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33同い年の従姉妹の、過剰なる特別感。

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――おかしい。

―――おかしい。


――――絶対、なんかあった。







「――グレン、なにか、悩み事?」
「………否。」





夜会の翌日。
今日のグレンはいつもより早く来て、いつになく不機嫌そうに、ボーッと佇んでいる。

「――じゃぁ、寝不足?」
「………別に。」

いや、絶対に寝不足でしょう。
明らかに、目の下に隈ができているし、辛うじて開かれている瞳も、重く、腫れぼったい。





「――えーと…。グレンが、ここにいるのは勤務中だってわかっているのだけど…。少し、横になっていたらどうかしら?」




――幸い、何事もなく平和に過ごせているから。



言いつつ、部屋の窓際に設置しているハンモックを指差す。


ちょうど今の時間は日差しが差し込み、ゆらゆら揺れてゆっくりするのに気持ちいい。





ダメで元々、と思い、促してみたものの、やはり、否、の一言で済まされてしまった。




「―――フリア、あの…」
「――うん?」

机に向かい合って座る彼の瞳が、真っ直ぐに自分を見詰めてくる。

――何かを、腹に決めたように。

しかし、彼が次に口を開いたとき、その声は空気を振るわせることは無かった。







「お邪魔しますわよ!フリアさま。」







令嬢とは思えぬ程の音を響かせながら、堂々と扉を蹴破らんばかりの勢いで、アメーリエ嬢が屋敷へと訪れた。



「………。ご機嫌よう、アメーリエ様。」



咄嗟に作った笑顔が見事に引き攣る。




そもそも、侍女や護衛を付けず、いくら王宮の敷地内だといえど、貴族令嬢が一人で出歩くなどあり得ないことである。

まして、今現在、互いがどう思っていようと、妃候補である限り、集められた者同士は競争相手であるのだから。


不用意に、無防備な状態で敵地に踏み込んでくるような真似は決して褒められることでは無い。








「アメーリエ様、今日はどのようなご用件で?」

一応、屋敷に訪ねてきたのだから、飲み物くらいは出さないわけには…。

そう思い、紅茶と砂糖、ついでにミルクと茶菓子としてクッキーをテーブルの上に並べながら問う。






「えぇ、少しフリアさまと歓談でもしようかと思いまして。」

いただくわ、と何の躊躇いも無くテーブルの上のクッキーを口に放り込み、紅茶に砂糖とミルクを入れて一口。




貴族令嬢として、警戒心の欠片もないその行動に、呆れを通り越していっそ笑いが込み上げる。






「……外したほうがいいか?」
「いいぇ。フリアさまが側に置いているのだもの。わたくしは気にしませんわよ。」




「アメーリエ様が気になさらないのでしたら、そのままで…。」



珍しく、空気を読んだグレンが席を外そうとしたが、アメーリエの一言でその場に留まる事となった。






「アメーリエ様、彼は王宮からこの屋敷に派遣されている魔術師団員のグレンです。」

一応、紹介しておいた方が良いだろうということで、グレンを示す。

「そして、こちらがアメーリエ様。モラン男爵家の御息女で、私の従姉妹です。」

「アメーリエよ。フリアさまとは同い年なの。貴方、グレンというのね。フリアさまのお付きに選ばれるなんて、とんだ災難だったわね。」
「………災難…?」

アメーリエ嬢の歯に衣着せない物言いに、さすがのグレンも面食らっているようだ。
いつもの不遜を体現したような態度は消え去り、ポカンと間延びした返答をしている。



「魔術師団員としては、名誉な事なのかしら?でも、やっぱり災難だわ。だって、何を挙げても“異端”でしかない“バイアーノ”のお付きにされるなんて。」

「まぁ、彼も仕事なのだから、しょうが無いわよ。
それより、その“異端”にわざわざ何の用ですか?」





とにかく、言いたい放題のアメーリエ嬢なので、ここら辺で本題は何かと問いかける。




「フリアさま、エルノー叔父様に領地を任せることになさったのですってね。」
「えぇ、私がここに居る間は、代理として過ごして頂く予定です。陛下にも、了承を得ましたので。」

おそらく、昨日の夜会の事がもう既に話題になっているのだろう。
貴族の情報収集能力を甘く見てはいけない。




「まぁ、呼ばれて一年間は、おいそれと領地に戻ることは出来ませんものね。では、ガロン様のことは、どうお思いで?」
「…ガロンのこと…ですか?」

「えぇ、昨夜はちっともお話出来ませんでしたもの。
ガロン様の心変わり、フリアさまはどうお思いですか。」





――突然やってきて、嵐を巻き起こすのが、このアメーリエ嬢の特技なのかぁ…


一瞬、現実逃避しかけた思考を無理矢理引き戻す。




「ガロンの事は…。特に…。」
「憎いとか、悔しいとか、寂しいとかありませんの!?」

私の答えは満足できるものではなかったらしい。


立ち上がった彼女が、テーブルに手を付きつつ身を乗り出してくる。





「そう、ですね…。強いて言えば…、兄が、愛し愛される人に出会えて、よかったなぁ、と。」

――うん。これが一番しっくりくる感情だ。
負の感情は一切無い。





「はぁ!?なにを仰いますの!!フリアさまの目は節穴ですの!?」



――バン、と机が音をたてる。
正確には、アメーリエ嬢が両手を机に叩きつけた。

――貴族令嬢、仕事してくれ、ほんとに…。






「あのガロン様ですよ!?
わたくしが常日頃からお慕いしておりますと伝え続けても、決して靡かなかったあの、ガロン様ですよ!?
“命と引き替えに、フリアを守ることが俺の使命だ”と、わたくしを突き放したガロン様ですよ!」
「……まぁ、ひとの心は移ろいやすいものですから…」


鼻息荒く捲し立てるアメーリエ嬢は、ここにグレンという第三者が居ることを完全に忘れ去っているらしい。





「いくら心が移ろいやすいと言ってもですね!そもそも、母君の仇である女の娘など、天地がひっくり返ったところで愛しいなどという感情が湧くはずありませんわよ!!」
「――え…?アメーリエ様、今、なんと…?」





――今、アメーリエ嬢は、なんと言った…?

“母君の仇である女の娘”と聞こえたような気がするのだが…。




ここ最近は会っていないが、ネルさんは健在なはず。
何かあれば必ず誰かが知らせをくれるはずなのだから。






「聞いておりませんでしたの!?あの、ローズの母親であるロゼッタ婦人は、ガロン様の母君の仇だ、と申したのです!」
「…え、と…ネルさんは…今も変わらずお元気でいらっしゃると、思うのですが…。」

何だろう。ここまでハッキリと宣言されると、私の記憶違いかと思ってしまう。

それでも、確かに、ネルさんは健在なはず。





「はぁ!?ネル様はマイアー伯爵夫人でしょう?!
フリアさま、おふざけも大概になさってくださいませんか!」




――ど、どうしよう…
話に全く付いていけない。







「――わたくしがフリアさまと会わなくなったのは、いつ頃か、憶えていて?」
「――…たしか…、私達の、誕生会、だったかしら…七つくらいの…」



必死に記憶を絞り出す。


よくよく考えれば、アメーリエ嬢と私は誕生日が同じという、奇跡的な従姉妹で、常に、どちらかが片方の家に行っては勉強や手習いなど、様々なことをさせられていた気がする。



日々、顔を合わせていたこのアメーリエ嬢に会わなくなったのは、ただ単に互いの方向性が合わないため、時を同じくする必要性が無くなったのだろうなどと思って気にも留めていなかったが…。






「そこまで憶えているのに、わたくしの言っている意味がわからないのはなぜ?」
「…と、言われましても…」


「だってあの時、わたくしたち三人は居たじゃない!ガロン様の母君が、“魔力に喰われた”あの場所に!
目の前で、あんなことが起こって、もう、わたくし怖ろしくて…。
それ以来、バイアーノの屋敷には訪れていませんの。それでも、変わらずガロン様をお慕いしていると、伝え続けてきましたのよ!
せっかく、ガロン様が、フリアさまから解放されると思った矢先に、他の、よりによってあの娘とご結婚なさるなんて!!…わたくし、悔しくて…!ここに来る前、どうしても、一言交わしたくて、ガロン様を訪ねたのですが…。
何を聞いてもお顔を逸らされてばかり…!」



その時の事を思い出したのか、俯く彼女に掛ける言葉が見つからない。





しかし、その余韻も数秒後には掻消える。

「フリアさまなら、真実を御存知かと思って話しかけてみましたのに!全くの無駄足でしたわ!
もう、他の女の手に堕ちたガロン様に、未練はありませんわ。でも、ガロン様が、何を思って、行動を起こしたのか…それだけが、気がかりなのです…。」
「…ご要望にお答え出来ず、申し訳ありません。」

それ以上、なにも言える言葉が見つからない。



たしかに、言われてみれば、ガロンの行動はあまりにも唐突すぎたとは思う。

それでも、恋は盲目とも言うし、後先考えることが出来ないくらい、心が揺さぶられたのかもしれないとしか思わなかった。




私も、もう少し冷静になって状況把握に努めるべきだったのかもしれない…。




「では、今日のところはお暇させていただきますわ。
――先程、ガロン様への想いを口にしたわたくしですが、今はもう、現人神であらせられるユリエル様しか見ておりませんの。せっかく、欠片のチャンスを頂いたのですから、必ずモノにしてみせますわ。
――わたくしが欲するものを、全て持っていたフリアさまですが…
ここからはわたくしもフリアさまも、同じ位置からのスタートですもの。」

――今度こそ、負けませんわよ!





そう言って彼女は、来たときと同じように、騒がしくドアを開け放って帰って行った。






――なんだろう。今日は色々あり過ぎて、目眩がしそうだ。





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