堕ち神様は水守伯爵に溺愛される

れん

文字の大きさ
上 下
18 / 20

水守伯爵と幼馴染み

しおりを挟む



 厳かに、けれど華やかな舞の奉納を背にして、盃を乗せた三方をゆっくりと床に置く。



「ねぇ、あの子本当に僕たちを怖がらないんだね。身体を舐め回すようにガン見されたときは何ごとかと思ったけど、案外可愛い子じゃん」
「あの子はおれが見つけたんだから、あげないよ?」
「わかってるって。僕は他人のものを欲しがるようなタイプじゃ無いからね」


 盃を受け取って楽しそうに微笑むチェスターを一睨みしてから清水を注ぐ。


 チェスターもおれも酒はからっきしだから、酌み交わすのは酒ではなく清水だ。




「チェスターはさ、あの子みたいにおれたちを怖がらない獣人を見つけたら。……どうする?」
「そりゃ歓迎するさ。――んでも、上に目を付けられない範囲の獣人だったらの話だけどね」


 あはは、と乾いた笑いを浮かべる彼に少々同情的な視線を送ってしまう。


「まぁ、うちの兄姉超怖いしね。長子以外が目立つものじゃ無いよ」
「東領に居る限りはゆっくり羽を伸ばしていなよ」
「うん、そうするつもり。姉さんたちからしたら神の宿らぬ東領はハズレだからね。僕がここに留まりたい意志を示せばいくらでも居られるよ」


 じゃぁ、ゆっくりしていってね。と一言告げて在るべき場所に戻る。




 ここは参拝客を正面から見渡せる位置。

 皆笑って手拍子で場を盛り上げたり、たまにしか会えない友と語り合ったり思い思いに楽しんでいるようで安心だ。

 今日はちゃんと清水が用意されていたので、儀式の後も平常心で参加出来るのが嬉しいところ。
 少し視線を端の方に向けると、エイダとミアに挟まれた位置にちょこんと座る彼女が目に入る。


 何を見てそうなるのか、一人で百面相を浮かべる彼女に気づき、噴き出しそうになる。

 真剣そうな表情をしたかと思えば驚いてみたり、拗ねたような表情も見受けられる。


(もしかしたら精霊様と意思の疎通をしているのかも知れない)



 獣人に限らず感応性が高い者には、世界の至るところに存在する精霊様を感じることができるらしい。


 中には姿を見たり言葉を交わすことも可能な者も存在するといわれている。
 もしかしたら彼女はそのごく僅かな才能を得て生まれてきた者なのかもしれない。



(彼女が何者であっても、おれのものにしたい気持ちは変わらないけれどね)








 本祭りも恙なく終了し、帰路につく領民の安全を願いながら撤収作業へと移る。


 各地から贈られた神饌はお下がりとして社の外へ並べられ、そのまま食べることができるものは各自持ち帰り親しい者たちに分け与え、調理が必要なものはその場で大掛かりな炊き出しが行なわれ参拝客に振る舞われる。


 一年に一度、豊穣を祝い神と食を共にすることで無病息災を願う大切な行事だ。



(朝食は一緒に食べられなかったから、昼食は間に合えばいいけど……)



 チェスターの訪問や突然始まった探検? 探索? で結局朝食を共にすることが叶わなかったので、ササッとやることを終わらせて合流したいところだ。





 さぁ、もう少しだ。と意気込んだのだが、背後から聞こえた足音に振り返る。




「あれ? どう、したの? 後はお片付けだけだから、きみは皆と一緒に昼食を――って、えっ!? ちょ、ちょっと!?」



 おれの話なんて聞いていないかのような素振りで、躊躇いも無く腕を掴まれる。
 状況を理解する間に身体は彼女に引かれて階段を登る。



「ぁぁあっ、ちょ、さすがにそれはダメだよっ! そこは、主祭神様の御神体をお祀りする場所でっ! って、なんでっ!? さっきちゃんと鍵かけたのにっ!?」

 彼女が何をしたいのかわからないまま御神体を祀っている部屋の前に来てしまった。この扉の向こう側にはカラながらも御神体が祀られている。

 制止の声など聞き入れられるはずもなく、彼女は扉へと手を伸ばす。
 彼女の手が触れる前に、内側からゆっくりと開く扉に驚きを隠せない。



 さっききちんと鍵を閉めたし、その鍵は今もおれが身につけている。
 なんで、どうしてと思っているうちに御神体が露わになる。



 一点の曇りも無い透明な水晶にぽたりと散った紅が妙に映える。



「えっ!? きみっ!? なにをっ!?」

 ぽたりぽたりと水晶に紅が咲いていく。
 いったい何を、と彼女を仰ぎ見ると息を呑むほどの碧が遙か遠くを見詰めている。


 彼女から一瞬たりとも目が離せず、身動きもとれない。

 研ぎ澄まされた鋭い刃のような気を纏った彼女はどこか神聖さすら感じさせる。





 ふ、と纏う空気が一変し、緩やかな時の流れが戻って来た。



「だ、大丈夫っ!? ねぇ、きみ!」
「……だい、じょぉ、ぶ」
「っ! え、喋ったっ!? えっ!?」
「……えるび、しゅ――っ!?」

 少しだけ俯いた彼女に問いかけると、はっきりと聞こえた声に驚き目を丸くする。
 言葉を発してはっと顔を上げた彼女の顔にも驚きが浮かんでいて。

 たどたどしくもわかる範囲で紡がれた己の名を聞き間違えるはずがない。


 確かに彼女はおれの名を呼んでくれた。



 そのことがとても嬉しくて、じんわりと幸せを噛み締めるおれを残して彼女は走り去った。



「――え……。……えっ!? ちょ、待って!」

 階段を駆け下りた彼女が向かうのは幼馴染みのチェスターが座る場所。
 まさか彼を気に入ったのだろうか、とチクリと胸を刺す痛みを覚えたがそれは杞憂に終わった。


 彼女は座るチェスターの少し後ろのあたりに立って、畳を見下ろしている。


(精霊様がいるのかな……?)




 チェスターもおれも、自慢じゃ無いけれど精霊様に避けられているらしいから、あの位置に精霊様がいらっしゃるとは思えないのだけど。




「わぁっ、またどこ行くのっ!?」

 畳をジッと見下ろしていると思ったら、突然社の外へ飛び出す彼女を慌てて追いかける。



「エルヴィス、今の何?」
「知らないよ! おれだって驚いてる。とにかく追いかける」


 社を出て参道まで出てきたが、ちょっと見る限りでは見当たらない。
 屋敷の外へは出ていないだろうからここから見えないとすると鎮守の森に入った可能性が高い。









「あ……っんんんんっ!? こ、これっ!」

 参道脇の鎮守の森から男性の声がする。少し高めの声はこちらまでよく聞こえる。
 聞き覚えの無い声を不審に思い確認のため茂みをかき分けてそっと覗く。


 チラリと見えた蒼は確実に彼女のものだ。




「え、やぁ、それはいいんすけどね……。それくらいの礼は返さねぇとなんですけど……これって……」
「ちょっと! こんなところに居たら危ないよ! って、わぁ! 猫だぁ! かぁわぁいい――ほぉら、怖くないよぉこっちにおいで?」

 早くこっちにおいで、と彼女にかけるはずだった言葉は対象を変えて発せられる。
 彼女の向かい側。そこには真っ白な猫がちょこん、とお座りをしていて。

 大きく見開かれた瞳は金色に輝いている。


 この世の者とは思えない美しさと壮麗さを纏う白猫の首根っこをひょいと掴んで振り向く彼女の表情はどことなく不満げだ。





「その猫、どうしたの? きみが見つけたの?」


 首根っこを持たれてぷらーんとしている白猫に手を伸ばす。
 一瞬、彼女の不機嫌度合いが増したような気もするが、問いかける前に渡された温もりに自然と頬が緩む。



「わぁ……ふかふか……。きみもおれを怖がらないでいてくれるんだね? 嬉しいなぁ……。ずっとこうして撫でてみたかったんだよ」



 まるで絹を撫でているような手触りは、見た目通りに心地よい。
 飼い猫でもここまでの毛並みはそうそう居ないのではないか。


 この子が野生であるなら飼ってあげたいところではあるけど、こんなにも手入れが行き届いた子が野生であるはずが無い。

 近くに飼い主が居ないか探すべきだ。きっと心配しているだろうから。




「ねこ、すきか」
「ん? あぁ、猫? うん、好きだよ。でも、おれ動物にもあんまり好かれていないみたいで、ずっと遠くから見てるだけだったから……。触れて嬉しい!」
「……そう」


 たどたどしく問うてくる彼女はおれの腕の中でジッとしている猫に視線を落として、ついと逸らす。






「――ごはん、いく」
「――ぇ?」

 とん、と参道に戻った彼女はこちらに背を向け歩き出す。


 あんなに急いでここを目指していたのは、この白猫を助けるためだったのかもしれない。
 社の片付けはもう少しで終わるから、それが終わったら合流して食事を摂ろう。


「きみの飼い主さんも探さなきゃね?」



しおりを挟む
お気に入り登録やしおり付けが励みになっております。感謝感謝です!コメントを頂けると喜びますので、お時間ありましたら気軽に話しかけてやってくださいませ……。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...