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堕ち神様と不本意な仮契約
しおりを挟む太鼓の音と笛の響きに誘われてやってきた社。そこにはたくさんの人間が集まっていて、みんな一方向を凝視している。
「エルヴィス様、あれ、まずいんじゃ……」
「御神酒と清水を間違えてしまったのですね……」
(ねぇねぇ、なにそれ、どういうこと?)
二人の会話に耳を傾けるも、どういう事なのかさっぱりわからない。
(なんか、エルヴィス青年が持ってる杯から、すっごくいい匂いがする……)
すごくいい匂いだし、もの凄く美味しそうなのに、エルヴィス青年は固まったままピクリとも動かない。あれはああいう祭儀なのだろうか。
『どう、しよう……。呑めない、でも……』
(ぅん? エルヴィス青年の声?)
彼の周囲の人間も制止したまま動かない。今の声も聞こえていないようだ。
『おれを助けてくれる獣人がいれば……』
(やっぱり、エルヴィス青年の声だよね?)
なんだか助けを求めているような気がして、彼に直接尋ねようと隣に座る。
ぎょっとした視線を他の人間に向けられているが、そんな視線は気にならない。
「えっ……っんぐっ!」
呑めないのかと問うたわたしに驚いたのか、杯の酒がわずかに入ったらしい彼はむせだした。
やはり呑めないのだろう、と向かい側に回り込み、杯に口をつける。
クイ、と姿勢を低くすればエルヴィス青年の方に傾いていた杯がこちらに向かい、酒もつぅと流れてくる。
干した杯に再び酒が満たされて、エルヴィス青年の様子を伺うも微動だにしない。
もう飲んでいいのか、と問うと慌てたように祝詞を唱える。ちらりとこちらに向かう視線を感じて再び杯に口をつけると、今度は向こうがこちらに向かって傾けてくれた。とても飲みやすい。
干された杯には三度酒が注がれ、エルヴィス青年も祝詞を唱える。
三度目ともなると慣れたもので、同じように杯を傾けてくれた。
「っ!?」
(わっ、これ! えっ!? わたし、やらかしたっ!?)
杯が干された瞬間、社の奥の奥。屋敷の際奥より神気が溢れ出る。
その気に乗って眷属たちが一気に敷地内に飛び出した。
『わぁ! りゅうじんさま、ありがとう!』
『ぼくたちのおねがい、きいてくれたんだね!』
『五百年ぶりのお勤めじゃ。腕が鳴るのぅ』
『さぁて、まずは大掃除からだねっ!』
あっという間に隅々に散った眷属たちは、我が意を得たりと言わんばかりに敷地内を闊歩し、思い思いに行動を開始する。
人間の中には、眷属を感じる者が居るらしく、精霊様と呼んで笑顔を見せている。
(人間の間で、眷属は精霊と呼ばれているのか……って、違う! これ、どうしよう。わたしこの神域と契約しちゃった感じ!?)
身体に染み入る神力と、神域から解き放たれた眷属たち。それすなわち眷属が活動できる神域が広がったということで。
社つきとまではいかなくても、わたしの領域になっちゃったって感じかぁ……
領民の方を向いていたエルヴィス青年がこちらを振り向いた。その期待に目を輝かせる様を見せられてしまったら、やっぱり止めた、なんてとても言い出せる雰囲気ではない。
(なっちゃったもんはしょうがないよねぇ)
困っているエルヴィス青年は助かったわけだし、どういうわけか眷属も人間も喜んでいるわけだから、あとは流れに身を任せる他ないのかもしれない。
奉納される舞を眺めながら今後の事を考える。
今は仮契約状態だけど、本契約すれば親神様の加護を薄めて声が出せるようになるかもしれない。
地上で暮らすには声が必要だと学んだので、ちょっと本腰入れて契約に臨もうかなという気さえしてきた。
なにより、わたしの居場所を察知して姉神様達がやってきたときに迎え撃つには、力はあったほうがいい。
わたしがやられるだけならまだしも、この地に住まう者達に被害が出ることは避けなければ。
(そうと決まればエルヴィス青年ともう少し話をしなければ)
恐らくこの祭事期間は神域との境界が曖昧になっている。それに加えてエルヴィス青年は神の酒を飲んでいるので、効果が消えるまでは神の内となり、わたしと会話ができるはず。
そう思って機会を窺っている内に、いつのまにか眠ってしまったらしい。
目が覚めると布団の上だった。
(うーん、エルヴィス青年はどこだろう)
布団から身を起し、周囲を探る。
自分の領域となったからか、この屋敷の隅々まで気配を辿ることができる。
(屋敷の端、社に近い位置か……)
ここからそんなに遠くない。敷地内ではちらほらと活動する気配があるけれど、エルヴィス青年が居るところは誰も立ち入ってはいないようだ。
扉を挟んで隣の部屋に居るのはエイダとミアの二人だろうか。起さないよう、そっと部屋から出る。
『龍神様、見回りですか?』
『エルヴィス青年のところに行こうかと思ってね』
『あぁ、宿主様ですね! 酒に大層弱いようで……。少々体調を崩しておられるようです』
『え? そうなの。じゃぁ、ちょっと急ぐよ』
部屋を出てすぐに眷属の蛙が話しかけてきた。
くるくるつぶらな瞳で見聞きしたことを教えてくれる。とても嬉しそうだ。
(この子、井戸の中ではオタマジャクシだった子だよね? ちょっと成長早すぎない?)
井戸の中ではそれに適応した姿だったからなのか、それとも神域が広がったから自由度が増したのだろうか。
眷属の不思議は置いておいて。エルヴィス青年が苦しんでいるようだから、急いで向かおう。
神が宿らぬ宿主は酒にめっぽう弱いのだ。
酒に酔っている間は神の内に足を踏み入れることができるから、神からの言葉を聞き取りやすい。
神も宿主と直接やり取りできて互いに有益だとかで、神が宿主と誓約を交わすまでは酒を通じて互いに親交を深めるのだ。
宿主にとってはたまったものではないだろうけれど。
眷属の蛙に別れを告げて、目的地を目指す。
途中、鳥獣人が動く気配を感じてドキリとしたが、それ以降動きがなかったのでただの寝返りだったのかもしれない。
獣人と呼ばれる種族は神使と似たような雰囲気を纏っている。
神使ほど神力を纏っていないけれど、どことなく神力を感じることができる。
前に地上界で過ごしたときには存在しなかった種族だから、わたしにはよくわからない。
『獣人ってなんなんだろう……』
『龍神様の疑問にわたくしめがお答えしてもよろしいですか?』
『ん? きみ、獣人について知ってるの? 歩きながら聞いてもいい?』
『御意に!』
誰も居ない廊下を進んでいると、天上からひょっこりと蛇が顔を出した。
身辺護衛のようにずっとついて来てくれていたから、わたしの呟きを拾って出てきたのだろう。
眷属の中ではかなり有名どころの白蛇だ。この子もさっき井戸の中で見かけた気がする。
『では、僭越ながらわたくしめが獣人についてお話しさせていただきます』
『うん、よろしく』
『獣人とは神使殿と似通った姿形をとっておりますが全くの別物でございます』
『神力が薄いなって思ったけど、他に違いがあるの?』
『獣人は神を知りませぬ。声も聞けぬ、視る事もできぬ者であります。神力を纏っている故、我ら眷属の気配程度なら察することができますが……』
『そう言えば君たち、人間には精霊様って呼ばれているんだね』
獣人の話とは少し逸れてしまうけど、眷属を感じることができる程度の神力を持っている人間はなぜか、眷属たちのことを精霊様と呼んでいて気になっていたからちょうどいい。
『龍神様、我々眷属と人間の言う精霊とは少々異なるのですよ? 精霊とは地上界の生まれで、人間や神使の子と会話できるものたちでございます』
『……神使の子? え、神使って繁殖するの? え、いつからそんな能力持ってたの!?』
全く予想外の情報をぶち込まれて思考が停止する。
獣人のことを聞いていたはずが、いつのまにか馴染みのある神使でさえも新たな能力を手に入れ別のものへと変化していたなんて。
『人間が獣人と呼ぶのは、人間に見えるようになるほど格の上がりきった神使殿と、その子の総称でございます』
『あぁ、だから獣人に神力があるのね。でも、エルヴィス青年の隣に居た鳥獣人はわたしの声は聞こえてなかったみたいだよ? 神使は神の声を聞き分けられるはずだよね?』
『神使の血を分けた獣人に神使の能力は受け継がれませぬ。なぜなら我ら眷属は仕えるべき神が誕生したとき、その残滓として生を受けた者でございます。血ではないのであります』
白蛇がふふん、と胸(だと思う)を張る。
わたしが親神様の社で過ごしていた五百年の間で、とてもたくさんの秩序が変化しているらしい。
新たな種族に新規獲得した能力。
地上で生きるものたちはとてもたくましく変化を恐れぬ質みたいだ。
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