堕ち神様は水守伯爵に溺愛される

れん

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堕ち神様は外の世界を知る

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 夕焼けに染まる空を眺めながら、大木に背をあずけてひとり考える。

(やっぱり、ここじゃ無理かぁ)

 期待に溢れた瞳たちの圧に耐えかね、水から上がってきたものの、これからのことを思うと気が塞ぐ。
 水中では確かに薄くなっていた親神様の加護も、この場所では綺麗さっぱり元通り。


 相変わらす獣人姿だし、声も出ない。満ちていたはずの神力もあっという間に身体からこぼれ落ちた。


(《社》として定めれば解決なんだろうけど……)
 



 この屋敷はとても居心地のよい空気に満ちている。それに加えて神をその身に降ろす事のできる宿主まで存在する。こんなに条件の良い社がどうして今まで誰の手にも渡っていないのかが不思議でたまらない。

(でもなぁ、社付きになると居場所がバレるんだよなぁ……)





 堕ち神であっても、一応のところ神であるので自分の社を定めることができる。でもそれは他の神たちに存在を示す事であり、神々の権力争いに参加する意志を表明することでもある。



(わたしはのんびり過ごせたらそれでいいんだけどなぁ)




 生まれてからずっと姉神様たちに勝負事を挑まれ続け、問答無用で相手をさせられた日々を思い出す。兄神様たちは手を出してこない代わりに、散々姉神様達を煽るものだから質が悪かった。

 神格を捨て堕ち神となってやっと、自由で平穏な日々を手に入れられたと思っていたのに。







「あ」
(……エルヴィス青年? どうしてここに)


「……よかったっ! 無事だったんだね! ほんとうに、よかったっ!」
(エルヴィス青年っ! ち、近いんだがっ!?)




 これからどうしようかと黄昏れていると、ふらりと現れたエルヴィス青年はわたしを見つけて思い切り突進してきた。
 


「よかった! ほんとうに……凄く、心配したんだよ……。もう、会えなかったらどうしよう、って」
(心配されるべきはわたしではなくエルヴィス青年、きみなのでは?)

「きみの嫌がることはしない。だから、今度からは逃げる前におれに教えて。言葉では伝わらないかもしれないけど、おれ、一生懸命きみが伝えたいこと理解するから……。だから、おれの前から、居なくならないで……」



 抱擁というよりも捕縛に近い形で腕を回されている。わたしが再度逃走を謀らないようにだろう。

(べつに、ここが嫌で逃げたわけじゃないんだけど。まぁ、これが伝わったら苦労しないか)




 話せないもどかしさを感じながら、エルヴィス青年の腕の中で彼が落ち着くまでおとなしく待つ。



「ごめんね。びっくり、したよね? 逃げないでいてくれてありがとう」
(どういたしまして……?)

「ぁあっ! そうだ。ここに来てからなにも食べてないよね? お腹空いてるよね。気がつかなくてごめん……」
(……空腹……。感じたこと無いからわからないなぁ……)




 突然あわあわしはじめたエルヴィス青年を見上げる。がさごそと胸元をあさり、何かを見つけたらしい。満面の笑みを向けてきた。



「ほら、あーんして?」

 胸元から取り出したそれを指で摘まみ、こちらに向かって寄せてくる。指先のそれはなにやら丸くて硬そうだ。
 光に透かせばキラキラと輝きそうな見た目ではあるが、生憎今は夕暮れ時のため殆ど影が落ちている。




「飴だよ? 知らない? 甘いの、すっごく。ほら、食べてみて? 甘くて美味しいから」




 エルヴィス青年はわたしに飴という食べ物を供えたいらしい。それならなにか……葉っぱの上にでも乗せてくれればいいのだけど……。

 神を祀る社に住む者なのだから、供物の捧げ方は知っていて当然なのに。





「……鹿って甘味ダメなんだっけ?」
「動物としての鹿であれば人が食べるものを安易に与えるべきではありませんが、獣人なので問題はありません。食べ慣れないのではないですか?」



 エルヴィス青年の背後からにゅっと現れた鳥獣人は肩を竦めながら飴とわたしを交互に見遣る。


 そして気がつく。今のわたしは獣人の姿だってことに。




(あ、そっか。空腹を感じないから気にしなかったけど、今のわたしは獣人として認識されているからなにか食べないと弱ると思われているのか!)



 自分の状況を客観的に考え、はっと息を呑むのと飴という食べ物が口の中に放り込まれたのは同時だった。




(っ!!? え、えっ!? な、に……この……。これが、味ってやつ? 甘い、って、こういう感じなんだ!)



 生まれて初めて口から食べた物体は、舌の上でコロリと転がると甘みという不思議な感覚を残して動き続ける。




「どう? おいしい……? ――そっか、よかった」

 エルヴィス青年の問いかけに喰い気味で頷くと、ホッと表情を明るくする。
 舌の上でころころ転がる飴は、消えることなく口内を甘みで満たしていく。


 親神様の社から追い出され、獣人の姿になって声を無くし、いつ追い出されるかわからない無神の社に身を寄せ、神力も空っぽで便利な権能も使えなくなってしまったが、この瞬間はじめて下界に獣人として落としてくださった親神様に感謝した。



(親神様……! 人間っておいしいんですね……っ!)




「……きみはこの場所が気に入ったの? ずっとここに居たい?」
(ぅん? この場所?)

「きみがどうしてもここが良いって言うなら、なんとかして毎日おれが会いに来れるように調整するけど。もし、ここじゃなくてもいいなら……。どうかな? もう一回屋敷に戻ってみる、なんて……さ」
(え? いいけど? この場所じゃなきゃ困る事はないし……)


「おれと一緒に、屋敷に戻ってくれる?」


 差し伸べられた手を取ると、嬉しそうに笑うきみはまるで夏に咲く大輪の花のようだ。



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