堕ち神様は水守伯爵に溺愛される

れん

文字の大きさ
上 下
14 / 20

水守伯爵は寝起きに困惑する

しおりを挟む


 熱い、苦しい、目が回る。


 身体は休息を欲しているのに、目を閉じていてもわかるくらいに世界が回る。



 酒を口にしたのなんていつぶりだろう。
 ぼんやりとした記憶を手繰り寄せ、なんとか気を紛らわそうと足掻いてみる。


 あれはたしか、そう。



 神から加護が授けられるか否かを判定する十五の儀だった。

 初めて口にした酒気に当てられ、儀式の終了まで耐えきれずに昏倒したのだ。



 精霊の祝福も受けられず、獣人との契約もできず、身に余るほどの神力を持ちながらも神の加護さえも得られなかったうえに酒にまで弱いなんて。


 水の神を祀る一族が、その長子が酒に呑まれるなんてなんたることか、と父に詰め寄る血族の老人たちの姿は今でもしっかりと記憶に残っている。


 一族の重鎮たちは出来損ないのおれではなく、五つ離れた弟のアルヴァスがカエルレウム家の当主となることを望んでいたことも知っている。


 弟のアルヴァスはおれが神の加護を授かれないとわかった時点で精霊から加護を受け、水を司る獣人の中では上位と言われる人魚との契約を成し、十分強力な神力の発現すら認められていた。


 きっと十五の儀ではすんなりと加護を授かり、カエルレウム家の当主として名を挙げるのだろう。
 そう、周囲は確信していた。おれだってもちろんそうであるべきだと思っていたし、おれの存在がアルヴァスの道を塞いでしまっているのなら、家を出ようと思っていたくらいだ。



 しかし実際はどうだ。

 確かにアルヴァスは神の加護を授かったがしかし、当主として指名されたのはおれで。

 なんなら当主に立候補ではなく、当主に決定即譲渡という異例の家督相続となってしまったのだ。



 おれはなんとか父に思い直してくれと説得を試みたが、暖簾に腕押し糠に釘。全く以て相手にされなかった。しかも弟のアルヴァスさえ、この出来損ないのおれしか当主の器に相応しくないと言い出す始末。






 あぁ、酒に酔ったついでに要らぬ記憶まで引っ張り上げてしまった。

 はぁぁぁ、と夢心地で溜め息を永く吐き出したあと、先程とは違うどこかひんやりとしたものが布越しに触れきた感覚がする。



 心地よさをもたらすものの正体を確かめるため目を開けようとしたけれど、この清浄な空気が去ってしまうかもしれないと思うと意識に反して身体は言うことを聞かない。

 ひんやりして気がスッキリしたからか、抗いきれない眠気が襲ってくる。

 身体はこれでも耐えようとしていてくれたのだろう。

 段々と胸のモヤモヤや不快な火照り、世界の揺れなどが少しずつ消滅しているような気がする。



 もっとくっついていたくて、離れがたくなって潜り込んできた冷気に両腕を回す。
 ピクリと強張ったように動きを止めた冷気だが、またすぐにすりすりと清浄な空気が身体を満たしていく。

 澄んだ空気を感じながら、昼間に出会った獣人を思い出す。



 宝石を嵌め込んだように澄んだ碧の瞳をもち、清らかな流れを写し取ったかのような蒼の長髪。

 水神の化身である、と言われてもすんなり納得してしまいそうな美しさと、人ならざるどこか凪いだ雰囲気を纏う彼女。


 そこに佇んでいる姿は近寄りがたい空気を孕んでいるのに、食べ物を口に入れた瞬間変化した表情は花がほころぶように甘く、無邪気で。

 ついつい構ってしまいたくなるあの衝動はどこからやって来るのだろう。


 おれを怖がらず、避けることもしない獣人が初めてだから特別に感じているだけなのか、それとも別の理由があるのか。それすらも自分では掴めなくて。



 名はなんというのだろう。

 心を開いたら教えてくれるのかな。


 声は――きっとあの時聞こえたままなんだろうな。


 おれが困っていたから助けてくれた。その事実だけでもう、どうしようもなく手放しがたい存在になってしまって。


 もういっそのこと、中央に報告せずに囲ってしまおうか。
 見つけたのは自領だし、系譜はわからなくても鹿の獣人はそこまで珍しいわけではない。


 ここが無神の社だと気付いたようだから、もしかしたら《選ばれし獣人》かもしれないけれど……。それは本人が言わなければ誰にも特定できない事柄だ。


 おれと契約を交わした後にその事実が判明したところで、中央領でもおれと彼女を引き離すことはできないのだから。





 心の隅にどろりと黒い感情が渦を巻く。

 執着という名の感情は、今までおれが感じたことの無いものだ。きっとこの黒い気持ちを執着と、人は呼ぶのだろう。
 











「エルヴィス様、お加減はいかがですか?」

 いつの間にか深い眠りについていたらしい。
 扉の向こうからおれを呼ぶジャンの声にふと目を開ける。


 酒を口にした翌日とは思えない程にスッキリとした目覚めに驚く。

 こんなに綺麗に酒が抜けきるなんて弱い酒でもあり得ないことなのに……。


 きっと夜中に感じた清涼な心地よさのお陰でよく眠れたのだろう。なんて自分を納得させつつ、起き上がって布団をめくる。





「……。っ! ぇえっ!?」
「いかが致しましたか!? エルヴィス様?」
「あっ! ちょ、待って! 入っちゃ――」
「え、エルヴィス様っ!? こ、これはどういう事でございますかっ!?」
「待っ、ジャン! ちょ、落ち着いて!」
「これが落ち着いていられますかっ!? エルヴィス様、なぜ、お客様が、エルヴィス様と、同衾されているのですか!」

 おれの声を聞きつけ入室して来たジャンは、隣ですやすやと眠る彼女を見て血相を変えた。
 おれだって誰かに説明して欲しい。

 なんでこの子がおれの布団の中に入って寝ているのか。

 おれは昨日、たしかに一人で眠ったし、誰かを招き入れた記憶など無い。


 それなのに、なぜ……っ!?







「っ!!」
「うわっ! あ、あのね! こ、これは、そのっ! おれだってよく、わかってないんだ……け……ど……。え?」

 なんの前触れも無しに突然飛び起きた彼女。



 咄嗟に言い訳がましい言葉を投げようとしたが、状況を気にする素振りもないままたたたっと扉の向こうに駆けていってしまった。





「な、なん、だったの……?」
「エルヴィス様、後でお話をお聞かせ願います」
「で、でも、おれもよく、わからなくて……」
「お聞かせ願えますか?」
「――はい」


 ジャンからの圧に耐えかねて、犯してもいない罪を認めたような雰囲気になってしまった。


 酔いは醒めて気分爽快のはずなのに、理解できないもどかしさが燻る目覚めとなった。






「おはようございますエルヴィス様。お目覚め後すぐで恐縮ですが、エルヴィス様に急ぎの用事だと、チェスター様がお見えになっております」
「チェスターが? こんな時間に?」
「はい。なんでも急ぎ確認したいことがある、とか」



 本祭りが始まるまでまだ余裕はある。

 チラリとジャンに視線を向けると頷き返されたので、少しくらいなら対応してもよさそうだ。
 そうと決まれば準備にかからなければ。


 昨日よりも軽くなった身体で足取り軽やかに、身支度に取りかかる。


しおりを挟む
お気に入り登録やしおり付けが励みになっております。感謝感謝です!コメントを頂けると喜びますので、お時間ありましたら気軽に話しかけてやってくださいませ……。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...