児が、人間としての生を終えたとき、その者が選ばれし者であれば、再び甦る。

一度、人としての生を終え、新たに“太陽の巫女”として神に仕える。―――と、聞いているのだが…。




「“奈落の谷”が出来る前……。まだ、平和だった頃は、現人神も、太陽の巫女も、複数人生れていたそうよ。でも――。“封印”を施してからは、どちらも、一人しか生れないのよ。」



再び、グラスに口を付ける。

そして、ソファーの上で、膝を抱える体勢になるフリアを見詰める。




――彼女は、どれ程の事を知っているのだろう。

国を担う家系の己でさえ、知らされていない話を、バイアーノは脈々と受け継いで来たというのか。




「――話が逸れたわね。――それで、贄となった現人神と巫女なのだけど…。どちらも、当時でも珍しい、双子だったらしいの。シェーグレン国は、当時、国王の補佐として過ごしていた弟君が、“この身が人々のためとなるなら”と手を挙げた。オズボーン国の巫女は…どちらも、手を挙げなかった。……当然よね。自国になんの関係も無い隣国を救うために、命を投げ出せと言われたようなものだもの。でも、提案者は、己が仕える太陽神。逆らうわけにはいかないわ。だから、二人は籤を引いたのよ。“贄に相応しいのはどちらか”と、神に委ねて。」
「――で、結果は…」

「――妹巫女が、勝ったわ。――そして、儀式は行われた。兄の、現人神と、妹の、巫女の手によって。封印の術式が完成する間際、姉巫女が言霊を発したの。」





――“必ず、わらわは、この地に舞い戻る!――あらひとがみよ、憶えておれ!わらわは、貴様を、許さない!”

姉巫女の言霊を、打ち消すように、弟君が言霊を放つ。

――“わたくしが、創ります!楔と成りて、こちらより平和な世界を。魔獣が……迷えるモノ達が、留まりたいと、そう、願えるような、美しい世界を!”


「そんな、事が…」

あまりの衝撃に、言葉を失う。

――全ては、現人神の先祖が、招いた事態だったのだ。

――歴史には決して語られることのない理由が、わかった。




「それで、ここまでが、“奈落の谷”が出来る前の話。――どうして、この話が、初代の手記に記されているのか、というと。」

そこまで言って、フリアはグラスの液体を勢いよく飲み干すと、迷い無く、視線を合わせてくる。




「“封じられた故郷”での、バイアーノの当主は、かつての、“姉巫女”の欠片なの。」

「“封じられた故郷”は、当時の現人神の弟君が創造した世界。そして、その世界で、姉巫女は本体を弟君の住まう王宮に残して、四つに分かれたの。………封じられた者たちの中でも、“受け入れる者”と“否定する者”で分かれていてね…。姉巫女は、“受け入れる者”の家系を見張り、封印の術式を解除する手立てを探すために、それぞれの家系に代々仕える執事へと姿を変えた。」

途方もない話だ。全てが真実とは限らないだろう。しかし、己は実際に、初代と相対している。
そして、フリアが語ったその内容と、同じような言葉を投げられた。




――あの、憎悪に塗れた瞳。



あの時は理解できなかったが、フリアの話を聞いた今は、わかる気がする。あの、感情が。






「――もう、わかっているとは、思うのだけど…うちの初代は、太陽の姉巫女の欠片のような存在なの。でも、彼は、姉巫女から与えられた役目を放棄する形で、シェーグレン国…現人神に手を貸しているでしょう?それ、とても、おかしいと思わない?」
「――確かに。姉巫女からすると、シェーグレン国が魔獣に滅ぼされようと、関係ない。いっそ滅されてしまえ、くらいに思っていそうだな。」



この矛盾、どう、説明するのか…考えてみたが、わからない。どんな大きな変化があれば、憎むべき相手を助けるという行為が出来るのか……






「――初代はね……その時、仕えていた、年端もいかぬ少女の決意を、手助けしたくて、……この世界に身を写したのよ……。」




心なしか、フリアの表情が引き攣っているような気がする…。

空いたグラスに、再び液体を注ぎ入れ、傾ける。




「初代は、わりと、筆まめだったようでね…、その…、仕えていた少女の様子を初め、いつ、どんな事をしたか。…例えば、初めて歩いた日のことや、言葉を発した時。――果ては、初めて名を呼ばれた日時なんかの思い出を、綴り、いかに主が、素晴らしいか、愛くるしいかを、延々と書き連ねていたわ………」






語られることのない内容を思い出してか、先程よりも表情は硬い。




「――そんなモノを、まだ、少女と呼ばれる年齢だった過去の私は、延々と一人、禁書庫に閉じ込められながら、読まされたのよ……。」

――ほんと、地獄を見たわ。



当時の記憶が甦ったのだろう。
地を這うような声音。
眉間に深く刻まれた皺。
勢いよく、グラスを呷るその姿は、普段の彼女からは想像出来ない程、荒れている。




「―――フリア、そろそろ……」

――そろそろ休め。





そう、言いかけたところで、彼女は再び語りだす。


「“封じられた故郷”で、母に会ったの。―――それでね、私、確信したわ。」



ふらふらと、覚束ない足取りで進み、本棚に手記を差し込んでから、こちらを振り返る。

「――私は…バイアーノわたしたちは…、ひとを愛すると、狂うのよ。」
「―――は?」
「――初代が、世界を軽々と越えたのは、少女を想うただ一心。――母が、あの人を、“禁術”で縛らなかったのは、己が死してなお、あの人を、愛しているから……。“禁術”で縛れば、“裏切られる事”など、ありはしないのにっ!――考えてみれば、そうよ。先々代も、その先も、ずっと、ずっと前から、バイアーノは短命だった。それは、“愛した人に、裏切られた”から。“生き残る”方法を、わかっていながら、理解していてもなお、それをしなかったのは……――、狂って、しまうから、なのよ。」
「―――、フリア?」



本棚に寄りかかり、俯く彼女の表情を読み取ることは出来ない。

その体勢のまま、ズルズルと沈み込み、床に座り込む。




「私は、ひとを、愛しては、いけないのよ………!」

頭を抱え、蹲る彼女に、掛ける言葉が見つからない。



ふと、フリアが飲んでいた液体の入った瓶を眺める。





「―――、フリア、これは、……誰から。」
「―――ぅん?………あぁ、それ――?テオ様と、ジェラルド様が置いていったの。――“我等には甘すぎて飲めないので”と。」

「――、そう。………、とりあえず、今日はもう、休め。」
「ぇ、あ、うん。」

手を差し伸べ、返された手を掴み、引き上げる。



自ら歩こうとするものの、やはり、ふらついていて覚束ない。
見ていられないので、さっと横抱きにし、寝室の扉を開ける。



耳元で喚くフリアを布団で押さえつけ、“入眠”と“酔い覚まし”の魔術を掛ける。

すぐに、効果が現れたらしく、規則正しい呼吸に変わる。




部屋を出る際に、机の上に置きっぱなしになっている瓶を回収する。



「―――テオ、ジェラルド………。なんてモンをフリアに与えたんだっ!」



殆ど中身は空になっているが、一人の時に、残りを口にされたら堪ったもんじゃない。



屋敷に背を向け、歩き出す。





―――せめて、酒の飲み方を、教えねば。




そう、胸に刻んで。






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