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堕ち神様は招かれる
しおりを挟むエルヴィス青年の誘いを受けた後、一行は速度を上げて目的地を目指した。
道すがらぽそぽそと耳打ちされた話をまとめると、明日は主祭神を讃える例大祭が執り行なわれる大事な日、らしい。
ちなみに今日はその前夜祭のため、夕刻までに目的地まで帰り着く必要があるらしい。
楽しげな鼻歌を聞き流しながら、等間隔の揺れと神力不足が相まって着実に睡魔が襲い来る。
もしかしたらまたなにか話しかけてくるかも知れないと思い、睡魔と格闘していると目的地に着いたらしい。浮遊感の後にトン、と地面からの衝撃を感じた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。――ねぇ皆。そのまま聞いて。今日からここで過ごしてもらう事になった子だよ! トーチの見立てでは鹿の獣人みたいだから、そこのところよろしくね」
「ぉぉっ! ついにエルヴィス様が契約!」
「おめでとうございます!」
「今日は前夜祭だし、明日は本祭りだから詳しい話しはそれ以降になるんだけど、この子とおれはまだ契約を交わしてないんだ。絶賛アピール中だから、横槍は止めてね?」
わたしが来たことで色めき立つ屋敷の人間達。獣人との契約はそこまでめでたいものなのだろうか。
「頑張ってください! エルヴィス様」
「応援してますよ!」
「エルヴィス様に近づけるならもう、決まったようなもんじゃないですか!」
祝福が声援に変わる。
ここの人間はきっと優しい人種の集まりなのだろう。
「今日からよろしくね。みんないい人達ばかりだけら安心して。きみに危害を加える人間はいないから」
(この人間たちが清い心の持ち主だと言うことは理解した。だけど、この違和感はなんだろう……?)
「ん? どうしたの? ……あぁ、この屋敷には龍神様にまつわる色々な神具が祀られているんだ。――気になる?」
(気にならない、と言えば嘘になるけど……。どれも親神様の社にあったものの模倣品だ。神が社として定めればそれなりに効果を発揮できるだろうけど、いまはただの置物と同じ……ん?)
「気になるかも知れないけど、あとで、ね? ちゃんと案内してあげるから。まずは身体を休めるんだよ?」
エルヴィス青年は幼子に言い聞かせるようにわたしの頭をぽんぽんと撫でる。
わたしはとっても長生きで、この青年よりもよっぽど時を重ねているのだけど……。
(まぁ、悪くない、な)
そう思い直し、あらためてこの場所を確認する。
エルヴィス青年が言っていた通り、ここは間違いなく水神の社で龍神を祀っている場所だ。
水の気配がそこかしこから漂っていてとても居心地が良い、けれど……。
(ククヌチ神が、いない……)
屋敷のどこを探っても、それらしき気配を感じられない。守護する一帯を巡っているのかとも考えたけれど、どう考えても全くなにも気配すらないのは絶対におかしい。
そりゃあ、神だって不滅ではない。わたしが知っているククヌチ神が今も同じ神である保証などどこにもないのだけど……。
それでも神の宿る社であれば、その神の神力で満たされているはずなのに、気配が微塵も感じられないのはこれ如何に?
(神使さえいないなんて……)
神の社であるからには、眷属や神使が侍っていても不思議ではないのに、それらの存在すら感じ取れない。
ここに来る道中のほうがそこかしこで眷属が活動していた。
神使が生まれるには神の格とその眷属の献身にもよるので、新しくできた社にはいなくても不思議ではないのだけど、ここはかなり長い間神の社だったはず。
それなのに……
(主祭神も神使も眷属もいないっ! どういう事なんですか親神様っ!?)
白兎が言付けを預かって来たのだから、親神様はこのお社が無神の社だとわかっていただろうし……
(ククヌチ神のお社なら、理由を話せば置いてもらえると思ったのに……)
あの神は寛容だったから、少しくらい他に信仰が向いても気にしない質だった。あわよくば姉神様達対策に、しばらく庇護下に置いてもらおうなんて思っていたのに……
「ん? なんだかがっかりしてるみたいだけど……。って、もしかして君って選ばれし獣人だったりする?」
(選ばれし獣人……? なにそれ)
「えーと……。もしかして、ここが無神の社だってわかっちゃったのかなって」
(えっ!? 無神だと知っていて祭りを開くのっ!? なんでっ?)
エルヴィス青年は振り返って視線を合わせてくる。少しだけ下がった眉はなにを訴えているのだろうか。
「ここはね、龍神様……。ククヌチ神を祀る社なんだけど……。一族の記録のどこにも、神が降り立ったという内容の言い伝えはないんだ。でもね、おれの一族は代々水の精霊の加護を多く授かるみたいで、だから、この東領を任されているんだ」
(今まで一度も……? そんなはずはないよ。だってわたしは昔、ククヌチ神と会ってる)
姉神様たちから逃げ回っていたあの時代、わたしはククヌチ神と会って、少しの間だけ庇護下に置いてもらった。
しばらくしたら姉神様達に見つかって、別れも告げずにあの神の元を去ってしまったけれど。
「東領を任されているカエルレウム家だからね。主祭神が不在だとわかっていても、健在であるかのように大祭を開かなければいけない。こんなんだから、きっとククヌチ様も姿を現わしてくださらないんだろうね……」
(そんなことはないと思うんだけど……)
ここは間違いなく神域だし、神が好む環境だ。なんなら目の前には神を宿す器が存在する。この好条件でククヌチ神どころか他の神さえも降臨していないのは確実におかしい。
(まさか、親神様がなにか……? いや、そんなことは絶対に無い、はず)
ふと、天界神も地界神も抗えない御触れによってこの神域が隔離されているのかもしれないと思ってしまったが、さすがにそれは考えすぎだろう。
「君が選ばれし獣人だったら、きっと君にとってここは居心地が良いとは言えないんだろうね……。ちゃんと主祭神が座す社のほうが心安まるんじゃないかな……」
(え? そんなこと全然ないけど……?)
「……ごめんね。おればっかり喋っちゃった。君が、おれと話してもいいなって思えたらでいいから、いつか君の名を教えてね?」
伏せた瞳に揺れる黄金はなにを伝えようとしているのだろう。
(言ってくれなきゃ、わからないんだけど……)
……言葉にされても理解できるかどうかは、ちょっとわからないけれど……。
「じゃぁ、またあとで呼びに行くからね。とりあえず君にはこの部屋を使ってもらうから、自分の家だと思ってゆっくりしててね」
ここ、と示された先にあるのはとても広い空間。テーブルや椅子が中央に、本棚やその他色々な小物や家具が点々と配置されている。
「もう乾いちゃったけど、水の中に入って冷えてると思うから先にお風呂にしようね。一緒に入りたいところではあるけど、さすがにそれはおれが怒られちゃうから、ね。残念だけど。エイダとミアを君の侍女として付けるから、困ったことがあったらなんでも言うんだよ?」
ここに座っててね、と言い残してエルヴィス青年は去って行った。
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