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35まるで、紙芝居を見ているように。

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“フリア、貴女は正しくバイアーノだわ。”

そう言って、頭に手を乗せながら、目を細めるのは、真紅の髪に黄金色の瞳を持つ女性。



“貴女のその、緋色の瞳は初代と同じ色。きっと、私よりも強い力を持っているわね。――貴女の将来が、楽しみね。”

楽しみと口にしながら、その表所には影が差す、



“――きっと、貴女が受け継ぐ呪いは、初代と同等か、代を経ている関係で、それ以上か…。”
“いいわね、フリア。――貴女は、ひとを愛してはいけないわ。
――貴女が、生き残るために。”



――貴女に、全てを背負わせてしまって、ごめんなさい。


真紅で目の前が染まる。
それと当時に感じる、確かな温かさ。
そして、少しの圧迫感。




――これは、なんだろう。
――“俺”はなにを視ている…?




目の前の女性は、己に向かって“フリア”と呼んだ。

真紅の髪を持つのは、今、この国でたった一人であるはず。

それでも、女性の髪は見間違える事の無い真紅。


少し垂れ目気味の瞳を除けば、それはもう、見覚えのある顔立ちをしている。








“ファム?なにをしているの?”
“あぁ、ネル。うちのフリアがあまりにも可愛くて、ね。”
“――成る程、うちには娘がいないけれど、フリア嬢くらい可愛ければ、抱きしめたくなるのも想像に難くないね。”
“あら、ありがとう。アレク。”



圧迫感から解放され、声のする方へと視線を向ける。

視線の先には、朱の混じった茶色の髪に薄らと金色を宿した瞳を持つ男性と、ブロンドの髪に淡い金色を宿した瞳の女性が立っていた。

そして、女性に手を引かれるようにして立っている淡い金色を宿す瞳を持つ男児。

少し視線をずらすと、男性の背後からこちらをうかがっているような、栗色の瞳を持つ男児と視線が交わる。




―――っ!!


視線が交わった途端、目を見開き、視線を彷徨わせる。

まるで、会うことが気まずいとでも言いたげなその所作に疑問を抱く。




恐らく、これはフリアの過去に起きたことだ。
理由はわからないが、彼女の過去の記憶を視てしまっているようだ。


だとするのなら、あの手を引かれているのがシエルで、もう一人がガロンだろう。

シエルの方はこの際置いておくとしても、ガロンのあの態度は些か疑問が残る。



あの態度はまるで、フリアを恐れているようにも見て取れる。

先日会った時、そんな感情は欠片ほども感じられなかったというのに。






その時、奥の扉が開き、新たな人物が顔を覗かせる。
その姿を確認すると、ガロンは一目散にそちらに駆けて行く。

そして、現れた人物と一言二言交わすと、以前見たような落ち着いた様子でこちらへ向かって口を開く。





“先日は、すまない。…その、魔獣を見るのが初めてで…動揺してしまって…。”
“――、…――――。”
“…そうか、これから、よろしく頼む。俺の名前はガロンだ。”

フリアがなんと答えたのか、それを聞き取ることは出来なかったが、ガロンの雰囲気が先程と変わったことから、何かしらの誤解は解けたらしい。




“フリア、この子が貴女の婚約者よ。これから先、貴女を守ってくれるわ。”
“フリア嬢、この子がシエル。ガロンの弟で、フリア嬢よりも一つ年下だ。”
“――、……――?”

フリアは、先程現れた人物に視線を向け、そして母であるファムになにか問いかけた。




“えぇ、そうよ。ガロンは、私にとってのアリシアのような存在よ。”



そう言ってファムは視線を合わせるようにして膝を折る。

“だから、決して彼を愛してはいけないの。彼には、彼の。私達には、私達の役目があるのだから。それは、弟であるシエルも同じ。それぞれに、与えられた役割は異なるのだから、ね。”



フリアにしか聞こえない、そんなギリギリの声量で囁く。
その瞳は、逸らすことが出来ないくらい、鋭く、美しかった。














「――…!……――!?」


「―――レン!……グレン!?」
「!?」

名を呼ばれて、ハッと目を開ける。
視界に入るのは綺麗に揃えられた木目。思っていたよりも近くにあるそれに、思考が追いつかず、勢いよく顔を上げる。

「グレン、大丈夫!?」
「あ、あぁ…」

床に膝を着いている己と視線を合わせるように、フリアが膝を折る。

「……俺は、……」

何が起こったのか、呼吸を落ち着けながら考える。
動いたわけではないのに、全力疾走する鼓動。

「――突然、膝から崩れ落ちたから、驚いたわ。…やっぱり、この方法はグレンにとって危険、だったのね…。ごめんなさい、無理を強いてしまって。」
「違う!…ただ…、」

――素直に、言うべきだろう。
でも、なかなか言い出せない。

――過去を視てきた、なんて。

知られたくない過去は誰しも持っているはず。フリアの過去を視てしまった事で、フリアに距離を置かれてしまうのではないか。

その思考が、言葉を押さえつける。





「―――もしかして…なにか、視えたのかしら…?」
「――――っ!!」

ずばり、図星を突かれて口籠もる。

視線が彷徨うその様は、何も言わずとも意図をダダ漏れにしてしまう。



「うーん…変なものが視えてしまっていたら、ごめんなさい。」
「いや…、その…俺こそ…。」

口籠もる己に、気にするなとでも言いたげに彼女は微笑む。



「もしかしたら、過去を視てしまうかもしれない、と、シエルに言われていたのよ。」
「…俺も、言われはしたが…」

まさか、本当に視てしまうとは思わなかった。



「シエルも、伝聞でしか聞いたことが無いようなのだけど…。
月神の血を引いている者は、希に、魔力を合わせることによって、相手の過去を視ることができるのですって。」
「―――!」



――ドクン、先程とは異なる速さで鼓動が鳴り響く。


まさか、シエルやガロンは、己の正体を知っているのでは無いだろうか。

マイアーはバイアーノから派生した一族だということは、父に聞いた。

バイアーノを守るために、常に側に居る一族だと。

その一族の者が、そう簡単に手を引くとは思えない。

いくら、この国の上層部からの命令であったとしても、バイアーノをそう簡単に手放すだろうか…。




もし、フリアが、己の正体を外部経由で知った場合、どう考えるだろうか。

決して、良い感情は持たないだろう。




――あの二人は、確実にフリアが領地に帰るように仕向ける為に、己の正体を知っていて、フリアにそれを告げたのでは無いだろうか。

――フリアが決して、心を開かぬように。



「――、フリア…その…」



ここまで知られているなら、下手に言い訳を連ねるよりも、真実を包み隠すこと無く伝える他に、信頼を得る方法など無いに等しいだろう。




「――――っ」
「王宮に仕える人達の中には、現人神の血を受け継ぐ者が少なからず居ると思うから、って、シエルに教えてもらっていたの。
――グレンも、母方か父方が遠い昔、血を受け継ぐ人だったのかもしれないわね。」
「―――、そ、の…」



――今現在、唯一、正しく血を受け継いでいる。

とは、言え無かった。

正体がバレていない安堵感と、伝えるなら今だったのに、という後悔が同時に押し寄せる。



「どころで、なにが視えたか聞いてもいいかしら?」
「――あの二人を紹介されていた。」
「あぁ、なるほど。あの時ね。――ふふ、懐かしいわねぇ。」

当時の事を思い出してか、ふわりと微笑むフリアに、伝えるべきか迷う。



――アリシアという女性を、知っているか、と。


フリアが言っていた、忘れてしまった過去、とはアリシアという女性に関係しているのでは無いかと思うのだが…。


それでも、言い出せないのは、己がまだ弱いからだ。
口にして、関係が変わってしまうことが怖ろしい。




「…ガロンに、警戒されていたのか…?」

唯一、アリシアという女性へと視線を向けたのはその場面だった。

「警戒…そうねぇ、たしか……。あぁ、うん、そうね。
警戒というか、恐かったのだと思うわ。」
「……なにか、あったのか?」
「うーん…ガロンと初めて会ったのは、“常夜の森”なのよ。」
「屋敷では、なく?」

あれが最初の出会いでは無かったのか。それにしても、何をしでかせばああも警戒されるのだ。




「私が初めて“常夜の森”での討伐に参加した時なのだけど…。まだ、魔力の扱いがうまく無かったから、けっこう物理的に駆除してたのよ。」
「………物理的に…」
「そう。体を動かすことは苦手でも、ある程度魔力を持っていれば、魔獣の方から集って来てくれるから…。
狙いは定めやすかったし…。」

あっけらかんとそう言うが、かなり危険な行為ではないのだろうか。



「それで、魔獣を裂きながら進んでいたら、男の子が魔獣に襲われていたのよ。
だから、助けたまではよかったのだけど…」

そこまで言って、ふっと視線を下げる。

「私の、ね…。姿が、中々に刺激的だったらしくて…。
――無事を確認するまえに、逃げられてしまったのよ。」

――あぁ、なるほど。
物理的に魔獣を真っ向から裂いて進んでいたら、夥しい量の返り血を浴びているだろう。
真紅の髪に、緋色の瞳を持つその外見は、中々に目立つ。その状態で、全身を真っ赤に染めて、目の前に現れられたら、確かに、怖ろしいかもしれない。




「そんなに怖い思いをしたのに、私の婚約者になることを嫌がりもせずに、手を握り返してくれたの。」



――本当に、優しいのよ、あの人は。



その笑顔が、とても誇らしくて。



いつか、己のことも、このように思い出して誇ってくれるように、相応の努力をすると誓う。





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