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堕ち神様の困惑
しおりを挟むスバルは手放すけれど、わたしは手放さない。エルヴィス青年はそう言った。
獣人という同じ種であるのに、なぜ対応が違うのだろう。
まぁ、そもそもスバルはカナヤマ神の宿主と共に在るために獣人の姿を手に入れたのだから、エルヴィス青年が引き留めたところで意味を成さないのだけど。
それと同じように、このカエルレウムの神域と契約を交わしククヌチの称号を得たわたしも、エルヴィス青年がどんなに遠ざけようとしても意味を成さない。
あの言葉にはどんな意味が込められているのだろう。
考えたところで到底理解が及ばない。
スバルならば理解できるのだろうか、などと考えたのだが当人は不在で尋ねようがない。
「お待ちしておりました、エルヴィス様とお客様」
「今日の昼食はいつもより豪華ですよ! お客様は一人で食べられないと思うので、このミアがお手伝いさせていただきますね!」
エルヴィス青年に連れられてやってきた広間には多くの人間が集まっている。
長い机をいくつも繋げた台の上に並べられた食べ物たちは今にも溢れんばかりだ。
机を挟んで向かい合わせに座る人間たちは、皆一様に楽しげな笑みを浮かべて盃を酌み交わしている。
「お客様はどうぞこちらへ」
「――みずき」
「え?」
「わたし、みずき」
エルヴィス青年にもらった名。
それを呼ばれぬ違和感に耐えられず名を告げる。
(なぜ自分がこんな行動に出たのかいまいちわからないけれど……。なんだかとても変な感じだ)
「ミズキ様、と仰るのですね!」
「そう。みずき」
「とても素敵なお名前です!」
パン、と両手を合せて笑むミアはそのままエルヴィス青年へ向けて親指を立てた握り拳を作る。
「エルヴィス様、センスありますね! もしかして、ダブルミーニングってやつですか!?」
「っ!? べ、別に、いい、でしょ……。ミズキが気に入ってくれているんだから! っと、ねぇミズキ。おれちょっとあそこで挨拶してこないといけないから、ちょっとだけ待ってて。――いい?」
「あい」
「うん、いいこ。じゃぁ、ちょっとだけ行ってくるね」
頭を一撫でしてから去って行くエルヴィス青年を見送り、指示された場所に腰を下ろす。
(ダブルミーニングとは……いったい……)
ミアが出した単語はわたしの知らない物だ。地上に生きる者達の移り変わりは、わたしのような存在には早すぎる。
短い時の中で取捨選択を迫られながら、古き物を省き新しき物へと変化させていく人間たちの輝きを、親神様は特に愛でていたように思う。
(わたしにはよく、わからないな……)
「ミズキ様! こちらにどうぞ!」
「ん」
「ここにあるもので、食べられない物はありますか? 鹿の獣人が食べてはいけない物は出てないですけど、やっぱり好みってありますから」
ミアに案内された机には丸や四角の大皿に盛られた食べ物が所狭しと並べられ、小さな皿がいくつか重ねられている。
好き嫌いを聞かれたが、全くわからない。
今のわたしにわかるのは、昨日食べたリンゴくらいだ。他にも果物がいくつも盛られているけれど、知ってる形でなかったり皮が剥かれていたりと判断が付かない。
「気になる食べ物はある? おれが食べさせてあげるから教えて?」
「あ! エルヴィス様、挨拶回りはどうされたんですか!」
「ささっと終わらせてきたよ。大したことを話すわけでもないしね。あ、これなんかどう? 泡雪羹っていうんだけど、しゅわしゅわで甘くて、おもしろいよ!」
「っ!!」
エルヴィス青年が口元まで運んできた薄桃色の食べ物を口に入れると、じんわりと広がる甘さとじゅわぁっ、と舌の上で弾ける感覚に目を丸くする。
食べ物でおもしろいとはどういう事かと思ったが、確かにこれはおもしろい以外に表現する言葉はないような気がした。
「ね? 不思議でおもしろいでしょう? 味も甘くて美味しいし、ミズキが気に入ってくれたならよかったよ」
「おい、しい」
「ほら、これもどう? いなり寿司っていうの。ちょっと甘めなのがカエルレウム家の味付けだよ」
ひょい、と出されたのは茶色く三角形の皮で包まれたお米。
一口囓れば皮からじわりと甘みが溢れ、米に残るわずかな酸味を包み込む。
(獣人になってよかったことってやっぱりこれだよなぁ……。味覚があるってすごくいい)
たしか、この食べ物は狐の眷属たちが好んでいた記憶がある。
ずっと昔、ククヌチ神にお世話になっていた時代だっただろうか。
かの神と一緒に……、いや、誰かと……?
とにかく一人ではなかったと思うのだけど……。
カナヤマ神の領地で出会った狐の眷属が、社に訪れた人間たちに渡されて喜んでいた記憶が微かに残っている。
(あの時はそんなに喜ぶことなのか、と思ったけれど眷属に味覚があるとしたら確かに喜ぶのかもしれない)
「はーい、次はこれ。今が旬のぶどう。皮剥いてあるからすぐに食べられるよ。……あ、種があるからここに出してね」
「ん」
紫色や赤に緑……。一口にぶどうと言っても見た目も形も味も違う。
昔はこんなにも多くの彩りは無かったはずなのだけど……。
――『品種改良、と言うのですよ』
なぁんて、親神様が嬉しそうに眺めていた気がする。
親神様は本当に、地上で暮らす人間のことを気に入っていた。
何か新しい動きがある度に地上界の一番近い場所に降りて行って、あれやこれやとお土産を抱えて戻って来ては楽しそうに地上の様子を語っていた。
「カエルレウムの例大祭はどうだった? 他の領地もこれから例大祭が行なわれるんだけど、カエルレウムの例大祭が一番賑やかなんだよ」
「……にぎ、やか?」
「そう! 社に伝わる舞の違いも多少あるけど、基本的にはどの例大祭も規模は同じでね。だけどうちの領民は特に例大祭に力を入れているから、社に来てたみんな、手拍子やかけ声が上手だったでしょう?」
「わらって、た。いっぱい」
祭りだからと言う以上に、社全体が陽の気に満ちあふれていた。
こんなにも陽の気で満たすことができるから、カエルレウムの領地には眷属たちが生き生きと暮らしていけるのだろう。
ククヌチ神が居ても居なくてもきっとこの場所は変わらず栄え続けるだろう。
(不本意だけど……。今はわたしがククヌチの称号を得たから、今後はもっと眷属たちが過ごしやすくなるだろうな。……本当に、不本意だけど!)
井戸に落ちたときに薄々感じてはいたけれど、この社に満ちる神気はびっくりするくらい肌に馴染む。
ついさっき、社の主となったのに今ではもう、完全に神力の一部と化している。
(わたしとスバル程ではないけれど、少なからず抵抗があったり馴染むのに時間がかかるはずなのだけど……)
「ミズキはさ……。これから、どうしたい?」
「どう……?」
「おれと契約してくれるのかなって。昨日は助けてくれたし……。朝は、その……」
朝は、と言いながらもぞもぞと身動きするエルヴィス青年。不思議な動きをするなぁ、と思いつつも言葉の次を待つ。
(思った事は言葉にしてくれないとわたしはわからないから)
「ミズキ、おれと契約してくれる……?」
「けい、やく……?」
(誓約とどう違うのだろう)
誓約は神同士の決めごと。もしくは神が宿主を定めた際に人間に与える証だ。
神であっても誓約を違える事は禁忌であり、宿主を定めた誓約は人間にとって一生涯のものとなる。
生涯、命尽きるその時まで、誓約を結んだ神のものである。という証。
(それが人間にとって、幸せであるかなど、わたしたち神にはわかりようがないのだけど……)
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