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堕ち神様と本契約
しおりを挟む太鼓の音が空気を振るわせ、笛の音色が響き渡る。
舞の奉納が進むにつれて場が盛り上がり、集まった人間も一緒に手を叩き、声をあげ場が熱狂に包まれていく。
昨日とは異なり、奉納の途中で人間たちに酒が振る舞われている。
御神酒を飲めない子供たちには饌米が配られ、主祭神の恵みをその身に宿す。
『ククヌチの神は居ねぇですけど、領民一丸となってこんな盛大な祭りを開けるんだから、東領は安泰ですねぇ』
『神は居なくてもこの地には眷属たちがたくさん居るからね。このお祭りは眷属たちに捧げてるようなものでしょ』
舞の奉納を眺めていると、少し遠い場所に陣取っていたスバルがすす、と寄ってきた。
カナヤマ神の宿主はちょうど、エルヴィス青年から御神酒を次がれているところらしい。
今日のエルヴィス青年は酒を口にする機会は無かったようだ。
昨日とは違い顔色がとても良い。
『そう言えば、カナヤマ神の宿主は酒に当てられたりしないの?』
『そりゃあもうべらぼうに弱いっすよ! ちょぉっと熟れすぎた果実にあたって酔っ払うくらいですからねぇ』
『じゃぁあれ、大丈夫なの?』
宿主の宿命を思い出してスバルに問いかける。
エルヴィス青年が酒に弱いのと同じように、カナヤマ神の宿主であるあの青年も酒に弱いのではと思ったが、どうやらやはり抗いきれない体質らしい。
『大丈夫っすよ。あれは清水です。あの二人は幼馴染みですからね。お互いの得手不得手はわかり合ってるんすよ』
『へぇ。きみは宿主とは長いの?』
『そぉっすねぇ。あの子が生まれたときから見てたっすよ。ずっと見守ってて、やぁっと一緒になれるって思ったら、振られちゃいましたけどね!』
スバルはからりと笑うけれど、きっとそれは神にとって苦渋の決断。受け入れ難い事だったに違いない。
『陰の気に染まらなかったんだね。褒めてあげるよ』
『ぉおっ! ありがとうございまぁす! まぁ、それくらいで染まってたらカナヤマ奪う前に染まってますよ』
スバルは宿主を見詰める瞳になにを宿しているのだろうか。
陽の気と陰の気が合い混ぜになったその瞳の奥にある感情とはなんだろう。
『ずっと欠片を見守ってきたんです。護りたいと思って神格も奪い取りました。やっと本物になったあの子を今度こそ護りてぇんですわ俺』
『きみがカナヤマ神となったのは彼のためなのかな?』
『そっす。西領は偏屈者の集まりっすからねぇ。今度こそあの子を長生きさせてやりてぇんです』
(うーん、地上神の考えることはよくわからないなぁ。人間の生き死にを神が好き勝手にどうこうすることは不可能なのに。仮に可能だとしてもするべきでは無い)
そんなことをしたら秩序が崩れてしまう。
『獣人として彼と関わる事で何かがかわるの?』
『神として関われないから、獣人という種族に一縷の望みをかけているんですわ』
『ふぅん、そう』
舞の奉納が終わり、エルヴィス青年が締めの挨拶をしたことで一応のお開きとなったらしい。
興奮冷めやらぬ様子で社を後にする人間たちの波に呑まれないよう、端の方に避ける。
「お客様、そろそろ帰りましょうか?」
「社の中では片付けなどがあるくらいですので。昼食の準備もできているので、参りましょう」
端の方から社の本殿を見るわたしに気付いた二人が声をかけてくるが、首を横に振って提案に異を唱える。
『あれっ!? もしかして、俺のお願い聞いて頂けちゃう感じです!? このタイミングでここに残るってことは、つまりっ!?』
『……別に、きみから頼まれたからってだけじゃ無いよ』
瞳を輝かせてこちらを見遣るスバルの視線から逃げるように、本殿でお供え物の撤収作業を行っているエルヴィス青年へ向かって歩く。
「あれ? どう、したの? 後はお片付けだけだから、きみは皆と一緒に昼食を――って、えっ!? ちょ、ちょっと!?」
わたしに気付いて振り向くエルヴィス青年の腕をむんずと掴み、ご神体が置かれている祭壇までの階段を迷い無く登る。
「ぁぁあっ、ちょ、さすがにそれはダメだよっ! そこは、主祭神様の御神体をお祀りする場所でっ! って、なんでっ!? さっきちゃんと鍵かけたのにっ!?」
あちらとこちらを隔てる扉に手を掛けると、力も入れていないのにひとりでに開く。
エルヴィス青年は驚いているが、壊れているわけでは無いので安心して欲しい。
「えっ!? きみっ!? なにをっ!?」
『我、社を統べんとする者也。我の名は七瀬。我が名を以てククヌチの神性を継承す』
こぢんまりとした空間の中央に祭られている水晶に自分の血を認識させる。
これでこの社を統べる者はわたし一人となり、この社を欲するならわたしと争い勝利しなければ成らなくなった。
(っ、ぅ……っ。さすがに、ちょっとしんどい)
いつからかわからないが、先代のククヌチ神が不在になってから現在までに溜め込まれていた膨大な量の神力が一気に体内に流れ込んでくる。
井戸の中で経験済みだからってちょっとナメていた。
あそこにはほんの極一部。きっと眷属たちが不自由なく生活できる程度の神力しか流れていなかったのだ。
神の力はそのまま信仰心の現れだ。
主祭神が不在でも、この土地に生きるものたちが如何にククヌチ神を大切に扱っていたかが伺い知れる。
「だ、大丈夫っ!? ねぇ、きみ!」
「……だい、じょぉ、ぶ」
「っ! え、喋ったっ!? えっ!?」
「……えるび、しゅ――っ!?」
社の神力を一身に受けたわたしは親神様の加護を上回り、晴れて声が出せるようになった。
エルヴィス青年に事の次第を話そうと口を開いたが、耳に聞こえてきたのは言葉とは程遠いふにゃりとした音だった。
(え、えっ!? なんでっ! どういう事っ!?)
驚くわたしの目に映ったのは、お腹を抱えて笑い転げるスバルの姿。
どういう事かと問い質すために、元来た道を一足飛びで駆け下りる。
『ねぇ! どういう事なの!? わたしの声、変なんだけどっ!?』
『あっ、ははははっ! いやぁ、予想はしてたっすけど、ははっ、やぁっぱ、そうなるっすよねぇっ、ははっ』
笑い転げるスバルをジト目で睨み付けると、ひぃひぃ良いながらも立ち上がる。
『えーっと、まず、あなたは今、殆ど神語しか話せねぇわけです』
『神だからね。人間たちがわたしたちの言葉を聞き取れないのは使う言語が違うからでしょ』
『ですです。んで、あなたは人間の言葉を聞けるけど、話せない状態なんです。――人間の言葉を知らないから』
スバルの言っている事は理解できる。
聞き取ることができるのと話すことができるのは別の問題だと言うことだろう。
『じゃぁ、わたしはこれからずっとあの言葉ってこと?』
『いやいや。そうじゃねぇです。人間と暮らしているうちに、段々と身についてくるもんですよ』
『――その言い方だと、きみは人間の言葉を本当の意味で理解できているってことになるけど?』
『です。まぁ、こればっかりは地上に居て人間と関わってきた時間が違いますからねぇ。そこだけはまぁ、地上神が天界神に勝る唯一と言っても差し支え無いでしょうねぇ』
得意げに胸を張るスバル。
少々腹立たしくもあるけれど、スバルの言うことに嘘は無さそうだ。
『ふぅん。じゃぁ、存分に役に立ってもらおうじゃないの』
『ぅえっ!? ちょ、ど、どこ行くんすかっ!?』
スバルの腕を掴んで参道脇に逸れて鎮守の森にサッと身を隠す。
どうしたどうしたと慌てるスバルは、自分がなんのためにわたしを訪ねてやってきたのかすっかり頭から抜け落ちているらしい。
『七瀬の名の下にカナヤマ神スバルに加護を授ける』
「あ……っんんんんっ!? こ、これっ!」
『きみが人間の言葉を自由に操れるのなら、暫くはわたしの巫としての役目をしてもらうよ』
「え、やぁ、それはいいんすけどね……。それくらいの礼は返さねぇとなんですけど……これって……」
「ちょっと! こんなところに居たら危ないよ! って、わぁ! 猫だぁ! かぁわぁいい――ほぉら、怖くないよぉこっちにおいで?」
『ああああぁぁぁぁっ! やっぱり! 完全猫化してるじゃねぇですかっ!』
『神力の質が違うんだもん。加護が馴染むまでそのままなのはしょうが無いよ』
わたしを追いかけてきたであろうエルヴィス青年が茂みをかき分けて見つけたのは猫。真っ白な身体に黄金の瞳を持つ、紛れもない猫だ。
スバルに獣人の加護を授ける際に、なにか動物を想像しなければならなかったのだが、虎だとそのまま過ぎてあまりよろしくないような気がしたので近縁種の猫にしてみた。
本人はお気に召さなかったようだが、何の獣人希望なのか最初に言っていないスバルが悪いのだ。
加護は与えたらそれっきりだから、我慢して猫獣人として生きていってね。
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