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15宣言通り、なのですが。
しおりを挟む今日も相変わらず何事も無い時間を過ごす。
数日前に買った新しい苗たちは、屋敷の周りにしっかり根付いている。
もしかすると、あと一月もあれば花が咲くかもしれない。
非常に不本意ではあるが、あの日、魔獣退治を行ったことによって、程よく魔力を排出できた身体は頗る調子がいい。
未だ、先代の魔力が全て戻ったわけでは無いので、安心するのは早いのだが。
「フリア、これ。」
「えぇ、どうぞ。」
差し出された籠の中身を確認して、了承の意を示す。
籠に入れられた苺は、目の前の人物によってたった今収穫されたものたちだ。
「違う、これ。」
「……?」
再度、差し出された籠を受け取り、首を傾げる。
はて、なにを言いたいのだろう。
暫く見つめ合っていると、不意に彼の視線が移動する。
それを追って視線を向けると、その先には竈。
――あぁ、成る程。
「――今日は苺のタルトを作りましょうか。」
「ん。」
数日前出会った彼は、宣言通り次の日にこの屋敷へと顔を出した。
約束は守る主義なのだろうと、とりあえず屋敷に入れてお茶とお菓子を振る舞ったところ、なぜだか毎日やって来るようになった。
テオ様やジェラルド様も頻繁に屋敷に訪れるけれど、毎日というわけでは無い。
魔術師団員・グレン様。
彼が今一番この屋敷に訪れる人物だ。
あまりにも頻繁に来るものだから、“仕事は大丈夫か”、と聞いたのだが、“問題ない”と短く返されてしまっては何も言えない。
実際、テオ様に確認してみたが、“彼の好きにさせておいて”ということだったので、実際問題ないようだ。
だがしかし、困ったことが、一つ。
「グレン様」
「………。」
「…グレン、様?」
「………。」
「………、グレン――?」
「なに?」
はぁ、と溜息一つ。
なぜか、ここを訪れた初日から、“グレン様と呼ぶな”と言われ。
じゃぁ、どうしろと。と困惑していると“グレンだ。様は付けるな。”などと、理解しがたい言葉を投げられた。
それ以降、呼び捨てにしなければ絶対に反応してはくれない。
恐らく年上で、しかも男性を呼び捨てにするなんて抵抗があるし、何しろ失礼に当たると思い、ジェラルド様に相談したところ、“フリア様が不快で無ければ、呼んであげてくださいませんか”と後押しされ、退路を塞がれたので、仕方なく今の形に落ち着いた。
どうやらグレン様は甘いものがお好きらしく、屋敷に実る果物を持って帰ったり、収穫したものを使って菓子を作るよう誘導される。
――今みたいに。
「グレン様…、グレンは、甘いものをよく食べるのですか?」
「…いや。」
タルト生地を作る為に材料を揃えながら、隣で計量しているグレン様に話しかける。
彼は無口ではあるが、問いかけには反応してくれる。
たまに、気になったことを質問されたりもする。
「甘いもの、お好きかと思ったのですけど…」
だって、ここに来る度に、何かしら手を伸ばしているから。
「フリア、美味いから」
そう言いながら、収穫した苺を一つ口に放り込む。
「おいしく食べていただけるのであれば、何であれ作りがいがあります。」
「ん。」
できあがった生地を型に嵌め、竈の中に入れる。
後は、火の魔術を用いて思い通りの色になるまで加熱する。
「フリア、なんで、紅いの?」
「え?」
竈の中に意識を集中していると、隣から投げかけられた言葉。
「魔力保持は金色なのに。」
「…私も、持っては、いるのですけど…」
――金色の瞳を。
ただ、それは普段は隠れていて、魔力を最大限行使した時にのみ、現れる色。
「でも、綺麗。金色より、ずっと。」
「っ!」
覗き込まれた先の淡い金色の瞳の中には、緋色の瞳をめいっぱい見開いた自分が映っている。
「フリアの緋色は、とても、綺麗。」
ふわり。細められる金色に、言葉を失う。
「……、笑った…?」
「…、何、…だめか。」
やっとの思いで口からでた言葉は、彼を不機嫌にさせたらしい。
「ごめんなさい。グレンが笑っているところを初めて見ましたから。」
少し、眉間に皺を寄せながら、視線を逸らす。
どうやら、少なからず照れているらしい。
「誰かに褒められるなんて、思ってもみなかったので、嬉しいです。ありがとうございます。
あと、グレンの笑顔、とってもステキです。
――未来の奥様に、嫉妬してしまいますわ。」
「えっ!?」
「ふふっ、だって、こんなにステキな笑顔を隣で見ていられるのでしょう?
羨ましいではありませんか。」
「!!」
思ったことを素直に伝えると、みるみるうちに真っ赤に染まる頬。
「っちょ、ちょと、用事を思い出した。す、すぐに、戻るからっ!」
――タルト、完成させておけよ!
そう言いながら走り去ってしまったグレンの背を見送ってから、程よく焼き上がったタルトの土台を取り出す。
「すぐに戻るとの事でしたし、ついでに飲み物でも用意しておきますか。」
今後の予定をつらつら考えながら、走り去った彼が戻ってくるのを楽しみに待つのだった。
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