堕ち神様は水守伯爵に溺愛される

れん

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堕ち神様とお二人さん

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「あ、居たっ! もう、どこに行っちゃったのかって心配したよ?」
「エルヴィス、彼女びっくりしてんじゃん。背後からの声かけは気をつけないと、普通の獣人だって驚いて逃げ出しちゃうんじゃないの?」
『おっ、お迎えが来ちまったかぁ。うーん、残念。もう一押しだったんだけどなぁ……んじゃ、また来ますんで! それじゃ!』
(エルヴィス青年っ!? と、カナヤマ神の宿主! って、えぇっ!? スバルはしれっと宿主の肩に乗ってるし!)



 小さくなって宿主の肩に座るスバルは、もはや誓約を結んでるだろうってくらい宿主にべったりしている。


 あれだけひっついてたら誓約してなくても宿主に神気が纏うだろうな。





「どうしたの? なにか気になることがあったの? 何かあるならおれに教えてね?」
「えー? なになに? もしかして僕に興味がある感じ? そんなに見詰められたら照れちゃうなぁ……って、あれぇ?」



 スバルから視線を外し、エルヴィス青年の正面へと移動する。

 昨夜纏っていた酒気は綺麗さっぱり抜けたらしい。


 きっちりと抜けきるまでに話をしたかったけれど、彼に辛い思いをさせ続けたくはないので酒気を飛ばしたことに後悔はないのだけど。




「えっと……」
「エルヴィス様、そろそろ本祭りの支度に取りかかりませんと……」
「あー、うん。すぐに行くよ。えっと、きみも一緒に来る?」




 鳥獣人は一言告げると足早に来た道を戻っていく。祭儀まで時間がないのだろう。これ以上ここにエルヴィス青年を引き留めておくのも無意味だ。


 差し出された手を取りエルヴィス青年に付いていく。
 来客らしいこのカナヤマ神の宿主はこのまま放置でよいのだろうか?





「じゃぁ、エルヴィス。僕は観覧席で見物させてもらうねぇ!」
「うん。なにも代わり映えしないけどゆっくりしていってよ」


 カナヤマ神の宿主は片手を上げて返しつつ、社の方へと歩いて行く。



「じゃぁ、おれたちも行こうか」
『おはようございます龍神様!』
『カナヤマ様が訪ねていらっしゃるなんて! さすが龍神様です!』
『カナヤマ様のお願い、叶えて差し上げるのですか?』



 手を引かれて歩く道すがら、先程まで静かに事の成り行きを見守っていた眷属たちが一斉に話しかけてくる。

 神域を統べる神の順位はそのままその神域の格となるので、眷属たちにとっては己の格上げのためにも重要事項なのだろう。


 カナヤマ神からの依頼を達成すれば、堕ち神のわたしが統べる神域でも、他神の神域よりも遙かに格が上がる。

 なぜならカナヤマ神は地上に生きるものたちの中で至上とされる、五柱のひとつだ。


 この神域も本来ならその中の一柱の神域となるはずなのだけど……。


(まぁ、難しいことは考えるのやめよう。たぶんきっとおそらく、親神様がわたしをここに導いたのもなにか理由があるはず)


 のほほんと微笑む親神様を思い出しながら、彼の方の真意は誰にも推しはかることは不可能だからな、と自分を納得させる。



『無理のない範囲で叶えてあげるつもりだよ』



 わたしの言葉に眷属たちがわっと盛り上がる。
 眷属たちの気につられて空気が煌めき、草木がよりいっそう瑞々しく生い茂る。



「なんか……」
(どうしたの?)
「ううん、なんでもない。ちょっと空気が変わったなって感じただけ。たぶん、気のせいだね」

 足を止めて周囲を見渡すエルヴィス青年。

 それは気のせいなんかじゃないよ、と教えてあげたいけれど、声がないので成しえない。



「じゃぁ、おれは着替えとかあるからここで。エイダとミアが朝食を準備しているから、きみはしっかり食べてくるんだよ?」
「お客様! 朝のお散歩に行かれるなら呼び出してくださればよかったのに! ミアは寂しいです!」
「おはようございますお客様。どこかへ行かれる際は私どもを頼っていただけると嬉しく思います」


 連れてこられた部屋の前で、エルヴィス青年が話していると扉が勢いよく開き昨日隣室で眠っていた二人が飛び出してきた。






「じゃぁ、後はよろしくね。二人とも」
「はいっ! 任せてください!」
「支度が調いましたら後ほどお連れします」

 さぁどうぞこちらへ、と連れられて入った部屋の中にはたくさんの食べ物が並べられている。
 他にもだれか来るのだろうか、と座ってしばらく待ってみたが新たな入室者は居ないようだ。





「さぁさ、お客様。朝食なので軽めに用意してみましたよ。これはサンドウィッチなので手で持って食べられますよ!」
「いかが致しましたか? 誰かお探し……あぁ、エルヴィス様なら祭儀の準備をなさっているので別の場所で朝食を召し上がっておられます」



 両隣に立つ二人を交互に見遣る。
 この量を一人で食べるには無理があると伝えたくてもどうすればいいかわからない。


 残してしまってはこれらに宿る眷属たちが浮かばれないので、どうにかして無駄にしない方法を考えなければ。




「お客様? どう――んっ!?」
「お客様、なにを――なっ!?」


 覗き込む二人の口に、先程進められた三角の食べ物を放り込む。
 目を見開きつつも咀嚼する二人を確認して、同じように白くてふわふわの食べ物を口に運ぶ。


(わぁっ、美味しい! 白いのはふわふわで中の黄色いのはとろとろで、桃色の板みたいなものは他のよりも少し味が違う)




『龍神様、宿主様の御用意ができたみたいだよ』
『先に社へ向かったようです』

「え、えっ? どちらに――えっえ?」
「お客様? なっ、えぇっ?」



 エルヴィス青年が社に向かったと眷属が伝えに来てくれた。


 迎えに来てくれると思っていたがそうではないようだ。


 わたしも社に用事があるのだけど、この食べ物を無駄にはできないからと隣に立つ二人をそれぞれそこにあった椅子に座らせる。


 わたしの前に置かれている数種類の皿を二人前に移動し、食べるように促すが伝わらなかったので銀の三つ叉で刺してから目の前まで持っていく。





「え、えぇと……。私も食べなさいってことですか?」



 問いかけに頷くとチラリともう一人の人間を伺っている。どうやらあちらの方が格上で権限を持っているらしい。




「お客様、わたくしどもは使用人ですのでお客様と共に食事をすることはできないのです」



 わたしの視線を受けてそう答える人間の前にも同じように食べ物を持っていく。


 こちらも早いところ片付けてさっさと本契約を結びに行かなければならないので、おとなしく従ってくれると助かるのだけど。







「――今回だけですよ」
「やった! エイダさんの許可が出ましたよ! じゃぁ、お客様のご厚意に甘えさせて頂きますね!」


 二人が食べ始めたのを確認して目の前の食べ物を口に運んでいく。

 今日の食べ物は難しそうな道具を使用せずに食べられるものばかりだから、自分一人で処理できるのが良い。






「次はお召し替えです!」
「さぁ、こちらへ」



 出された食事を完食し、エルヴィス青年の所へ向かおうとしたが、次はこちらだと手を引かれて移動する。

(早いとこ向かいたいんだけどなぁ。でも、二人を振り切るのもなんだか可哀想なんだよなぁ)



 先程この二人はエルヴィス青年からわたしの世話を言付かっていた。
 つまりこの二人の指示にわたしが従わなければ、エルヴィス青年からの指示を完遂できなかったとして責められるのはこの二人だろう。

 己の用事が緊急ではないこの状況でそれをするのはさすがに忍びない。








「さ! 準備万端ですっ!」
「今日は本祭りですので、昨日同様今から社へ向かいますがよろしいですか?」





 なんやかんやでやっと開放されるらしい。
 二人と共に社へ向かうとすでにたくさんの人間で埋め尽くされている。



(なんだか昨日よりも子供が多い気がする。朝だからかな?)





「今年もたくさん集まりましたねぇ」
「領地が栄えている証拠です。主祭神様もお喜びになることでしょう」



 わたしと同じ場所を見ていたらしい二人の会話が聞くともなしに聞こえてくる。




(ククヌチ神が居たら、そりゃあもう喜び舞うだろうねぇ)




 春を司るククヌチ神は生きとし生けるもの全ての芽吹きを歓迎する。
 老人よりも青年を、青年よりも子供を愛する慈愛の神性だ。
 たくさんの子供が集まっているこの状況を喜ばないわけがない。





「今日は七五三の祭事も兼ねているんです。たくさんのお社がありますけど、例大祭と合わせて七五三を行うお社はこの国でここを含めた五社だけなんです!」
「本来であれば一ヶ月ほど後なのですが、五つのお社のみ、主祭神様所縁の日に七五三の祭事を行うのです」

 きっとわたしに説明してくれたのだろう。



 確かに今の時期は多くの神が中央の社に集まって会議を行っているので、神が不在の社も多い。



 年に一度の会議だけど、その期間は一ヶ月ほど続くので四方を護る四神たちは行きたいときだけ参加するのだろう。





(親神様もこの時期の数日間は天上界から地上の中央社に行っていたなぁ。わたしはいつもお留守番だったけど、今年は天界を空けても大丈夫だったのかな?)



 中央社に行ったときは必ずお土産に勾玉を持って帰ってきてくれていた。
 毎年の恒例だったから、空間のどこかに在るはずなのだが、ぱっと思い出せそうにない。


(後で気が向いたら探してみようかな)


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