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14魔獣退治と心の距離。

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母の話を聞けて、和気藹々とした会話とおいしい料理。

そして、無口ながらも時々相槌を打って返してくれる新たな顔見知り。
いつかは友達と呼べたらステキだなぁ、なんて幸せを噛み締めていた昼下がり。


ふわふわとした雰囲気をぶち破ったのは、市場に広がる禍々しい瘴気。
魔力の揺れを感じ、第一波をなんとか最小限に抑えたものの、それでも少なからず被害が出てしまった。

「ジェラルド様、もしもの事があってはいけないので、術を解きますね。」

ザッと周囲を見渡して、重傷者は居ないようだと胸を撫で下ろし、魔力の余波を受けることが無いように、ジェラルド様に掛けた術を解く。

「あぁ、頼む。」

こちらを確認して頷く彼に、なぜだかほっとする。
今の私は、ある程度魔力を解放しているので、瞳の術は解けてしまっている。

――真紅の髪に緋色の瞳。
―――まるで化け物みたい。

そう言ったのは誰だったか。
思い出せないくせに、その言葉はずっと胸の奥に燻っている。

ジェラルド様も、テオ様も、最早見慣れているからだろうが、私と視線を合わせ、頷いてくれる。

「―――!」
「―――っ!」

二人と視線を交わし、短い間ではあるが共に時間を過ごした青年に視線を向けたとき、胸の奥がツキリと軋む。

「…、大丈夫ですよ、グレン様。テオ様とジェラルド様がいらっしゃいますし。」

彼は魔術師だ。見た目の年齢からしても、魔獣と対面したことなど無いのだろう。

――魔獣の急襲に、少し動揺しているだけ。

「もし、治癒の魔術を使用できるのであれば、負傷者をお願いします。」

視線を逸らしながら言えば、了承の意が返ってきたことにホッとする。

――魔獣に、怯えている、だけ…。

そう、自身に言い聞かせながら風を纏う。



魔獣を市井に降りさせるわけにはいかない。
なんとしても空中で殲滅しなければ。





「--揃ったようね。」
「はい。屋敷の者は全員。」


一呼吸の後に、王都に住まうバイアーノ家の者が駆けつける。

本当ならば、屋敷で使用している魔石を嵌め込んだ“魔剣”を所持しているはずだが、今の彼等は武器を所有しているようには見えない。




「では、始めましょう。」


手を翳すと次々と形を為す魔剣。
それぞれの手に、最適な武器。
私が現場ここに居るとわかっているから、何も持ってこなかったのだろう。
武器よりもまず駆けつけることを優先した結果だ。
得物はその場で調達できるのだから。



「“常夜の森”警護、バイアーノ家。私達が、お相手いたしますわ。」


次々に魔獣の群れに斬りかかる屋敷の者を、風の魔術でサポートしながら瘴気を放つ大元を探る。

魔獣は大抵群れており、群れの頂点から、魔力という名の瘴気を供給され強化されている。
そして、瘴気の中から魔獣が生まれるので、本体を倒さなければ魔獣の群れが消える事は無い。

さらに厄介なのが、一見しただけでは群れの大元がどれなのか見分けが付かない。
手当たり次第倒しても、次から次へと湧いて出る魔獣の相手をするのは骨が折れる。
魔獣討伐が至難のわざとされている理由がここにある。

しかし、それは一般論。

バイアーノ家はそれを克服したからこそ、公爵の爵位を賜り、辺境の地を守護する事を命じられたのだ。





「…あぁ、あいつか…。」

自身の斜め前。
他よりも少しだけ毛色が異なる魔獣を見つめる。
その緋色の瞳を僅かばかり細め、片手を差し出す。

ゆらゆら、指先から揺蕩う魔力は、目的の魔獣へと向かっていく。
間違っても攻撃とは取れないその魔力の流れに、一瞬警戒したものの、魔獣はすぐに警戒を解く。
そして、揺蕩う魔力を己が糧とするために“喰らう”

「…かかったな。」

魔力が魔獣に喰らわれるのを感じ取り、フリアは嗤う。

――ニヤリ。

常ならば綺麗な笑みをかたどる唇は、不気味なほどに歪に嗤う。


「さぁて、どれだけ耐えられるのかしらぁ?」

紡がれる言葉も、優しく、穏やかな印象は欠片も無い。

昏く、澱んだ声色で。

「さぁ、もっと。もっと…。
喰らいなさい。好きなだけ。」

呪詛のように、繰り返される。

――もっと、喰らえ、と。


喰らって、喰らって、己が許容できる魔力を超えても、なお。


「…ふふっ、おまえの限界はそこなのね?」


魔力が満たされたのか、揺蕩う魔力から遠ざかる姿勢を見せた魔獣に再び笑みを向ける。


「さぁっ!喰らいなさいな!もっと、もぉっと!魔力でその身が滅びるまで、遠慮はいらないわ!」


先程まで、揺蕩うように緩やかだった魔力の流れは、濁流のように魔獣に向かって押し寄せる。
襲いかかる魔力から逃れるよう距離を取ろうとするが、体内に満ちた“喰らった”魔力が呼び水となり、止めどなく浸食する。

魔力に体内を喰われる痛みに耐えかねた魔獣は、己の分身とも言える配下の魔獣にその魔力を流す。

「ふふふっ、あはは!
魔獣が、魔力に、瘴気に耐えられない、様。
くふっ、なんて、なんて哀れなのっ!」

大元から流れ出た魔力に耐えられず、群れの魔獣は次々とその身を朽ちさせていく。

「ふふ、母なる瘴気をその身に満たし、滅びなさい!
ふ、さぞかし幸福なのでしょうねぇ。」

最後の一匹。
群れの大元が散りゆく様を眺めながら、緋色の瞳を細め、至極楽しそうに嗤う。


「――討掃、完了いたしました。」

昏く微笑む主の元へ、屋敷の執事が討伐完了の旨を伝える。

「―――…。……、そう。
みなさま、討伐ご苦労様です。どうか屋敷でゆっくりなさって。」

一度、目を閉じた瞼が開かれたとき、先程の禍々しさなど欠片も残さない柔らかな笑顔で、彼女は屋敷の者を労う言葉を投げかける。

主の言葉に頷くと、彼等は一様に去って行く。

「お三方、お怪我はありませんでしたか?」
「あぁ、」
「負傷者はこちらで対処しましたので、ご安心を。」
「バイアーノ家の者達は中々の手練れですね。是非一度騎士団とお手合わせ願いたいものです。」

各々の無事と、怪我人の処置にホッと息をつく。

――本当は、見られたくは無かったのだけど。

魔獣と対峙するその様を。
感情の抑制が難しく、心のままに闘争を愉しむようなその姿はまるで…

「―――ばけもの。」
「っ!!」

どこからか、声が聞こえた。
誰かが漏らしたその言葉に、否定できる言葉を持ち合わせていない私は、ただ笑う。

まるで、聞こえなかったかのように。
胸の痛みは、気付かなかったことにして。

「もう、ずいぶん時間が経ってしまいましたし、帰りませんか?」
「そうですね。あまり遅くなるのもよくありませんから。」
「そうだな。」
「じゃ、このまま帰るのも目立つから、パパッと転移しちゃおうね。」

テオ様はそう言って地面に描いた術式の上へと誘う。
四人が術式の上に立ったのを確認して、魔術を発動する。

一拍遅れて目を開けた時には後宮で。
しかも、私にあてがわれた敷地の目の前。

「フリア様も疲れたでしょう?ゆっくり休むんだよ。」
「はい、ありがとうございます。」

別れの挨拶を交わして、屋敷へと向かう。

「おい。待て。」
「え?」

呼び止められて振り返ると、腕組みをしてこちらを凝視するグレン様の姿が。

「俺も、明日からここに来る。」
「…え?」

拒否は認めない。
それを示すかのように、返事を待たずに姿を消してしまった。
恐らく、転移の魔術を使ったのだろう。

緋色の瞳を見て、固まった人物とは到底思えないその発言。

――明日から、楽しみ、ね。

そっと微笑み、屋敷に入る。

先程まで感じていた、胸の痛みはいつの間にか消えていた。

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