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37これが、ぼくらの護り方。
しおりを挟む“アレク、貴方はマイアーを守りなさい。私は、バイアーノを護るわ。”
俯く頭に乗せられた手が、殊の外優しかった。
顔を上げると、栗色の瞳を細めて微笑む姉の顔。
朱の混じった茶色の髪を持つ、マイアーの双子。
姉の瞳は栗色で、弟の瞳は魔力持ちの証である金混じり。
生れたときから、役目は決まっていた。
進むべき道は、決められていた。
それでも、手を取り合って歩いていけると、思っていた。
次代のバイアーノは女の子。
それならば、通常であれば、婚約者は己だ。
――この、金混じりの瞳さえ無ければ。
「私は、次代のバイアーノ…ファム様の彼ガ身。婚約者よりは、抑止力は無いけれど、親友として、ファム様を護るわ。」
――“彼ガ身”
または、“鏡”
バイアーノが、“ただ一人だけの人”に裏切られて、呪いが発動してしまったとき、
バイアーノが途絶えてしまわないように
バイアーノ一人につき
マイアーが一人だけ、
一度のみ、身代わりとなって、バイアーノを護る。
マイアーにのみ、伝わる秘密。
初代の双子が興したこのマイアー家。
その、歴史の中で、バイアーノのみに課された役目があるように、マイアーにのみ課された役目がある。
――“意志を持つ魔獣”は、唯一ではない。
初代は、双子の弟に、そう言ったそうだ。
この“呪い”を成就させ、バイアーノを滅し、こちらの世界に“還らんとする者達”が居る。
――“月”は受け入れ、“太陽”は生を渇望している。
――我は、“太陽”の眷属であり、“月”に連なる者を監視する役目を担っていたが…。
――“月”に連なる者に、感化されてしまってなぁ…。
その者の願いを、叶えることにしたのだよ。
“こちらの世界”で、“こちらの世界の人間”を手に掛けた者は、決して“あちらの世界”に還る事ができない。
故に、我等は我等の手で、彼等を“あちらの世界”へと送らなければいけない。
それが、あの者が望む願いであるから。
父であるバイアーノは、子に、そう、話したのだそうだ。
それが、バイアーノが“意志を持つ魔獣”として、こちらの世界に現れた理由なのだそう。
その他、父から聞いたであろう様々な事が、初代マイアー当主の手記に記されている。
そして、それを受け継ぐ代々の当主の手記の中に記されている、“バイアーノの天敵”。
“呪い”を確実に発動させる事ができる者達の存在。
出現する条件は不明だが、数十代に一度の頻度で、バイアーノから確実に“唯一”を奪う者が現れるという。
もちろん、その要員など関係なく、“唯一”を失って朽ちるバイアーノも存在する。
それは、ひとの心が移ろいやすいので、しかたがないことだと諦めているようだ。
しかし、バイアーノの“唯一”を確実に奪い取るその者に対しては別である。
マイアーは長い歴史の中で、バイアーノを護る為だけに、様々な術を編み出した。
「――シエル、禁術はどうやって掛ける?」
できるだけ、平常心で、息子に話しかける。
ここで己が動揺を見せるわけにはいかない。
「……自分が持つ、魔力の半分と引き替えに、対象者の心を、もう一方の心に縛ります。そのとき、自分が持つ魔力の大きさによって、効力が変わります。」
「うん、そう。…ちゃんと覚えているね。」
うつむきながらも、しっかりと言葉を発する息子の頭を一撫でする。
「……でもね、シエル。禁術を使うことができる条件は、“魔力があること”では、無いんだよ。」
「え?……じゃぁ、マイアーの血?」
「…まぁ、血は確かに必要だろうね。」
――この術自体、マイアーにしか扱えないモノであるから。
「“魔力が無いマイアーの者”は、“己の心の半分”と引き替えに、禁術を使用することができる。」
「―――!」
効果音が付きそうな勢いで、シエルがガロンの方を凝視する。
「……、対象者と自分を繋ぐ事しかできないという点で、使い勝手はよくは無いのだかな…。」
視線を受けたガロンは、肩を竦めつつ、言葉を発する。
「でも、どうして!?
フリアちゃんの“唯一”を奪う者が、あの、ローズという子だって、決まっているわけじゃ、無いのに…」
「――“芽”は、早いうちに摘まなければいけないから、な。」
そう言ってガロンが机の上に置いた、小さな指輪。
差し出されたそれを手に取り、じっくりと観察すると、内側に見事な装飾と共に、“ユキノシタ”の紋が刻まれている。
書物の知識では知っていたが、実際に目にしたのは初めてであるそれ。
――“唯一を確実に奪い取る者”が所持しているという指輪。
――バイアーノ家の家紋
“ユキノシタ”
「これは、何?」
「これは、“証”だ。さっき話しただろう?“唯一を確実に奪い取る”者が居る、と。その者が所持しているのが、この、“ユキノシタ”が刻まれた指輪だと伝えられている。」
「じゃぁ、この指輪を壊しちゃえば、兄さんは自由になれるの?」
「否、これは破壊することはできない。――俺が、きちんと持って逝く。」
そう言って指輪を受け取って、満足気に笑う。
「俺がこれを持っている限り、フリアが“唯一”を奪われる事は無い。それに、もし、フリアの呪いが発動しても、俺はフリアの“彼ガ身”だからな。」
――母上がしたように、護るさ。
――この命を懸けて。
緋色の瞳を正面から受ける。
ガロンはフリア嬢の魔力の影響を受けやすい。
おそらく、今現在、ガロンが“吸魔の石”の役割を担っているのだろう。
“常夜の森”からの瘴気が、フリア嬢の負担になる程いかないように、その身を以て緩衝材の役をしているに違いない。
「――では、俺は、帰ります。」
そう言って背を向けるガロンを、ただ、見送る事しかできない。
姉が遺した、唯一の宝さえ、守ることの出来ないこの両手。
「――あぁ、わたしは、ほんとうに、無力だ…」
溜息と共に吐き出された呟きは、誰の耳に入ること無く、空気に溶けて消え去った。
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