愛した人に裏切られると命が危ないので、愛のない家庭を築こうと思います。

れん

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44相反する、白と黒。

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「―――すまんな、ユリエル。」
「――――いいえ。」

部屋に入ってくるなり、しゅん、と肩を落とす父に、形ばかりの返事を返す。


フリア嬢が呼び出された茶会で、退席を余儀なくされ、内容を知らさることは無かった。


フリア嬢から特に何も言われなかったし、二人からの接触があったわけではないので、油断していた。





――他に手立てはあったはずなのに、完全なる己の失態だ。






「では、行って参ります。」
「……有り体ではあるが…気をつけて、な。」
「――はい。」

父に返し、部屋を出る。


報告では、もう既に人員は揃っており、いつでも出発できる状態だ。






集合場所へ着き、辺りを見渡す。
討伐部隊は、いつも通りの人員だ。こちらは全くもって問題は無い。

一通り、隊員と視線を交わしていると、聞き慣れない声が響き渡る。





「では、行きますわよ!」
「必ず、わたしが功績を!」

声のする方へと視線を向けると、近衛騎士の鎧を身に纏い、レモンイエローの髪を高い位置で一つに縛り上げたリカルダ嬢と、近衛魔術師のローブに身を包み、杖を手にしたルイーザ嬢が、集合場所に現れたフリアに気付いて歩み寄っていく。

フリア嬢は、二人に向かって何か言いつつ、苦笑を漏らしながらチラリとこちらを見る。

一瞬、視線が合ったような気がするが…気のせい、だろう。

常に、穏やかな表情を心がけているユリエルとしては、今この、引き攣った表情を目に留められるのは本望では無い。






……今朝早く、父からの書で知らされた令嬢二人の参加。


元々、国家に忠誠を誓いながらも、対立してきた両家が、本人の意志も後押しして、これ幸いと魔獣討伐への参加を打診してきたらしい。

打診、といえば聞こえはいいが、もう既に決定事項と言わんばかりの勢いで採決されたらしい。


常に仲違いをしているこの両家だが、こういう時に限って協力体制をとるのだから質が悪い。








「――フリア嬢、少し、よろしいですか?」
「あ、はい。――」

王宮から出発する間際、彼女を呼び止め、声を潜める。





「――今回の討伐…申し訳ありませんが…。」
「――えぇ、できる限り、抑えましょう。」

皆まで言わずとも、伝わった事に安堵する。




当初の予定では、思う存分、魔獣相手に発散してもらいたかったのだが…。





指揮系統の違う部隊が居ては、そうもいかない。

彼女の懸念が現実になることは、避けなければ。






フリア嬢以外の人員は、結界付近で討伐を命じ、ある程度距離を置けば、一先ずは大丈夫だろう、と、思っていた。




――そう、思っていた。のに、






「ちょっと!フリア様!貴女、真面目に戦いなさいな!」
「バイアーノの討伐というのは、その程度なの!?」


魔獣の咆哮、巻き上がる土煙。各部隊長が指示を出すその喧噪に混じって、遠くから聞こえた声に耳を疑う。


結界の付近で討伐をおこなうよう、指示していた両家の部隊が、あろうことか彼女の元へ――

“奈落の谷”の縁、ギリギリの場所まで迫っている。



「二人とも、結界の側に戻ってください!!」

声を張り上げながら、咄嗟に周囲を確認すると、二人を瘴気から守ろうとし、守護の術を放った従者の魔術師数人が地に伏していた。


倒れる従者を意に介すこと無く、その場に留まる二人。

瘴気は人を蝕むのだ。

あの倒れている者達はもちろん、二人の命が危ない。


すぐさま加護を放ち、倒れ伏す従者を瘴気から守る。
己の動きに気付いた隊の者が、素早く救助に向かう。

最速で駆けながら、二人に向かって加護を放つ。



従者が施した守護の術も、あと、ほんの僅かで消え失せるだろう。




駆ける己の姿を視界に捉え、令嬢二人は各々口を開く。


しかし、最後までその言葉は続かない。



“奈落の谷”から伸びてきた黒くて禍々しい腕に捉えられ、引きずり降ろされた。




――放った加護は、届かない。





「フリアっ!!」

咄嗟に彼女の名を呼ぶ。



刹那、膨大な魔力の嵐が吹き荒れる。
息を飲む暇も無い。

己の瞳が映すのは、燃えさかる炎よりも、なお鮮やかな紅。

こちらを見据えるその、眩いばかりの黄金は、すぐに、眼下へと向けられる。


背丈を優に超える真紅の髪を靡かせながら、彼女は、谷の底へと身を躍らせる。





「――…、為スベキ事ヲ、」



そう、言い残して彼女は消えた。
深く、昏い、瘴気の渦巻く“奈落の底”へと。





「ユリエル様!如何致しましょう!?」
「急ぎ、全員退避して。」

指示を受けた隊員は、驚きを露わにし、言い募る。



「し、しかし…バルデム伯爵令嬢とブリス侯爵令嬢が…」
「―、フリア嬢なら、必ず救出してくれるでしょう。ですからまず、隊員の安全の確保を。」



一つ、頷いて隊員は去って行く。






徐々に結界付近に集結する人々を遠目に確認しながら、“奈落の底”に目を凝らす。


闇に塗れた空間は、ありとあらゆるモノを飲み込んでしまうのでは無いかと錯覚させる。
神気を送って様子を伺っても、一切全くの反応が無い。



―――為スベキ事ヲ、



彼女の言葉が頭を過ぎる。

――今すぐ、探しに行きたい。

その、気持ちを抑え込む。



優先すべきモノ、課された役目を放棄して、己の衝動に突き動かされるままに行動を起こしても、彼女は受け入れてくれることは無い。





「―――、為すべき、こと、を…。」

己に言い聞かせるようにして、紡ぐ。
彼女の言葉を。

そして、足を進める。



闇に背を向け、光の方へ。






「皆、集まったようだね。」
「はい。……、お三方を除いて、ですが…」
「――では、王宮へと帰還する。わたしと、各部隊長は、この場に残り、彼女達を待つ。各副隊長、王宮で報告を頼みます。」
「「は、畏まりました!」」

宣言通り、部隊長を残し、王宮へと送る。







「ユリエル様、我々は、如何致しましょう。」
「奈落の底から戻って来るなら、転移魔術しか方法は無いはず。きっと、座標がわからず、“結界付近”を目標に設定するだろう。――結界付近を捜索するのが正解だと思う。」


「畏まりました、では、手分けして見回りを―――っ!」



部隊長が言い終わるか否か。
その、僅か数秒の間に、地を揺るがす程の魔力が爆ぜる。
全員がその場に膝を着く。





「―――――ここ、は…」
「――――わたし、戻って…」

身体に重くのしかかる魔力が霧散したとき、その場に現れたのは、底へと引き摺り込まれたはずの令嬢二人。

「バルデム伯爵令嬢、ブリス侯爵令嬢!!よくぞ戻った!!」
「――凄い、あの、“奈落の谷”の更に奥底から、生還を遂げるとは…!!」
「お怪我は!?痛むところなど、ありますでしょうか!?」

二人の令嬢の帰還に、場が沸き立つ。



最初は戸惑っていた二人だが、状況を理解するにつれ、青ざめた頬に赤みが差す。

「……たすかった、のか、」
「あぁ…お父様、お母様!わたし、わたし…」




「――――、フリアは。」




「「っ、!」」



抑揚の無い、呟き。

しかし、それは確実に、二人の耳に届いた。




同時に息を飲む二人。
事態を察したのか、上昇していた雰囲気が一気に急降下する。



「あ、ぁ……っ、」
「そ、の……っ!」

言葉にならない声が、その場に消える。




「―――、今は、お二人が無事、戻られた事を報告するのが、先決ですね。」

――では、ひとまず、王宮へ。




誠心誠意、心を無にして。


捜索のために残った者達と、王宮へと転移する。



――為すべき、事。

それを、胸に刻んで。

ともすれば叫びだしそうになる、もう一人の己を、押さえつける。







「父上、報告にあがりました。」
「うむ、話はあらかた聞いている。――討伐、ご苦労だった。」


討伐後は、最低でも三日、王宮に詰め込まれる。
討伐によって功績を挙げた者や、技量を認められた者に対して勲章の授与、その他の隊員も含めた慰労の宴。
諸々の書類の作成や、魔獣の出現状況や、弱点または耐性などを資料として纏め、次回の討伐の糧とする。






「――公の元へ、行くか。」
「……、為すべき事を。――彼女から、そう、言われております、ので。」

己の役目を果たすため。
それを、終えてからで無ければ、彼女の元へと向かうことは出来ない。


役目を放棄して、彼女の瞳を見返す事など出来ない。





「――では、失礼します。」






「――フリア嬢の元へ、行きたいか。――グレン。」






報告を終え、退出しようと背を向けた息子に、呼びかける。


先程と同じ問い。





問いを受けた白亜の青年は、ひと呼吸の間に、漆黒の青年へと、姿を変える。

「――あたりまえだ。」


真っ直ぐに向けられる金の瞳。ユリエルとは、少しだけ異なるその色には、怒りの感情がありありと見て取れる。




「“王太子殿下”の肩書きさえ無ければ、とっくに身を投じている。」


「―――そうか――」
「―――ふん、」



不機嫌そうに鼻を鳴らし、瞬き一つで漆黒の青年は姿を変える。




そして、そのまま振り返ること無く歩いて行く。




――明日には、手を打たねばなるまいな。


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