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堕ち神様と地上神
しおりを挟むぱちり。
心地よい眠りから引き上げられる。
不覚にも縄張りとなってしまった神域に、知らない神気を感じて駆け出した。
(この神気は地上神? 天界神では無さそうだけど)
神域を求めてきたのならもう少し早く来たらよかったのに。今更遅いよなぁ、と思いつつだからといってこの神域をくれと言われたらたぶんきっと、わたしは断るんだろうけど。
(昨日の今日なのに、もう所有欲が湧いている……。神って不便だなぁ)
これは堕ちた神とはいえ、神であるのでしょうが無いのだろう。
己の欲を持て余しつつやってきたのは屋敷の入り口に近い部屋。
この辺りから見知らぬ神気を感じたのだけど、今はそんなに濃くはない。移動したのだろうか。
いや、でもこの神域内には居るみたいだな。
「あれぇ? エルヴィスが来るかと思ったんだけど……。噂の本人が出迎えてくれた感じ?」
扉を開けると初めて見る人間が座ってこちらを見ている。
月の光を溶かし込んだような金目に、日が沈んだ直後に現れる、夜空が始まる色を纏うこの人間はどことなくエルヴィス青年を思わせる。
「ねぇねぇ、きみってさぁエルヴィスが怖くないって本当? じゃぁさ、僕のことも怖――って、え? ちょ、なに?! えっ!?」
(誓約の証は――付いてない、みたい。じゃぁ、入ってきた神力の持ち主はこの人間を宿主としている神じゃない?)
(いやでも、この人間に纏わり付いている神気は侵入神と同一のものだと思うんだけどなぁ)
「なっ、ちょっ、えっ!? き、きみが僕のことも平気だってことはわかったから! わかったからちょっと! ねぇっ! はなっ、離れてっ?」
神と誓約を結んだ宿主には印が付く。この人間は神の神力を色濃く纏っているものの、両の手にも首回りにも額のどこにも印が見当たらない。
(こんなにも色濃く神気を残しているクセに誓約をしていないなんて、どれ程気の小さい神なのだろう)
「ち、チェスタぁー!? そんな引き寄せてその子になにする気!?」
(うーん、とりあえず本人を探してみようか。まだこの神域に留まっているみたいだし)
「はぁっ!? どっからどう見たら僕が手を出しているように見えるわけっ!? だいたいねぇっ! ……って、あれ?」
(こっちから濃いめに感じるからまずは行ってみるかぁ)
「ねぇ、きみっ!? どこ行くの?」
(うーん、この神気。どこかで会ったことあるかなぁ。なぁんか知ってる感じするんだよねぇ)
エルヴィス青年が入ってきた扉から廊下に出て、神気が留まる場所を目指して進む。
近づいたら離れるわけではないので、逃げ回っているのとは違うが少しずつ移動しているのを感じるに、どこか目的地があるのかもしれない。
『ねぇ、隠れん坊はおしまい?』
『おっ! やぁっとおいでなさった。初めまして、と言っておきましょうか』
『きみとは初めましてな感じがしないんだよね。カナヤマ神だからかな』
『ぉおっ! さっすが天界神様ですねぇ! 俺のことすぐにわかりましたか! んでも正直カナヤマ神を名乗るほどの仕事はしてないんで、俺のことはスバルって呼んでください』
敷地の入り口。門の最上部に腰掛ける神は金色の瞳を細めながらにかっと笑う。
白銀の短髪が朝日に照らされてほんのりと朱色に染まっている。
わたしが記憶しているカナヤマ神ではないけれど、かの神の神力を纏う目の前の男神は、五百年の間に新たにカナヤマ神と成った神なのだろう。
『きみは地上神でありながらカナヤマ神と成るほどに宿主を欲しているみたいだけど、なぜあの子と誓約を結ばないの?』
『あぁぁ、そこなんすよねぇ。本当はすぐにでも誓約を結びたいんすけど……。俺、あいつに嫌われてるみたいで』
あはは、と乾いた笑い声を上げるスバルを見て、心の底から唖然とする。
(宿主が神を嫌う? そんなことあるはずが無いし、もしもあったとしても問答無用で一方的に誓約を結ぶのが神という生き物だろうに)
天界神と地上神では考え方が少し異なるという話を聞いたことがあるけれど、これはその差異なんだろうか。
『きみはどうしてここに来たの? この神域になにか用? カナヤマ神なんだから自分の神域はあるでしょう?』
『天界神様を探してたんすよ』
『なんで? 天界神なんて地上神程じゃないけどそこら辺に居るでしょう?』
わざわざここに来る理由は無い気がするんだけど。
だってわたしよりも長く地上に留まっている天界神なんて山ほどいるだろうし。
『天界神様は滅多にお目にかかれないんですよぉ。しかも! 誇り高き天界神様が俺みたいな地上神上がりの四神なんて相手してくんないっすよ』
『……まぁ、確かに天界神と地上神ではちょっと話の通じ無さがあるかもしれないけど……。じゃぁなんでわたしと話そうと思ったの?』
『そりゃぁ、あなたは昔から――ってまぁ、それはいいじゃないっすか。無礼を承知で言うんですけど、俺の願い、叶えてくれません?』
すた、と門から飛び降りたスバルはわたしと視線を合わせるようにして腰を折る。
軽薄そうな話し方とは裏腹に、凪いだ光を宿す瞳に射竦められて言葉に詰まる。
天界神と地上神では同じ神でも越えられない境界が存在する。
天界神は平穏と秩序を重んじ、地上神は命在る者の心を重んじる。
異なる思想を至上とする者同士、相容れない境目があるのはしょうがない。
『地上神に無くて、天界神が持つ権能はあまりないよ。その殆どはこの世の秩序に関するもの。そう簡単に秩序は崩せない』
『あー、そんな大層な権能使って欲しいってわけじゃねぇんですわ』
体勢を崩し、髪をイジリながら乾いた笑みを浮かべる彼。
地上神が持たなくて、天界神が持ってる、大層じゃない権能ってなに……?
願いの条件に当てはまる権能を脳内検索していると、わたしの表情から察したらしいスバルは突然にこりと笑って距離を詰めてくる。
『俺にあなたの加護をくれ! そして獣人として人間に視えるようにして欲しいんだ!』
『はぁっ!? 加護っ!?』
『そう! 神に加護を与えられるのは天界神の権能っすよね!? 天界神のあなたなら俺の願いを叶えられますよね!?』
かなり喰い気味に迫るスバルに思わず一歩後退る。
地上神にもかかわらずカナヤマ神にまで成ったこの神の考えが理解できない。それだけの力があるなら、わざわざ獣人になってまで人間と関わる必要はないだろうに。
神が望めば人間なんていかようにもできる存在でしか無いというのに。
『……わたしは堕ち神だよ? 神力も権能ももう殆ど持ってない神だ。きみの願いは叶わないよ』
『叶いますよ。――だって、あなたは俺の願いを叶える方向で考えてくれているでしょう? 神力が満ちれば権能は戻りますよね。この神域の主になったんだから、神力が戻るのは時間の問題じゃないですか』
――ここだけで足りないなら、俺の神域を明け渡してでも権能を取り戻してもらいます。
神域を放棄するなんて神のすることでは無い、とは思ったがこちらを見据えるその瞳は冗談とは思えない程強い意志を宿していて。
『わたしはこの神域だけで十分だよ』
他人の領域を侵してまで欲しい力は無い。
それに、己のものにするのなら、この神域――。
エルヴィス青年だけで、いい。
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